群れって偉大
私の人生は、いつも白黒だった。
特別変わった事はないし、特別だと思える人も居ない。
誤解されやすくて、何故か同性によく妬まれたり絡まれたりって事はあるのだけれど。
誤解なんだと弁解するのも面倒だし、私にとっては大した問題じゃない。
だからあの時も、呼び出された喫茶店で私は言った。
「群れなきゃ何も出来ない人達に、私の心は動きませんから。」
生意気だとか、調子乗ってるだとか。
枕して時給上げてもらってるとか、みに覚えのない誹謗中傷。
汚い女だって罵られもしたけれど、私の目の前に居る5人の彼女達を見ても何も感じなかった。
私より年上の彼女達が、絶える事なく人を傷付ける言葉を口にするのを何処か他人事の様に聞いていた。
ただ呆然と眺めているだけの私を見て腹が立ったのか、最後に水を掛けて彼女達は帰って行った。
髪から雫が滴り落ちて、それでも私は、濡らしてしまって喫茶店の人に申し訳ないな位にしか思わなくて。
「大丈夫ですか?」
タオルを持ってきてくれた店員さんに、すみませんと頭を下げた。
店員さんは気にする風もなく、素早い動作で床やテーブルを拭いていたけれど。
「強いんですね。」
私からタオルを受け取った彼は、一言そう残して下がっていった。
顔は見なかったけど、きっとアルバイトの高校生だったんじゃないだろうか。
若くて覇気があって、凜とした声だった。
今思い返すと、何処かで聞き覚えのある声だった気がする。
「そうだ、私…。」
今朝の出来事を思い返して、ほんの少し胸が痛む。
彼女達にされた行為ではなく、春君の表情。
年上として、私が先に謝るべきだったのだろうか。
大人の余裕みたいなものを見せて、自分が悪くないものに謝罪するのが、私が取るべき対処だったのか。
それを咄嗟にしなかった事を、軽蔑していたのか。
私は悪くないのに、謝るなんてしたくなかった。
彼女はわざと、私を陥れる為にぶつかってきたんだ。
春君の事が好きだったのかもしれない。
突然現れた年増で不細工な私が、春君の隣を歩くようにった事に怒りを覚えて。
私が悪かったんだ。
春君や明君が優しくて、勘違いした私が悪かった。
「お疲れ様でした。」
未だに続く嫌がらせで、押し付けられた仕事を片付ける私が上がれるのは一番最後。
どうせ誰も居ないけれど、挨拶をして外に出ればもう陽は傾いていた。
今日は一段と疲れが溢れて、帰路につく足が重く感じた。
今朝の事を思うと、高校の前を通る気になれない。
彼女達に会うかもしれない事よりも、春君に会うんじゃないかという恐怖。
どんな顔をすればいい、あんな表情で私を見ていたのに。
いつもと変わらない筈のその道が、真っ暗に映る。
「ふぅ…。」
小さく息を吐いて、俯いたまま歩き出す。
下を見ていれば、気付かなかったと逃げれるだろう。
少し早まる足に、疲れでもつれそうになるけれど。
帰ってお風呂に入って、キレイに忘れてしまおう。
幸い明日は土曜日で、学校は休みのはずだ。
「あれ、咲さんじゃないっスか。」
帰ってからする事を脳内スケジュールにメモしている最中、突然真横から声を掛けられて肩が跳ねる。
「あ、明君!?」
会いたくなかったのに、会ってしまった。
突然だった驚きと、どうしようという焦りから心臓はバクバクとうるさく音をたてる。
けれど、明君の隣に居たのは春君ではなかった。
「ん?あ、もしかしてこの人がサキイカちゃん?」
可愛くてキレイで、人形の様な艶のある髪と瞳。
同じ人種とは思えない、その容姿に目を奪われた。
というか、サキイカちゃんってなんだろう。
私を見て言ったんだから、私の事なんだろうけど。
「今、帰りっスか。」
ぼけっとしている私はお構い無しに、明君が話を続ける。
「あ、うん。」
返事をすると、明君は歩みを進めて。
隣の女の子も歩き出すから、何故か私も隣に並ぶ。
あれ、なんで私は普通に隣を歩いてるんだろう。
会わない様にって下を向いて、でも春君は居なくて。
「ね?サキイカちゃん、春から告白されたって本当?」
「ぶほぉ!?」
この子、なんて直球を投げつけてくるの。
怖いを通り越して、いっそ清々しいよ。
「由衣、お前ってアホだよな。」
私が一人むせていると、明君が呆れた様に言い放つ。
なんて言うか、由衣って子は天然っぽいから気にしてないみたいで安心したけど、明君って結構毒舌なんだな。
悪気はないのは分かるんだけど、ダルそうな声音が棘を感じさせるというか。
「明酷い、酷いよ。クラスで飼ってたメダカが死んでも、泣かない奴くらい酷いよ!」
明君を挟んだその横で、よく分からない例えで酷さをアピールする由衣ちゃん。
「その例え、理解出来ない。」
ギャーギャーと騒ぐのを、一刀両断する明君。
この二人、仲いいんだろうか。
一緒に下校するくらいなんだし、付き合っているのかもしれない。
二人とも可愛いし、かっこいい。
お似合いに見えるんだけれど、会話が壊滅的だ。
「…青春?」
騒がしい由衣ちゃんを、やっぱり毒舌で切り捨てる明君を見ていたら、ポロッと漏れる心の声。
やってしまった、そう思った時には既に遅くて。
「ないっスわ、まぢ引きます。」
物凄いドスの効いた声で、ばっさりと切り捨てられていた。
そんなに冷めた目で、人を見るもんじゃないよ。
なんだか、私よりも大人びている気がする。
「んじゃ、俺らこっちなんで。」
朝、春君達と合流する十字路。
そんなに歩いたつもりはなかったのだけれど、いつの間にか着いてしまっていて。
二人が小さく手を振って、またねと言った。
春君と違って、二人は距離のある敬語を使わない。
けれど、馴れ馴れしいと思わない。
年上だと言う事を、感じさせない雰囲気が二人にはあった。
少し、嬉しかった。
「うん、またね…。」
明日が土曜日で良かったのかもしれない。
この二日の休みの間に、春君達を忘れてしまおう。
私が踏みいってはいけない世界が、ここにはあって。
この十字路の此方と彼方で別れている様に、あの告白すらもなかった事にしてしまおう。
短い間だったけれど、私の人生でこれ程に色鮮やかな日々はなかった。
嬉しかった、けれど。
触れてはいけないものもあって、異物を排除しようとするのはどの世界でも同じ事なのだ。
私には相応しくない相手でも、今朝の彼女達では釣り合うという事もあるのだ。
ごめんね春君、どうやら私は逃げ出すみたいです。
群れて私を排除しようとした人達に、私は負けたんだ。