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1話
篠田だけは、平然としていた。そんな篠田を面白く思ったのか、むつは口の端を少しだけ持ち上げた。
「俺は決まってますよ、山上さんは?」
「俺も決めた、すいませーん」
厨房の方から戸井が、メモ帳とボールペン片手にひょこひょこ出てきた。
「はいはい、ご注文は?」
「南蛮定食と鶏蒸し定食、むつは?」
「あたし笹身フライ、宮前さんは?」
「軟骨つくね定食…以上でお願いします」
戸井は頷きながらボールペンを走らせていく。
「たまちゃん、他のにしない?」
「他って?」
「スープ系とか消化の良い物、何か元気ないみたいだし」
そう言うと戸井はかがんで、ボールペンを持ったままの手をむつの額にあてた。
「熱はないね、夏バテ?団子と春雨のスープ作ってやろうか?豆乳切らしてるけど」
「ん、それなら春雨なしの麦でお豆腐も」
「おっけ、少々お待ちくださいね~」
来た時と同じように戸井は、ひょこひょこと厨房に戻っていった。




