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1話
むつはそう言うと、立ち上がり借りていたジャケットを篠田に返した。
「ありがとうございました」
篠田は呆然としているようで何も言わなかった。そして、座敷を降りて靴を履いたむつは、おぼんを持った。
「仕事はする、仕事だからね。けど、それ以上もそれ以下もない、余計な事にも関わりたくない」
吐き捨てるように言い、カウンターのある方に行ってしまった。
むつがいなくなり、しばらく三人は何も言わずに食事を続けていた。そして、さっさと食べ終えた山上は水を飲んでタバコをくわえた。
「ありゃ怒ってるな」
「宮前君、何したの?」
山上と篠田の視線を受けつつ、冬四郎も食事を終え、水を飲んだ。
「泣かせました」
そんな返答があるとは思っていなかった山上と篠田は、ただ、ただ目を大きく開いて冬四郎を見ていた。
「嫌いって二回も、この短時間で二回も言われちゃいましたよ」




