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Ⅲ 奇術師を選んだ理由

初めて彼を夕食に誘ったあの日から、私の休日前の日は外で一緒にご飯を食べる様になっていた。


私が彼と一緒に居たくて何度も誘ってしまったというのもある。


彼は毎回それに快く応じてくれていた。



そして、今日も、彼と一緒に、おなじみになっていた食事中の雑談をしていた筈だった……


「え?レオンさんのご実家って魔法使いの家系なんですか?」


「先祖から父母の代までそうだね。薬師の家系でもあってね、主に魔法薬を作って売っているんだ……結構よく効くって評判だよ」


始めは私が店長と(正確にはその彼女さんと)出会ってから、今の喫茶店で働くに至るまでの話をしていた。

そこから遡って実家の話をしている時に、彼の口から出たその言葉に、私は驚いた。


彼は、本物の魔法使いの家の出身なのだと言う。


「まあ、子供の代はどうなるか分からないけどね」


「レオンさんは後を継がないんですか?」


思わずこぼれてしまったそれは、驚きと共に私の中に生まれた疑問だった。


勿論、先祖代々の仕事を継ぐか継がないかは本人の自由だと思う。

私だって実家がやって来た伝統的な仕事を継がずに今喫茶店で働いている訳だし、これから先その仕事を継ぐかと言われれば、否という答えになる。


ただ、彼の場合、今している仕事は奇術師だった。

種と仕掛けのある作られた魔法を使う職業。


本当の魔法を使えるならば、どうして偽物の魔法を使う仕事を選んだのだろう?

それが、私の中に生まれた疑問だった。


「継げるものなら継ぎたかったんだけれどね……」


私の質問に、彼は悲しそうに笑ってそう言った。


「僕の中にはね……魔法を使うために必要な因子が無かったから……」



彼の答えを聞いて、私は、なんて考えが至らなかったんだろうと後悔した。


近いけれど遠い……そんな仕事をしている時、好きだから選んだという他に、届かないから選んだ場合もあっただろうに……。

そもそもこういった踏み込んだ話題はある程度距離が近くて、自分からそういう話をしたい相手と話すものだろう。


私が後悔に苛まれていると、彼がふっと声を立てて笑った。


「ミズキは直ぐ顔に出る」


「え?」


「悪い事を訊いた……と思っているんだろう?僕が話したくて話したことなんだ、気にしなくていい」


でも……と、言い募る私に、彼は、本当に気にする事じゃ無いんだと言った。


「今の自分に不満がある訳では無いんだ。仕事もやりたくて選んだ仕事だしね」


「継げるものなら継ぎたかったって……」


「昔はそうだったって話だよ。この仕事に……奇術に出会うまではって話。それに、実家の話だってちゃんと兄弟が居るから問題は無いんだ」


まあ兄は端から継ぐ気はさらさら無いって言ってるんだけれど、弟はどうなんだろうねえ……と彼はクスクス笑う。


それから、私の目を見て、「でも」と言った。


「ミズキがまだ悪いなって思ってるなら僕のお願い聞いてくれる?」



そして彼と二人、私は公園の散歩道を歩く事になった。


公園には妙にカップルが多くて何だか落ち着かない。


「僕たちも手を繋ぐ?」


それを見ながら、彼がいたずらっぽく言って来たので慌てて首を振った。


「からかわないで下さいっ!」


たぶん私の顔は赤いと思う。


「こういうのはまだ駄目かな」


彼が困った顔をして言った。


「そりゃレオンさんは慣れてるかもしれないですけど……私はこういう冗談に慣れる事はないと思います」


「冗談ではないんだけどなぁ……」


眉を下げた表情のままはははと笑う彼を、「もうっ!」と睨む。


別に初心って訳でも純情ぶってるって訳でも無いけれど、こういうのは両想いの相手と付き合ってからちゃんとしたい派なのだ。

夢を見過ぎだと言いたければ言えばいい。


それから暫く二人で並んで歩く。


噴水の近くに差し掛かった時に、彼が言った。


「そろそろかな?」


「何がですか?」


すると彼は左手の人差し指を唇に当てて片目を瞑って見せた。


「まあ見ててよ」


そしてすっと片手を上げる。


「アイン、ツヴァイ……トリックフゥシャッツィ!」


彼の指が、パチンッと鳴らされるのと同時に、噴水が吹き出し、ライトと、そして公園全体にイリュミネーションが一斉に点灯した。


「え!凄い!!レオンさん、これどうやったんですか!?」


「簡単なトリックだよ。実は毎日この時間にこの公園がライトアップされるのを知ってて、それに合わせたんだ」


タイマーでセットされているのかほとんど点灯時間に狂いは無いのだと彼は言う。


公園にやたらとカップルが多かったのもそれが理由らしい。


「でもホントに魔法みたいでした!凄いです!!」


「ミズキのその顔が見られたなら嬉しいな」


かなり興奮して言う私に、彼はにこりと微笑んでくれる。


「こういうね、仕掛けが成功した後に、驚いたり、喜んでくれる顔が僕は大好きなんだ。そういった意味では本当の魔法より奇術の方が娯楽に振り切る事が出来る分、適していると僕は思っている」


だから僕は奇術師になって良かったよ……と、彼は言った。

それは何の迷いもわだかまりも無く、事実そう思っている表情と言葉をしていた。


「だから、ミズキも安心して僕を見てて」


そう言った彼に「はい」と答えたら、「うん、やっぱり分かってないな」と言われる。


その日は何故だかお互い離れがたくて、彼と私は、イリュミネーションが消える時間までずっと一緒に歩いていた。


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