Ⅱ 一緒にご飯を
店長のラテアートが気に入ったと言っている彼。
しかし、実は毎日店に現れている。
うちの喫茶店は季節的な長期休み以外に定休日を設けていないので、従業員は交代で週に2日の休みを取る。
つまり、店長の居ない日というのが週に2日は存在する訳だけれど。そんな日でも彼は、しっかりと店に来て、いつもの品を注文しているのだ。
私は描けないけれど、ラテアート自体は店長じゃない別の同僚も描く事が出来る。
だから問題ないと言えば問題ないんだけど……。
「毎日来るなんて、レオンさんよっぽどうちのラテアートが気に入ってるのね」
「何言ってるんですか、ミズキさん……レオンさん、店に来ない日もありますよ?」
私が呟いたら、その言葉を拾った同僚が目を丸くして言った。
「え、そうなの?だって、私がいる日は必ず居るわよ。初めて来店してから今まで、来なかった事なんて無かったと思うんだけど……」
「そりゃそうでしょう。全部ミズキさんの居ない日ですもん」
何と、彼が来ない日はたまたま私の休日と被っていたらしい。
そういう偶然もあるのね……と言ったら、何故か同僚から怪訝な顔を向けられてしまった。
「ミズキさん……それ本気で言ってるんですか?」
「それ……って、何がそれなの?」
「いや、何でわかんないんですか」
「何でって言われても……」
同僚が言わんとしている事がさっぱり分からなかったので、首を傾げていると、思いっきり溜め息を吐かれてしまう。
そして、同僚は言った。
「何かレオンさんが可哀想になってきた……」
私は知らない内に何か失礼な発言をしてしまっていたらしい。
反省しなければいけないなと思い返してみるが、自分がどんな粗相をしたのか分からない。
だから、同僚に訊ねたら、「そうじゃない」と返されてしまった。
それから、その日の営業を終え、閉店作業を済ませて外に出ると、丁度そこを通りかかった彼に遭遇した。
彼はにこやかに「今帰り?」と訊いて来る。
「ええ、そうです。レオンさんもですか?」
「うん、僕も今帰りだよ」
そして、そのまま少し話していたら、帰る方向が同じだという事で、何となく連れ立って帰る流れになった。
普段はお客さまと店員として接しているから、こんな風に並んで歩くのは初めてだ。
彼はこうやって歩いていても人目を引くほど格好良からちょっと役得だと思う。
まぁ、私じゃいささか役者が不足してる感は否めないけど……。
そう言えば……と、私は今日同僚と話をしていた事を思い出して彼に話を振った。
「実は私、レオンさんって毎日うちのお店に来てると思ってたんですよ!来ない日が偶然、私の休みと被ってたみたいで……今日、金井くんから聞くまでいらっしゃらない日があるなんて知らなかったんです」
それを聞いて、彼はなぜたが苦笑しながら言う。
「いや、偶然じゃないよ。店長に君の休みを教えてもらってるから」
「え、そうなんですか?店長何だってそんな事を……」
「同情……かなぁ……たぶん」
何に同情したら私の休みを教える事になるんだろうか……?彼と店長は相変わらずよく解らないやり取りをするものだと思う。
「明日もお休みなんだろう?」
「あ、それも聞いてるんですね?そうなんです。だから、今日はこれから気になっていたお店に寄って食べて帰ろうかと思っているんですよ」
「そうなんだ」
「あ、そうだ!もしお時間あるならレオンさんも一緒にどうですか?」
その場の思い付きで一緒に食事をしないかと提案したら、彼はきょとんとした顔で私を見つめる。
お互い結構気安い感じで喋っていたから既に友達みたいなノリになってしまっていたが、駄目だっただろうか……?
そう思って「都合が悪かったら……」と言い掛けたら、彼から物凄い勢いで言葉を遮られた。
「いや!行く!!絶対行くよ!!」
その勢いに私の方が面喰らう。
彼は口許を手で覆い、何かをぶつぶつ言っている。
何故だか少し涙目だし、耳は赤い。
そして、時々「ヴンダー」だの「ダンケシェン」だのと謎の単語が幾つか聞き取れるが、何を言っているのか私では理解出来なかった。
具合が悪くなったのかと思い訊ねたら、
「違うっ!違うからっ!」
と、先程の様な勢いで否定される。
「ミズキから誘ってもらえるなんて凄く嬉しくて光栄なんだよ」
とびきりの笑顔を向けられて、私の胸は思わず高鳴った。