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羅生門-悪鬼の巻-

作者: フェムト

芥川龍之介先生の傑作「羅生門」の続編という位置付けで書かせていただきました。

少しでも楽しんでいただけると幸いです。

「征け、頼光よ。勅命じゃ。都に跋扈する鬼を見事征伐して参れ。」



  辺りに油断なく目を配りながら山路を行く馬上の源頼光は、主上の言葉を思い出していた。

都には昨今、茨木童子を名乗る野党が出没し、殺戮と略奪を繰り返していた。その非道さは目を覆うほどで、人々は鬼の仕業と噂した。検非違使達が野党の隠れ家をつきとめようと躍起になったが、神出鬼没で行方が知れず、そういったことも鬼神めいて人々の心に得体の知れない恐怖を植えつけた。


頼光は先頭を行く家来の馬上に目をやる。頼光四天王の一角、渡辺綱だ。綱に抱えられるようにして小さな枯れ木のような老婆が揺られている。この女が案内役だ。最後に襲われた家の唯一の生存者だ。家人ではなく、物乞いに来ていて野党に遭遇したのだという。老婆は歳に似合わぬはしっこさで唐櫃に隠れ、野党の隠れ家へいったん運ばれてから逃げ出して来たのだと言う。そして褒美欲しさに検非違使に案内役を申し出たのだ。


_________________________________________


 男は鼻腔に入り込む空気の冷たさで目覚めた。まだ初秋の頃とはいえ、山中の洞窟に立ち込める朝の空気は張りつめたように冷たい。しかし、男は寒さに凍えて目覚めたわけではない。冷たい岩の上に敷かれた分厚い熊の毛皮の敷物に横たわり、貴人宅から分捕って来た絹物に埋もれ、隣に眠る若い女の柔らかな肌の温もりの中で目覚めたのである。男の右頬には、無精髭に埋もれてほとんど見えないがにきびの痕のような小さなあばたがあった。


「さあて…」


 男は寝返りを打った。今日は特段することもない。襲撃は3日前に行われたばかり。食料は潤沢にあり、次に襲う家の目星はまだついていなかった。偵察役の手下は市中に放ってある。彼らが戻ったら報告を聞いて次の哀れな犠牲者を決めればよいのだ。


 討伐隊は、夜を待つことにした。偵察役の言うところでは、野党達は自分達の方が襲われるとは夢にも思っていない風情で、女に戯れたり酒を飲んだりしていると言う。


 襲撃は突然行われた。洞窟に向かって一斉に火矢を射る。不意を衝かれ野党達が浮き足立ったところへ討伐隊が躍り込んだ。闇の中で頼光四天王の白刃が閃き、炎に照らされた顔は仁王像を思わせた。


「お前は隠れておれ」


 頼光は案内役の老婆に向かって叫んだ。さっきまで震えていた老婆は、物の怪に憑かれたように、炎と血糊に彩られた地獄へよろぼい出て行く。


 やがて洞窟の中から、ひとりの男が現れた。男の目は怒りに燃え、全身から凶暴な殺気を発している。頭目と思しき男のあまりの迫力に、一瞬討伐隊は怯んだ。その場の全員が時間が止まったように感じたその時、件の老婆だけがとことこと男の前に進み出て行く。男ははじめ不思議なものを見るように老婆を見ていたが、その目が大きく見開かれた。


「お前は、羅生門の婆…」


 枯れ木のような老婆のどこにそんな力があるのか、老婆は男を指差し夜の闇に轟くような声で叫んだ。


「餓死をするじゃて、仕方なくすることじゃと言うた。なんぼう悪いことでも生きるためなら大目に見てもらえようものと言うた。しかしておまえのすることは、生きるためというには度が過ぎてはおらんか。おのれの奢侈のために人を殺し、金品を奪い、女を拐うなど、鬼畜生の振舞いではないか。おまえは、貧のためと言いながら、いつしか鬼に身を落としてしもうたのじゃ!」


 男の目が更に大きく見開かれた。


「己は、鬼か…」


 男の瞳が悔悟とも絶望ともつかぬ色に満たされようとしたその時、頼光とその四天王が一斉に襲いかかった。




 雨の夕暮れ、羅生門は今日も都の外れにひっそりと立ち、雨やみをする者を待っている。

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