-
走っていく白い髪の少女を見ながら、高揚する体を落ち着かせるように息を吐き出す。
この森で生きていられるはずがない人間である少女。
そんな少女が生きている理由がここにあった。
あの小さい手を思い出す。
あの小さい体に宿る際限なく溢れ出す魔力を。そしてその質の良さを。
まさに奇跡という言葉はあの少女のためにあるものだと思う。
魔力を保持している器、量は確かにそこらへんにいる人間にすら大きく及ばない。おそらくこの世界の誰であっても魔力による感知でこの少女を探すのは不可能だろう。
夜空に輝く星の中から光っていない星を探すくらいに。
しかし、そこが問題なのではない。
少女は自分にされていることを理解していなかったようだが、
あの時、我はあの小さな掌から少女の魔力を『食べて』いたのだ。
しかも食べても食べても目の前の少女が衰弱していくようには見えなかった。
むしろ減った瞬間にその魔力を回復させているように少女の魔力量に変化が生じないのだ。
無限にあるようにも感じた。
こんなにも魔力を得たのはいつぐらいぶりだったか、
それも我を酔わすほどの濃密な魔力を。
我が少女を拾えたのは偶然だった。
あの時、思考の中にいた我がたまたま歩いて森を進んでいなかったら
訪れることのなかった幸運。
知らずに我は声を上げて笑っていた。
***
『うぅ~、・・なんだろ?夜中に誰かの笑い声が聞こえた気がする・・・』
太陽のまぶしい光で目が覚めた私はあのドラゴンの用意したであろう何の飾りっ気もない服に腕を通して部屋をでた。
それからあのドラゴンがこれまた用意したのだろう不味い料理を食べる。
食に味気がないのは日本人の記憶を持つだけにどうもやるせない。
『あのドラゴン、どこかに出かけたのかな?』
不用心にも外に出るための扉には鍵がついていない。
あ、もちろん逃げるとか考えてるわけじゃない。
逃げる理由もないしね。
ドラゴンの体型に合わせた扉は結構重くてやっとのことで開いた。
そこから外の様子をしばらく見渡すが、
どこを見ても巨大な木々が生えていて10メートル先もよく見えなかった。
私はどこへ行くでもなく扉が見える範囲でこの森を歩き観察した。
静かだった。
時々、奇妙な鳴き声がずっと遠くの方から聞こえてくるだけ。
木々が擦り合わさってさわさわと揺れるだけ。
朝のすがすがしい空気は私の行動力を刺激した。
『何か果物とかでもなってないかな?』
ぼそっと出たのは私の本心。
ちゃんと美味しいものが食べたい。
扉の見えるギリギリのライン。それを一歩踏み出した。
その瞬間、急激にこの森が暗くなった気がした。
さっきまで暖かく感じた日差しがどこかいびつに歪んだみたいだ。
あんなに意気揚々と果物を探す!と意気込んでいた気持ちがもうなくなっていた。
目の前に広がる森がまるで違うものに見える。
ドクドクと自分の心臓が鳴っている。
戻らなきゃ。
私がそう思った時、暗く遠くの陰から何かが歩いてくる。
のそ、のそっとこちらに一直線に歩いてくる。
その姿が完全に見える前に私はまた一目散に、今度は扉の中へと体を滑り込ませるのだった。
扉の先には首をかしげてこちらを見下ろすドラゴンがいた。
『おや?出ていたのですか?』
返事もせずにこくこく頷く私を見てドラゴンは例のごとく顎に手をおいた。
『・・ふむ、出て、ダメということはないですが、
慎重に行動してください。違う意味で死にたくはないでしょう?』
『・・・!?』
違う意味ってどんな意味だよ!?
『君にはまだ死んでほしくないので、頼みましたよ。』
ってか、まだってなに?!まだって!
そうこうしているうちに興奮中の私は扉が叩かれる音に気づくのが遅れた。
よっかかっていた背中の扉の開く動作ににつられて私の体も後ろへ傾いた。
裸の足が私の顔の両側にある。
それの持ち主を確認する前に私の体はその赤く大きな手に摘ままれた。
まるでお母さん猫が子供にするように。
もちろん私の場合は首の後ろ、服の襟部分を。
持ち上げられた先でギョロリと黒い目が動く。
『ずいぶん来るのが遅れましたね・・。まぁ、いいでしょう。
紹介しましょう。君の前にいる赤いのがオーガのモンド。
そして君が摘まんでいるのは人間のフィリです。』
『わかっているとは思いますがくれぐれも物理的に食べないように。』
いや、サラッとなに言ってくれちゃってんの。