37/309
1話
「さて…所でうちの姫は?」
思い出したかのように山上は、カウンター席の方を覗きこむも見えなかった。動こうとはしない山上に代わって、篠田が立ち上がると座敷を降りた。
バレないようにと、こっそりカウンター席の方を見ると、むつは頬杖をついてスプーンを揺らしながら、ぼんやりしていた。
「ぼーっとしてるみたいですけど」
「飯は終わってるか?」
「スプーン持ってるから…まだ何じゃないですか?」
冬四郎は会話に加わりたくないのか、タバコに火をつけて吸い始めた。
「どうすんだよ、みや。むつがあんなんじゃ仕事無事に終われねぇよ」
山上と篠田の責めるような視線を浴び、冬四郎はタバコをくわえたまま仕方なさそうに立ち上がった。そして、座敷を降りるとカウンター席の方に行った。
「どうする気なんでしょ?」
篠田は山上の隣に座ると楽しそうに、冬四郎の背中を見ていた。
冬四郎は何も言わずにむつの隣に座ると、スプーンを取り上げた。ぼんやりしていたむつは、スプーンを取られた事にも気付いてないのか、手はそのままゆるゆると動いていた。