優しさって温かい
休みの日は大抵、沢山寝てから家事をして夕飯の買い出しに行きながら、ファーストフード店で昼食を取って。
帰ってから少しテレビを観て、夕飯を作ってお風呂に入って眠るだけ。
誰かと出掛けたりなんて、もう随分していない。
「あ、桜華さん!こっち、こっち。」
10時5分前、駅前の時計の前に居る人物が私に大きく手を振っていた。
遠くからでも分かる、背の高いイケメンが二人。
周りの女の子達が色めき立っている所へ私を呼ぶものだから、非常に近寄りがたい。
冷ややかな視線をひしひしと感じるけれど、春君は全く気にしていないというか、気付いていないみたいで。
鈍感、なんだろうな。
「待たせちゃって、ごめんね。」
先に来て待つつもりだったのだけれど、逆に待たせてしまった。
申し訳なくて謝るけれど、春君は笑ってくれた。
「こいつ楽しみ過ぎて、30分も早く行こうとしてたんスよ。」
春君とは対照的に、やっぱり明君は眠そうで。
朝が苦手なのかな、なんて思っていると手に温もりを感じた。
「桜華さん、行きましょう!」
楽しそうに、恥ずかしそうにはにかんで。
制服と違って、普段着の春君は何処か大人びて見える。
なのに、耳まで紅くしているから可愛い。
この表情は、私なんかに向けられてもいいのだろうか。
ほんの一瞬、胸に広がる不安。
けれど春君が私の手を引いて歩き出すから、そんな不安も形を無くしていった。
上映を待つ間、ポップコーンや飲み物、パンフレットを買って回って。
学校での生活や春君の部活の話など、色んな話をして時間を潰した。
「じゃあ二人は、優等生なんだね。」
「そんな事ないですよ。」
「たまたま、勉強しなくても頭良かったってだけっス。」
明君が当たり前のように言ってのけるから可笑しくて、笑いが止まらなかった。
幼稚園からの幼馴染みで、依然会った由衣ちゃんもそうらしい。
だから合わなそうな二人でも、いつも一緒に居るんだと納得出来た。
「そろそろ、中入りましょうか。」
それぞれ荷物を持って、二階の一番手前のど真ん中に三人で並んで座る。
春君が右、明君が左、私が挟まれる形で席に座る。
何だか居心地が悪い。
「あ、あの…明君?」
普段は春君を挟んで私の隣には来ない明君が、どうして今は私を挟んで座るのだろう。
少し、緊張してしまう。
「泣くと、ウザいんで。」
幼馴染みに、それ言っちゃうの!?
さすがに傷付くんじゃないかと思ったけれど、春君は酷い奴だなぁなんて笑っているだけだった。
これが明君なんだろうと、胸を撫で下ろしたのと同時にブザーが鳴って照明が暗くなった。
映画は物凄く感動するものだったのだけれど、明君の言っていた事がよく分かった。
始まってから30分としないうちに、右隣から鼻を啜る音が絶え間なく聞え始めて。
ラストの10分は、嗚咽が聞こえてきそうな程だった。
照明が明るくなってから春君を見れば、もう顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
「泣くの分かってんだから、自分でティッシュくらい持ってこいっての。」
あまりにも泣いているから私があたふたしていると、明君は慣れた手つきでポケットからティッシュを出した。
受け取って鼻をかむ春君を連れて、ロビーの喫茶スペースへ移動する。
「私、何か飲み物買ってくるね。」
泣き疲れたのか、春君が若干放心状態なのに気付いてカウンターへ向かう。
その最中、すれ違った女の子二人が話しているのが耳に入った。
「ねぇ、あの男の子見た?」
「すっごい泣いちゃって、かっわいい!」
きっと春君の事だ。
ただでさえ目立つのに、あんなに泣いていたんだ。
そりゃ、誰だって目がいくだろう。
三人分の飲み物を注文して待っている間、彼女達はまだ春君の事話していて。
「隣の子も、めっちゃかっこいいよね。」
「ねぇ、声掛けてみる?」
きゃっきゃと騒ぐ二人は、私が一緒に居る所を見たらどう思うだろう。
フリルの付いた可愛い服、ゆるっと巻いた茶色い髪。
キレイなネイルに、ばっちりメイクされた顔は可愛くて。
きっと、春君にも明君にもお似合いだ。
注文した飲み物を渡されたけれど、二人の元に戻る事が出来ない。
足が縫い付けられた様に、動こうとしなかった。
怖いのだ。
またあの女子高生達のように、私を嘲笑って蹴落とそうとするのではないか。
そうなった時、また春君があの眼差しを向けてくるのではないか。
もうあんな眼差しを見たくない、向けられたくない。
トレイに乗った飲み物が、カタカタと音を立てた。
「きゃ、こっち来るよ。」
女の子の一人が黄色い声を上げたと思うと、トレイに影が重なる。
「重たいなら、俺が持ちますよ。」
顔を上げた先に立っていたのは明君で。
言葉とは裏腹に、やっぱりダルそうな表情をしていた。
どうして、口から出そうになった問いを振り払うように、明君は私からトレイを取り上げて踵を返す。
慌てて後ろに着いて行った時、さっきの女の子達があり得ないと言って舌打ちするのが聞こえた。
やっぱり私には不釣り合いで、一緒に居られる事が奇跡なんだ。
春君の元に戻って椅子に座るけれど、顔を上げられない。
髪で顔を隠して、こんなニキビだらけの顔を晒したくなかった。
ずっと気にした事なんてなかったけれど、今はこのブツブツの肌が恥ずかしかった。
「咲さんは、キレイっスよ。」
不意に、明君がポツリと呟く。
「え?」
心臓が止まるかと思うほどの衝撃が走って、それから二人に聞こえてしまいそうな程バクバクと音を立てた。
俯いていた顔を上げて、正面に座る明君を見る。
視線は絡む事はなかったけれど。
「俺、女って嫌いだな…。」
頬杖をついて明後日の方を眺める明君は、ストローに少し口を付けて喉仏を揺らした。
明君にも聞こえていたから、空気を読んでくれただけなのかもしれないけれど。
励ましてくれているように感じた。
未だに心臓はバクバクうるさいけれど、嬉しくて。
鼻をジュルジュルやっている春君に飲み物を渡す私の顔は、きっとニヤニヤしているに違いない。
初めて異性にキレイだと言われた、そんな事よりも何よりも。
明君の耳がほんのり紅くなっていたから、明君の意外な一面を見れた事が嬉しかった。