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1話
戸井の姿が完全に見えなくなると、篠田はジャケットを片手に立ち上がった。そして、むつの隣に行くと肩にジャケットをかけた。
「冷房で冷えたみたいですね」
「気付いてたんですか?」
「腕を擦ったりしてましたから、ちょっと汗臭いかもしれませんが使ってください」
そう言うと、元の場所に戻って行った。今度は変に触れられる事もなく、むつは安心したようだった。
「ありがとうございます、しばらくお借りしますね」
礼を言い、サイズの大きいジャケットでしっかりと腕まで隠した。
「女の子はやっぱ冷えやすいんだなぁ」
「あたしは脂肪が多いからね」
「あー確かに」
むつはパチンっと山上の額を叩いた。そんなやり取りを冬四郎は、頬杖をついて見ていた。
「まぁそれはさておき、仕事の話をしましょうか」
そう言いむつは、少しだけ背筋を伸ばすようにして座り直した。
「車輪の話、ですか?」
「それもですが…わざわざ移動したんですよ。手の内さらして頂きたいですね、あんまり回りくどいのも好きじゃありませんし、ねぇ社長」




