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4話
むつは、ぺこりと頭を下げた。そして、小川を飛び越え振り返りもせずに歩いていく。
「あまり、片車輪を苛めないでやっておくれな」
遠くから響くような老人の声がした。むつはとっさに振り向き、どういう事かと聞こうとしたがもう何も見えなかった。あるのは真っ暗な場所だけだった。自分の身体でさえもが、闇に解けてしまったようで何も見えない。
「真っ直ぐ戻りなさい、むつ」
名前を呼ばれたむつは、前を向き何も見えずとも歩いていく。だが、ふと歩みが遅くなった。名乗ってもいないのに、名前を知られていた。最初から分かっていて、わざと呼ばなかったのだ。
「何故?」
問いかけてみるも、返事はなかった。
仕方なくむつは、ゆっくりとしっかりした足取りで歩いていく。もう、あの穏やかで暖かい場所ではなくなっている。
神の領域から抜けたのだと思った。
ひんやりとした空気に身が包まれる感じがしたと思ったら、急に息が苦しくなった。




