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序章
男はよく陽のあたる窓に椅子を寄せ、眼下に広がる金色の原を眺めた。
とても晴れていて、目眩がする程の明るい昼下がりだった。
目を細め、ゆっくりと浅い息を続ける。
時折、膝に置いた古びた本の表紙を撫でる。
男はいつもそうしていた。
老いにまどろむその姿は、ただ静かで穏やかだ。
窓の脇でそうしている男はいつも、何かを待ち続けているように見えた。
幼かった私は戯れに、あなたは何を待っているのだと聞く。
すると男は静かにこたえた。
それは、渇望だった。
身体中の臓を焼くような渇きだった。
終に向かう今となっても、名も付けられぬ激情だった。
鮮烈な、赤だった。
そう、『あか』だ。
私はそれを、待っているんだよ。
ろくに甘やかされた記憶などない男の手が、珍しく私の頭をくしゃりと撫でる。
どこか寂し気な瞳をして、私には到底わからない道理で小さく笑った。
その男のくすんだ白髪は、ずっと昔にはどんな色をしていたのだろうか。
男の名を、アロウス・ハーディルクスという。
今は亡き祖父と『あか』の物語を、私は知らない。