1話
お茶を出しに来た時に、あまり客人の顔を見なかったが、こうして向かいあってみると、なかなか整った顔立ちで物腰の柔らかそうな男だった。
「初めまして。私、篠田 直弥と申します」
冷房が効いているとは言え、夏真っ盛りの今、しっかりとネクタイをしめてジャケットまで着ている篠田は、胸ポケットから名刺を取り出しむつに渡した。
名刺には篠田直弥の横に警部という肩書きがついていた。所属は刑事課のようで、名刺通りであるなら冬四郎の同僚もしくは上司という事になる。
「ご丁寧にありがとうございます。…申し訳ありません、生憎名刺を切らしておりまして。私、玉奥 むつと申します」
名刺を出されると思っていなかったむつは、ゆっくりと頭を下げた。篠田は、そんなむつに好感を持ったのか笑みを浮かべていた。
「お噂はかねがね、山上さんから伺っておりましたが…お噂以上ですね」
「まぁそうなんですか?どんな噂を耳になさってたのですか?」
むつは、しおらしくも口元に手をあてて笑っていた。そして、ゆっくりと視線を山上に向けた。その視線は冷たい。篠田とむつの視線が山上の方に向いた。山上は、器用にもその視線に気付かないふりをしていた。