1話
母親の胎内の記憶が残っている人がいる。
4、5歳の時に胎内での体験を話、親を驚かせる。赤い部屋の中にいた。紐で遊んでた。温泉に入っていた。
母親が話した話を覚えているケースもあるようだ。
話は様々だが、生まれる前に自我をもって動き始めている。
といっても、科学的には証明されていない。このように考えてしまうと、子供が嘘をついていると考えてしまうのが人間の嫌なところだ。
科学的に実証不可能はないではなく、確認できないだけだ。全てを否定しているわけではない。
なのでこの話も感覚的なもので触れてみてほしい。
私の初めての記憶は、真っ暗で浮遊感がある。
何があるでもない空間、認知できていないだけかほんとに何もないのかはわからないがただそのことを覚えている。
そこで私は、私であった。何も知らない私は私であることだけは理解した。
見えるわけでもなく、聞こえるわけでもなく、痛いわけでもないが私は私であった。
ただただ純粋な私であった。
考えられるわけでもなく、触れることもものもないく、誰もいない。
その場所で私は生まれた。
これが、違和感の始まり。
「ひろし~」
その時に、その場所は弾けた。というよりも無くなった。
暗闇はなくなり、こげ茶色の天井とタバコのヤニまみれの壁、畳の匂い、背の低いテーブルに麦茶の入った子供用の
プラスチックのコップが乗っている。
夏の激しい日光が部屋に降り注ぎ、蚊取り線香の独特残り香がする。
「準備できてるの?もうおばあちゃん家行くよ。」
おかあさんがよんでいた。
「もうできてるよ~」
おかあさんは、おばあちゃん家のすぐ近くの歯医者で働いてる。そのため、いつもおばあちゃんの家で昼間は遊んでいる。
その時に、お気に入りビデオをもって一日中見ている。おばあちゃん家には、大きな真っ黒犬がいてときどき遊んだり
追いかけられたりして時間を過ごす。小さなな青い花が咲いていていて、裏手には鶏小屋があって卵をあると、黄身をとって
白身に醤油をちょっと垂らして飲むのが好き。
「よし、いくよー」
「うん」
おかあさんに後ろをおって、ついていく。
玄関を開けると黒い小さな車がある。おかあさんは、後ろの席に仕事道具を次々に入れていく。
その横で助手席にすわりこみシートベルトを締める。子供には長すぎてシートベルトを締めるときに、
首にベルトが絡まらないように脇の下にベルトを挟んでおく。
「窓開けてー」
おかあさんはクーラーを入れずに窓をドアの下にあるハンドルをくるくる回して開ける。
クーラーが効き始めるんが遅いからだ。それにならって自分も硬いレバーを必死になって
回す。これが結構好きだ。
しばらくすると、空港が見えてくる。幾代もの飛行機があり子供ながらに気分があがる。
しかし、すぐに見えなくなってしまう。それは飛行機が空に消えていくわけではなく
「トンネル入るよー窓閉めて。」
そう言うと、おかあさんはすごい勢いでハンドルを回し窓を締める。
飛行機が見えなくなるのは、滑走路の下を通るからだ。そこは、車がいつもひしめき合っていて、
排気ガスが溜まっている感じがする。そのため、おかあさんもぼくも窓を急いで締める。
「おおー今日は間に合ったね」
おかあさんがいう。トンネルに入る前に窓を締めることができたからだ。べつにトンネルにはいる
ずっと前に窓を閉めてしまえばいいんだけど、こうやってゲームみたいにトンネルの前の交差点から
締め始めるのがおかあさんとぼくの車の中での楽しみだ。
こうして、30分ぐらい車を走らせるとおばあちゃん家につく。
背の小さな祖母が私と母を迎え、母は職場に急ぎ私は祖母と過ごす1日が始まる。
その時、私は何の違和感もなく過ごしていた。
だが、こうしていま感がてみると異様なものを感じる。
私は、私から一瞬で田崎寛になった。母親との遊びもルールも、自分の名前もはじめから
知っていたみたいに違和感なく私は受けれた。
祖母と過ごす一日が、私の好きな遊びがすべて考えるまでもなくあった。
不思議だと考えてしまった。私は私であったはずだがこの世界を認知すると同時に田崎寛になった。
まるでこの世界から与えられた自分の設定であるかのように、与えられて自分を構成した。
私の純粋性は失われ、一枚めの布が縫い付けられた。
これが、私と田崎寛の始まり。