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雪の箱庭

作者: 五里霧中

一発ネタです。

 静かな、とても静かに雪が廃城へと舞い降りてきた。廃城の周りは、濃い霧で視界は無く、積雪も高い。とても人が容易に近づける環境ではないだろう。


 そして、残酷にも雪は静かに降り積もっていく。


 何時もと変わらない風景に、廃城の窓から外を見ていた、見た目真っ白な少女は溜息をついた。何度目の溜息だろうか。振り返れば、ボロボロになった石でできた椅子がある。部屋の壁や床にはコケが生え、照明がないのか日中でも薄暗い。


 この部屋は王の謁見室。少女が目を閉じれば、煌びやかなシャンデリアが天井から吊るされ、赤いカーペットが入口から王座まで敷かれている。壁はピカピカに磨かれ、王座は布と宝石で装飾され威厳に満ちている。父は金色の王冠を被り、王座へと座っている。傍には母がドレスを着て立っている。


 部屋の隅に配置された音楽隊が荘厳な国家を流す。あぁ、我が祖国に光あれ。


 少女はかつて魔法研究が盛んであった大国――今は亡国の一人娘の王女。その城は放棄され、ほぼ雪の中に埋もれている。そんな、人間の友達のいない少女は、書庫に隠れるように置いてあった魔術書の召喚魔法を、或る日試してみようと決心した。


 この変わらない日常に決別し、新たな日々を送ることを。


 書庫とは、昔々に両親と別れる際に、押し込められた小さな部屋のことである。何故、押し込められたか――それは、仮想敵国が一方的に侵攻したことによる開戦から始まり、防衛線戦の崩壊、籠城戦を経て、ついに王城まで火の手が上がったのだ。


 閉じ込められる最後の光景は、両親が色々な魔法を掛けてくれた事と、暗い窓の向こうに火と煙が上がっていた事。そして、目を開けると城は雪に閉ざされていたのだ。両親の最後はどうなったのかは知らないが、この雪のせいで城は守られているような――きっと、すごい魔法の結果なのだろう。


 そんな書庫にあったのは、ささやかな食べ物と共に、古の時代の禁書ばかり。その中で特に目を引いたのが召喚魔法。異界より、自ら望む人物を強制的にこちらの世界へ召喚――実質拉致する魔法である。


 少女には時間があった。書庫に入ったあの日から、既にどれほどの時間が経過したのか覚えていないが、いまだにお腹は空かず、肌の老化もないようなのだ。しかし、少女は魔法が使えなかった。だから、書庫にある簡単な魔法から始まり、少し複雑な魔法を、さらに高度な魔法を試していった。


 日が昇り沈みを繰り返し。外の雪は降り止まないが、少女の実力は雪が積もるように上がっていく。そして、念願の召喚魔法を行えるまでになっていた。


 召喚魔法は魔術書のあともあと。魔法陣は複雑怪奇であり、さらに触媒として少しの血液や、貴重な魔法石、宝石等が必要と書いてある。ならばと、書庫と城中を駆け巡るも、一回分しか確保できなかった。


「機会は一度だけ。……どんな人を呼んでみましょう?」


 少女は数日悩みに悩んで、人物像を想像する――。


 剣に優れた勇者だろうか?いや、大規模な魔法を使える魔法使いか?はたまた、格好いい男性か、可愛い女性か。年はどうだろう、同年代?年下?いや、知識豊かな老人は?性格も考慮しないといけない、我儘や乱暴な人物は駄目。忍耐強く、穏やかな人が望ましい。できれば、率先して動いてくれると凄くいいし。手助けや可愛がってくれるととても嬉しい。でも、頼りがいだけでなく、こちらから手助けできるといい。――むしろ、結婚したい人を想像すればいいのではないか?そうだ、そうしよう!と。


 数日後、火が灯され揺らめくろうそくは円形に配置され、内側には淡く光る魔法陣がある。それを反射する宝石たち。魔力を流し込めば光は一層強くなり――そして、ふっと消える。


「失敗!?」


 白い雪の様な光が召喚陣の中心に積み重なっていく。そして――1人の茶色と服と黒のズボンを着た男が、召喚陣の中心に倒れていたのであった。


「やったぁ!」


 少女は、魔法の成功に思わず両手を掲げ喜んだが、直ぐに怪我の有無や容態を確かめるため、男の傍へと駆け寄った。


*****


 その日は、社畜が会社という牢獄から解放される金曜日。しかし、近年まれにみる大雪の日であった。


 電車やバスなどの主要交通機関は悉く麻痺し、夕暮れのタクシー乗り場には多くの人が詰めかけていた。


 そんな光景を見ている、サラリーマン。黒いスーツの上に茶色のコートと、紺色のマフラーをした、中肉中背の眼鏡男が一人。彼の名はサトウユキヲ。漢字で書けば、佐藤雪男。あだ名は当然”ユキオトコ”である。彼はタクシーの乗ろうとして、溜息をついた。


「人多すぎ……徒歩で一駅前から帰宅して、30分か……」


 俺は腕時計を確認して、しばし考え、直ぐに歩き出した。近頃の大きな仕事で疲労が溜まっていたのか、身体が重い。歩くたびに、ひざがギシギシ鳴っていた。


 風は冷たく、灰色の空からは小雪がパラパラと降ってきている。天気予報では、今晩も雪が積もると言っていた。道路は積もった雪が踏み固まって、所々でアイスバーンになっている。


「寒いわーめっちゃ寒いわー」


 とりあえず寒いので何かしゃべりながら気を紛らわせている。冬に生まれたからこんな名前をつけられたが、冬や雪は苦手なのだ。昔親に名前を聞くと、佐藤と砂糖もかけているらしかった。白色だけに。

 

 さらに言えば明日は誕生日である。両親とは死別し、当然祝ってくれる彼女もいないのため、誕生日と言っても普通の日常の延長なのだが。


「ついに30か。佐藤だけに3と10で30とかな!コンビニ寄って、おでんとチューハイとケーキ買って祝うかね……あっ、言ってて空しくなってきた……」


 自虐しつつ、コンビニに寄り、さっきのセリフ以外にも、飲み物食べ物を買い込んだ。へへ、今夜は一人パーティだ!寝かさないぜ、俺をな!ウハハハハ……ハハハ……ハァ。


 そうして、職場と往復している、暗いワンルームのアパートへと彼は歩いていく。それなりに綺麗なアパートは、駅から少し離れているため、部屋はそこそこ大きいのに家賃だけは安いのだ。


「帰ったら~まっずは~風呂に入るかな~」


 適当な歌を歌いつつ階段を上る。階段には氷が張り、手すりは雪が積もっていた。階段から見るアパートの小さな庭は雪で制圧されていた。雪中を歩いたせいか、息も上がり、疲労がたまる。


 そして正に部屋の前というところで、滑ってコケてしまった。


「いってぇ~。目の前が一瞬真っ暗になった……ぞ?」


 意識が戻ると体に力が入らない。瞼は重く、眼はかすれ、目の前がよく見えない。誰かが仰向けになった俺を覗き込んでいるようだ。重い体に鞭打ち引き起こし、瞼をこじ開けて辺りを見回した。


「ヒエッ!?むしろ冷え冷え」


 ボロボロの古城の様な建物に、長い銀髪の少女が1人真正面に――年は15歳ほどだろうか。屈みこむような姿勢と、透き通るような紫色の瞳で、こちらを見て微笑んでいた。少女の視線は温かいが、この空間は寒過ぎである。


 服装は白色のゴシックロリータ服だ。フリルや細かい刺繍が一杯で凄い。フリルがいっぱいでフルフリル。絵やCGにしようとすると、めっちゃめんどくさそう。白靴も服と同じく豪奢である。髪と合わせて驚きの白さ。身長は低く、150cmはあるかという感じだ。


 周囲は床も天井も壁も大きな石造りだが、苔の様なものが生えており、ガラスもない窓の向こうは真っ白になっていた。座っている少女の向こう側を見ると、一段高い場所があり、玉座のような石製の椅子があった。ここに赤いカーペットを敷き、シャンデリアを吊るせば、色々と完璧だったのに勿体ないと思ってしまった。


 何故か俺の周囲には色とりどりのガラスが散らばり、円形にろうそくが置かれ、火が灯され揺らめいていたのが不気味であったが。コンビニで買った袋は傍に落ちていた。


 むしろ問題であったのは、空間の異質さも然ることながら、少女の容貌もそうであった。

 その顔は美しく、例えるならば彫刻やフィギュアの様な作り物めいた美しさがあり、きらめく銀髪は神々しく、折れてしまうそうな薄くほっそりとした体形と合わせて、いまにも消えてしまうそうな儚さがあった。


 人の夢と書いて、儚い。つまりこれは夢かもしれない。


 灰色の脳細胞をフル稼働させるも、当然こんな美少女の知り合いはいない。知り合いは、遠く離れた会ったことのない親戚だけであり。つまるところ、過労で倒れ。やはり夢を――超絶リアリティ溢れる妄想を見ているのだと考える。


「こりゃ夢だ。夢だな。そうに違いない……頬を抓っても……痛くない!」


「sry4akc3-dsmza!?」


 少女は頬をつねった俺の行動に少し慌てていた。少女の口が開き、訳のわからない、聞いたことのない言葉が飛び出す。勿論、これがドイツ語やイタリア語だったとして分かるわけもない。英語ならって?こやつめ、ハハハ。


 困った顔の少女の両手が、俺の頬を優しく撫でた。ほっそりとした、白磁のような少女の手は温かく柔らかい。


 最後の女性と触れ合ったのはいつの日だったか――そう、俺は高校生の夏合宿のキャンプファイヤーの最後の――って違う!


「あぶねぇぜ、別世界に意識がいってたZE。というわけで、夢確定。夢確定です!」


「???」


 いまだに頬を撫でている少女は、首を横に傾げた。


 夢ならば何をやってもセーフ。そう確信し、少女のがら空きになっていた、慎ましい2つのふくらみを揉んだ。無造作に無遠慮、しかし壊れ物に触れるよう、やさしくもしっかりと揉んだのだ。やったぜ!我が生涯に一片の悔い無し!


「――――っ!?」


 少女の頬を撫でる手が固まり、紫の瞳が大きく見開かれた。


 素晴らしかった。正に至高の揉み具合だった。他の女性の胸を揉んだことは無いが、小さいながらも張りのあるOPPAIは素晴らしかった。まさに、揉めば揉むほど、少女の顔色が――顔が真っ赤になって俯いた。しかし、泣かれたり、叩かれたりされる気配もない。


「――うぅっ……」


 少女は俯きながら呻いていた――が、頬から離された手は宙を浮き、俺の両手に添えられた。


「おっけー!?おっけーなんですか!?」


 そんなことを言いつつも俺の手は少女の胸を掴んだまま離さない。離れようとしない。これが、変わらない吸引力っ!調子に乗った俺は、よりリズミカルに、激しく動かして――。


「ふうっ……つっ……ぅううぅ……ぅくっ……」


 少女の声に艶が入り、息を荒げ、身体を少し捩らせていた。揉んでいる手の中は、俺の汗か少女の汗でしっとりとし、徐々に熱くなっていく。そして少女が俯かせていた顔を上げると――。


「あっ。これあかん奴や」


 困惑した顔の、少女の紫の瞳には涙が溜まっていた。


*****


 そんな訳で、再度頬を抓ったわけですよ。で、思った通り……。


「やはり痛かった!寒さで頬をやられてただけだった!」


 痛い。夢なのに痛い。その事実に俺は驚愕し、少女へと速攻DOGEZAした。今までで一番綺麗なDOGEZAの自信がある。え?今までって?そこには触れないでくれ。


 しかし、そんな愚かな俺に対して、少女は肩を起こして笑顔で微笑みかけて来てくれたのだ!


「貴女は天使――いや、女神ですか……。くっそ可愛すぎるだろう!?結婚しよう!!!(ここは一体何処なんですか?)」


「!?!?」


 大声が響き渡り反響する。そんな中、真っ赤になった少女が驚き返して、一回頷いたのだ。


「ファ!?違った!本音が駄々漏れだった!!ってこんなオッサンでいいのかい!?君にはもっと素敵な格好いい人とか……」


 はっきり言って、容姿は地味だと思う。髪もまだある。腹も出ていないし、ヒゲは薄い。そこまでオッサン臭さは無いと信じたいが、やっぱり眼鏡をかけて疲れた薄い顔は、女性から評価が低いと思う。

 

 そんなことを考えてくると、過去の苦い思い出が――……あぁ初恋の彼女は、今どうしているだろうか。俺は上を向いて目を閉じた。俺の頬を、熱い汁が流れていく。最近色々あったから疲れているのかもしれない、あのアパートに帰ったら、1週間の休暇申請を出そうと思う。却下されそうだけど。


「rfyの……だ1fzqですか?」


 空耳だろうか、少女の声が脳内へと響いてきて。肩に手を置かれて、軽く揺さぶられてしまった。目を開けると少女の顔が眼前に――って。


「近い!近いよ!しかし、当たらなければ、どうということは――え゛?」


 思わず顔を離すと、少女に両手で顔を固定された。その行為に俺は驚き、顔を引き離そうとする。


「凄い!万力でロックされたように動かん。何故動かん、俺!」


「ちょっと、動かないでくださいね」


 そんな言葉と共に少女の顔が接近する。あと10センチ、あと5センチ。母さん、これは第3種接近遭遇です。スローモーションのようにゆっくりと少女の艶めかしい、薄いピンクの唇が視界に入る。


 ついに全俺が感動した0センチ――となり、おでことおでこをくっ付けられた。


「うん……いや。ね?ほら、期待しちゃうじゃん?」


 誰に説明をしているのか、勿論”全俺”だ。”全俺”と何か、それをここに書くには余白が足りなさすぎる。気づけば少女とのおでこは離され、温もりが遠のいていく。あぁ、何というスイングバイ。君に届け!俺の電波!


 ――……チュッ


「へ!?」


 なんて馬鹿なことを考えていると、頬にキスされてしまった――。少女の顔は真っ赤で、口元がゆるゆるであった。


「えへへ……」


「くっそ。時間差攻撃とは……恐ろしい娘!」


 そして少女が彼の手を引いて立ち上がらせる。少女は彼の手を引き歩き出す。向かった先は大きな広間であった。少女は広間の中心に行くと、声を上げる。


「出ておいで――」


 背後から振動が身体に響いてくるので振り返ると、大きな、全長1.5mはある青い狼がいたのであった。


「ヘッヘッへッ……」


 狼は目の前でお座りし、こっちを好奇心いっぱいの目で見てきていた。こっちも負けじと見返すと、勢いよく突っ込んでくるので、回避……できない!運動不足のせいである。


「狼に組み敷かれてしまった……くっ……殺せ!」


 そんなネタを振ってもスルーされ、顔をべたべたに嘗め回されたのだった。あと服にも涎が。あっ、股間に顔尾をうずめてますね。これはやばいですねぇ。


 そんな滅茶苦茶はしゃいでいた狼の脳天に、少女のやわらかチョップが入る。すると、何ということでしょう。あんなに激しかった狼が――少女の顔を舐めようとしていた。反省の態度、ゼロである。 


「顔を洗いたいのですが……」


「洗い場はこちらです」


 涎まみれの顔を指さすと、建物の奥を指さされた。狼がコートの端を加えて引っ張っている。俺は耐える!耐えて、美少女と結婚する!!


「ふんぬ!……って引きずられるのね。くっそ、責任とってお前の背中に乗らせろい!」」


「えっと、その子は女の子なので、優しくお願いします……ね?」


 と突っ込みが入るも、狼が地面にうつ伏せになったので、コンビニ袋片手に乗ってみました。そしてめっちゃ速かった。具体的には、サラマンダーより、ずっとはやい。今なら奥多摩GP最速になれるかもわからんね。


「……行っちゃった」


 後ろから少女の声がするが、風切り音で聞えない。いやー、困りましたねぇ。


*****


 水場に連れていかれ、流れている小さな水路に指をつけると氷水であった。これが夏なら…それでも無理。なので、少女に話すと、水路から四角くて浅い――といっても膝ほどの水深の水場に水を引き、魔法で温めてくれました。


 美少女の魔法水暖かいナリィ……。


 なお、衣服が濡れるのは困るので、シャツ一枚、トランクス一枚になっていた。一方の狼は尻尾を振りながら、周りをぐるぐる回っていた。そのままバターになればいいと思うよ?


 少女は靴を脱いで、裸足で水場のふちに腰掛けていた。


「くぉらぁ!優しく扱ってやるよ!ぐへへ……」


 で、俺がコンビニで買った石鹸を取り出し、泡立てて洗おうとすると、仰向けに腹を出してきやがったのでした。


「キューン!キューン!」


「あの……その……あぁ。そんなところまで」


 狐かよ!?狐の鳴き声は知らないが、そんな気がした。俺のゴーストが囁くのだ。そして洗った。泥と埃に塗れていた全身を手でやさしく洗っていくと、狼は大人しくなって眠くなってきているようだった。


 そんな狼の輪郭が、段々輝くように光の粒が舞い――人型の少女へと変わっていく。


 水面に仰向けで浮かんでいる彼女は――。


 肩までかかっている髪は青く透き通るようであり、肌は白い。頭についている2つの耳を除くと、身長は150㎝くらいか。あどけない顔の金色の瞳で此方を不思議そうに見ている。そして、胸は無かった。いや、ほんのり膨らんでいた。そんな彼女は全裸である。つまり下に視線を動かすと、綺麗な一本筋と、青いフサフサの尻尾が見えていた。全開も全開、フルオープン。


 つまり、何処からどう見ても、ワン娘ですよ。ええ、ワン娘です。


「あばばばば……」


 俺は動揺した。今、仰向け全裸のワン娘の何処を洗っているかというと、尻尾とかお尻とか下半身なのだ。一方のワン娘は、此方を下から覗き込んでいる。


「洗わないの~?ワンワン!」


「ここに迷い込んできた狼に、私が人化の魔法を試してみたのです……」


 少女は両手で顔を隠しているが、指の隙間からワン娘とこちらを交互に見ていた。以外にムッツリーニさんですねぇ。ぐへへ、お前も素手で洗ってやろうかぁ!


「あのぅ……そのぅ…………優しくなら……」


「マッジで!?」


「洗って~!!」


「キャッ!」


 お湯の中に入っていたワン娘が立ち上がって、こちらに飛びかかってくる。少女は水しぶきに、後ろへと退避したようだ。来いよワン娘!衣服なんか捨てて、かかって来い!


「って、こら!あーあ。びしょ濡れだよ……」


「ワンワン♪」


「おい!股を凝視するのは止めてー!パンツに手を伸ばすのも止めて――って!」


 ワン娘が勢いよくトランクスをずり下げると、俺の元気棒が勢いよくコンニチワしてきたのであった。色々危険なので腰を引き逃げようとすると、俺の腰にワン娘の手が伸び、がっちりと固定される!


「あわわわわ……」


 少女は口に手を当て固まっている。


「何でみんな力凄いの?ねぇ何で?駄目だ、こいつぁ暴走ダンプカーだ……」


「じ~~っ。……カプリ」


 じっと元気棒を凝視したワン娘が、先制攻撃を仕掛けてきた!やばいですねぇ。これ以上はノクターン行きになっちゃいますねぇ。


・・

・・・


 ――ピッ。ピッ。ピッ。ピーン。


 はい!此処で各地の天気予報のお時間です。


・東京:曇り。

・関東地方:曇り、所により晴れ。

・日本:全国的に晴れ、所により曇り。北海道と沖縄は、朝方雨が降るでしょう。

・アジア大陸:基本的に晴れ。フィリピンから東インドにかけて、雨が降るでしょう。

・地球:全世界的に晴れ。南半球は雨のところが多いです。傘を忘れないようにしましょう。

・海王星:曇り。寒く、強風が吹いています。

・太陽:晴れ。日焼けにご注意ください。

・R136a1:晴れ。明るく、熱いです。目がつぶれないように保護しましょう。

・GRB 080916C:晴れ。ガンマ線バーストが発生しています。ガンマ線を浴びないようにご注意ください。

・SGR 1806-20:晴れ。超強力な磁場が働いています。バラバラにされないようにご注意ください。

・いて座A*:暗黒。巨大ブラックホール稼働中。吸い込まれないようにご注意ください。


 関東地方は気温が低めです。外出時は温かな格好をするなど、体調管理に気をつけましょう。


 次の天気予報は昼過ぎです。それでは今日も一日、御安全に。


・・・

・・


 洗い場で、ワン娘が正面から抱きつき。尻尾も耳もヘロヘロで、肩で荒い息をしていた。


「わふぅ……ふひゅぅ……」


「ふっ、所詮犬っころよ」


 全身ずぶ濡れの中で、格好よく言ってみたが、実質2勝1敗だった。それでも、何とか男の威厳は守られたのだ。守られたと思う。守られたんじゃないかな?


 焦点がボンヤリとしたワン娘は、抱き付いたまま剥がれようとしない。なので頑張って剥がそうとするが剥がれない、まるで何年もくっついたテープのように。柔らかなワン娘に抱き付かれていると、このままでも良いかな――と思考が澱んでくる。


「コホン。コホン!」


 ――ハッ!


 刺すような視線に、勢いよく後ろを振り返った。ワン娘は後ろを見上げた。


「今晩は、二人ともご飯抜きです♪」


 そこには凄いにこやかな顔の――しかし目に光は無い少女が、仁王立ちしていた。半端ない威圧感と、そのセリフに俺もワン娘も慄いた。少女の手にはコンビニ袋が握られていた。つまり、俺の生命線が握られていた。


 洗い場の水温が下がっていく。


「それ、今日の晩御飯……」


「はい?何でしょうか」


 笑顔の少女の口が裂け、視線が交差した。うわぁ、物理的に裂けてるぞな。


「はわわ……」


「キューン……」


 怒っている、超絶怒っている雰囲気に、とりあえず全裸のワン娘を前面に差し出すと、ワンコが激しく抵抗してきた。おっぱいは無いが、アキラメロン。


 少女が軽く息を吐く。目じりが下がり、苦笑いになった。


「ふふっ。というのは冗談ですよ?みんなで食べませんか?」


 なんという寛大な精神。なんという器量のよさ。俺はその背中に後光を見た。ああっ女神さまっ。


「じゃあ、皆に出会ったお祝いということで……」


「ワオォ――ン!」


 古城の小さな庭に、静かに雪が降り積もっていく。

 これは一人の少女と一匹の狼娘と冴えない男の、雪の箱庭の物語。











 ――でした。


*****


 仕事から帰ってきたので、コートとスーツをハンガーにかける。


「で、結局あのアパートに戻ってきたわけだが」


 そう、色々あったが結局元のアパートに戻れたのだ。色々……本当にいろいろなことがあったとしみじみ思い返す。


 あの濃霧を超えて城の外へ踏み出せば、一面の廃墟の街だった。その街で調べ物と装備などを調達し 複数の山を越え、大草原を進み、他の街にたどり着くと、車や列車が走ってた。人々の服は洗練され、逆に少女の服装が浮いていた。ワン娘の服装?記憶にございませんねぇ。


 実は異世界じゃなくて、地球のどっかに飛んだかと思ったのだが、見たことのない物ばかりで絶望した。一方の少女は見たことのない風景に大興奮。はしゃいで、飛び回って、あっ……マジで空飛んでる。


 その勢いで色々な場所を巡り、どこかの街の中古書店の魔法書コーナーで手に入れた、胡散臭い魔法書に書かれてあった送還魔法を試してみると――何と送還できそうなことが判明したのだ。あの魔法書、絶対適当に書いただろう。だってエロ魔法コーナーにあったんだもん。粘液最高!触手最高!


 なお、魔法の説明書きには、”久しぶりに妻が出かけるので、家に愛人を呼んだところ、急に妻が戻ってきたときのために創りました”と書いてあった。つまり、幾人もの男達の犠牲と努力・根性・友情の上に成り立った、悲しい魔法であった。


 そんな訳で胡散臭い魔法書に書いてあった品々を集めた。金で。何せ異世界の地理は知らないし、別の場所へ向かうのも大変なのだ。入国手続きとか、勝手に狩猟をしていいのかとか。危険なこともあるだろう。


 安全+第一。いのちだいじに。


 あのカジノに入り浸った日々が懐かしい。朝起きて少女を引き連れカジノ。昼ご飯を食べてカジノ。寝る前にカジノ……。もちろん少女の魔h……ではなく不思議パワーですべて解決!やはり異世界でも金の力は偉大だった。


 偽物つかまされたり。カジノ出入り禁止になったりと、心に残る思い出ばかり。最後は国から詐欺師の罪状で、指名手配されていた気がする。


 ブツを集めるのに3か月近くかかり。廃城へと帰還して送還魔法を発動させると、戻った時期は倒れたあの瞬間であった。セーフ!俺の社会的地位は守られた。


「もう少しですよ~」


「わぅっ、わぅっ」


 ワンルームの狭い台所の方から声がする。今夜のメニューは味噌汁と、焼き魚らしい。


「お待たせしました」


「美味しそう!ワンワン!」


 少女とワン娘が料理を手に持ち、居間に入ってくる。


 少女の格好は、黒色の裾が長いシンプルなメイド服。ワン娘は上は白色の半袖シャツ、下は黒色のジャージ。俺のおさがりである。尻尾のところは穴を開けている。ワン娘は別にいいとして、なんでメイド服なのか、部屋にはなかったのにどこから調達したのかは、いまだに聞けていない。


 両手を合わせてご飯を頂く。最初はよく焦がしたりしていたが、今ではとっくに俺は追い抜かれている。食事のレパートリーも増えてきて、最近はお菓子も作っている。会社に持っていく弁当の中に、可愛くラッピングされたクッキーとか入っている。


 同僚に殺意のこもった視線をいただくことが増えていた。すまんな。


 なお、普段のワン娘は人型になりパーカーを着て走り回っているらしく、毎日泥まみれで帰ってきている。今日も洗濯機の回る音が響いていた。無駄に元気ですねぇ。今度GPSロガーをつけて、行動を調べてみようかと思う。


「どうしましたか?お口に合いません?」


 気づけば箸が止まっていたらしい。困った顔で少女が覗き込むので、思ったことをそのまま口に出す。


「いいお嫁さんを貰ったなってさ」


「まぁ!……えへへ……」


 少女が口に手を当て、にやつきを抑えようとして、抑えれずに口端がプルプル震えていた。可愛い、可愛いよ。


「おかわり!」


 一方、ワン娘は一心不乱にスプーンでご飯をがっついていた。ほっぺにお弁当が付いてます。ついでに、机の上がご飯塗れになり、雰囲気ぶち壊しです。でも、そんな君も好きさ。二番手だけどなぁ!?


「わうぅ……」


 俺の不穏な雰囲気を感じたのか、ワン娘が涙目になっていた。耳と尻尾が垂れさがっている。


「一番なのはうれしいですが、彼女をいじめては駄目ですよ?」


 ジト目で睨む少女も、また可愛かった。そんなことを言われてはしょうがない。俺は女の子座りで座っているワン娘の後ろから、軽く抱きしめ、頭をこれでもかというくらい撫でまわす。超撫でまわす。


「はふ~~。ヘッヘッへッ」


 すると、尻尾が上上下下左右左右BAの方向に激しきばたつき始めた。ちょろい……ちょろ過ぎて心配になるよ。


「あっ!やたらベタベタするのも駄目です!」


 頬を膨らませて拗ねる少女も、また可愛かった。つまり、俺の嫁は世界一可愛い。そんな少女の頬をツンツン指でつつく。


「むぅん……んんんぅ……ふへっ」


 気合で張っていた表情が崩れて、締まらない表情になっていた。そんな少女の頭をなでると、さらに表情が崩れ、そして世界が崩壊した。


 ――これが所謂ビックバンのはじまりであった。


*****


おしまい。

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