女子って陰険
二十歳から続いた私の日常は、4日前に突然劇的に変化した。
仕事に行く最中の十字路でイケメンが二人付属されて、校門で頑張ってと言われる様になった。
24歳のニキビ面の私が、こんなイケメン二人を引き連れて歩くのは気が引けるのだけれど。
どこか心の隅の方で、頑張ってと言ってもらいたい自分が居るんだと、今朝彼の顔を見て気付いた。
二人が隣に並んでから校門までの数百メートルは、周りの女子の視線を感じて正直辛いのだけれど。
それでも、頑張ってと言って欲しい気持ちの方が勝っていた。
4年勤める仕事場は、あまり上手く行っているとは言い難い。
仕事自体は楽しいし、好きなのだけれど。
どうも私は人見知りのせいか、人と上手く付き合うのが苦手なようで。
悪口、陰口は当たり前。
以前は、喫茶店に呼び出されてまで文句を言われた事もあった。
確かあれは…。
「ねぇ、桜華さんは動物って好き?」
もう少しで何かを思い出せそうだったのに隣から声がして、ひょいと視界いっぱいに広がる顔。
「は、春君!近い、近いから…。」
びっくりして咄嗟に後ずさるけれど、拒絶されたと勘違いしたのか、春君は悲しそうな表情をする。
止めて、その表情は反則だと思うのだよ。
なんとか気を反らさないとと思って、振られた話題を思い出す。
「動物好きだよ、春君も好きなの?」
苦笑いだったけれど、私が問い返せば瞬く間に表情から悲しみは消えていった。
犬を飼って居るとか、明君の家の猫が可愛いとか。
他愛もない会話が出来る程、私も彼らと歩く朝が好きになっていた。
だから彼らが学生で、私は見た目も歳もまるで違う世界の住人なんだって事を忘れてしまっていたんだ。
春君や明君があまりにも普通に接してくれるから、当たり前の事の様に感じていたのかもしれない。
「ね、桜華さんは犬派?猫派?」
「私は…。」
にこやかに微笑む春君が、横から問い掛けるのに応えようと顔を向けた時だった。
後ろからきた誰かが肩にぶつかって、持っていた鞄を落としてしまった。
「やだぁ、いったぁい。」
「ちょっと、大丈夫?」
私の鞄の中身がばらまかれた道路に、女の子特有の甘ったるい声が響いた。
慌てて中身を拾う私の側で、手伝ってくれる春君。
けれど、女の子達はただ騒ぐばかりで。
「桜華さん、大丈夫ですか?」
拾い終わって中身を確認して、全部拾えたと頷く。
春君は、私の心配をしてくれるのだけれど。
「ぶつかって、謝りもしないんですか?」
「年上のくせに、常識知らずなんじゃない?」
「この子、痛がってるんだけど。」
痛そうに肩を抱く女の子を庇う様に、周りの女の子達が私を睨み付けながら口々に言う。
周りを確認していなかった、私にも非はあるだろうけど。
後ろからぶつかってきたのは、彼女の方ではないだろうか。
いや、間違いなく、ぶつかってきたのは彼女だ。
一瞬だけの事だから、空耳かとも思ったのだけれど。
ぶつかるほんの一瞬、確かに今肩を抱いて泣きそうな顔をした彼女は言った。
「ババァが調子乗ってんなよ。」
ハッとした時には既に、私の鞄から中身が散らばる音がしていた。
そうだ、私は何か勘違いをしていたんだ。
普通なら春君や明君みたいなイケメンの年下の男の子が、私と並んで歩くなんてあるわけないんだ。
自分の愚かさに虚しくなって、春君を見た。
「あの、私…。」
ショックだった。
まさか春君が、そんな軽蔑する様な表情で私を見ているとは思わなくて。
庇ってくれると思っていた。
そっちが悪いんだろ、って言ってくれると思っていた。
やっぱり私は馬鹿だったんだ。
「ご、ごめんなさい…。」
顔が熱くて、恥ずかしくて俯いてしまった。
私が悪いんじゃない、ぶつかってきたのは彼女なんだって、春君には分かって欲しかったのに。
居たたまれなくなって、その場を離れようと歩き出す。
「桜華さん!」
後ろから春君が呼び止めるけれど、私は聞こえないふりをした。
今のこんな酷い表情、春君には見られたくなかった。
好きになるって、好意を寄せられるって、こんな思いをしなきゃならない事だったなんて知らなかった。
他人から妬まれて、蹴落とそうとするなんて。
違う、私が自惚れていただけで、これが本来の私なんだ。
隣に立とうとしたから、そんな訳ないだろって彼女達は教えてくれたんだ。
「わかりゃいいんだよ、オバサン。」
校門を過ぎて仕事場へ向かう、登校中や通勤中の人達が行き交う喧騒の中。
彼女達が私を嘲笑っている様な気がした。