表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飾伝説  作者: 仙堂ルリコ
9/22

カザルがでた

翌日の葬式では、真弓の時よりさらに大勢の弔問客が集会所に詰めかけていた。

泣いている人は少ない。怯えた顔を突き合わせ、大人も子供も「またや」と囁いていた。

尚美は綺麗だった。赤い着物を掛けて貰って、顔は白く塗り口紅もつけて貰ってた。小さい弟が、ねえたん、と呼びかけていた。

霊柩車を見送った後、操に家に来るように言われた。

「おとうちゃんが、あんたに聞きたいことがあるんやて」


操の部屋では無く応接室に連れて行かれた。

操の両親が並んで座っていた。母親には慣れていたが父親と向き合って話すのは初めてだった。脂ぎった彫りの深い顔で口ひげをはやした貫禄のある人だ。大きな身体は威圧感もあった。

クーラーが寒いくらいで、変な臭いもして居心地が悪かった。

操がカルピスとシュークリームを持って来て隣に座った。

聞かれるままに、こっくりサンで茜が飾をよんだこと、乞食がいると川へ誘ったと、最初は、ぽつりぽつり、答えた。

「そうか、怖かったやろ、可愛そうになあ」

操の父は私の頭を撫でてくれた。

嬉しくて気が昂ぶり、同じ話を、今度はぺらぺら喋った。

「みんな茜のせいやで。茜に飾が取り憑いたんや。茜は水神に捕まったんや。捕まるのを見た。真弓と尚美を身代わりにする約束したんや。真弓が死んだときも尚美のときも、茜がこっそり何かしたんや。茜があの二人殺したんや」

操が、私の両手首を掴んで間近に引き寄せる。

「あんたが、見たのは乞食と違う、水神様やったんやな?」


そういうことになるのか。

調子に乗って取り返しの付かない間違いをしでかしたのでは無いかと不安が頭をよぎった。


「飾と水神の約束は、命を助ける代わりに毎年一人川へ流せ、もしも滞る年があれば、三年は待つが、それ以上は許さん。お前が三年分、三人まとめて流せ、やろ。去年も一昨年も川で死んでない。つまり三年目や。茜が水神に捕まって命乞いして、三人殺すと請け負ったんやな」  

操は、自分の部屋に私を連れて行き、念を押した。


「けど二人では足らんやんか。あと一人や。あと一人殺されるんやで。うちかもしらん、潤かもしらん」 

最後の言葉に息が止まるほど衝撃を受けた。

飾は三人殺すのが務め。もう二人も死んでいるが、三人に足りていない。あと、一人、川で死ぬのだ。

パニックを起こして呼吸が出来なくなりヒイヒイ喘いだ。苦しくて妙な悲鳴をあげた。


「ヒステリー起こしなや」

操の母親が悲鳴を聞きつけて部屋に入ってきた。私は頬を叩かれた。

「潤、言霊って知ってるか。知らんかったら今覚えなさい。言葉に出すから寄ってくるんや。語るから話が出来ていく。ええか、二人余所者が死んだのは、もう済んだ事や。茜が飾やと思って喋って、もうそれで気が済んだやろ。もう忘れるんや。終わってしまったことは喋らんかったら無かったんと一緒や。あんたら宿題せなあかんやろ。日記はちゃんとかいてるんやろな? 盆踊りが終わったら夏休みもすぐ終わるで」

叩かれた痛さで興奮は静まり、日記と聞いて涙が止まった。

忘れていた、全く書いていない。……確か毎日の天気を書く欄があった。

現実に引き戻され、早速操に見せて欲しいと頼んだ。操は、それには答えてくれずに。

「あんた、もう茜を連れてきなや」

と命令口調で言い、母親と二人で、もう帰れと開けたドアの先に顎をしゃくった。


翌朝、茜は外で待っていた。

朝から日差しが強かった。茜は白いつばの広い帽子を被っていた。初めて見るヒマワリの刺繍が入った黄色いワンピースが可愛らしかった。

操の指示に従って、茜を無視して一人で操の家に行こうとした。

「潤ちゃん、なんで、乗せてくれへんの」

責めているのでない、素直にただ聞いてきた。

「ごめん」

謝ったが後の言葉が続かない。帽子の陰に隠れた茜の顔を一瞬見てしまったからだ。

顔色がとても悪い。目の下が黒ずんで唇が紫色だった。気味が悪いというより、どう見ても病気に見えた。

自分がとんでもない間違いをしている、漠然とした後ろめたさ、新たな嫌な感覚に襲われた。逃げるように、自転車に腰掛けペダルをこいだ。もちろん、茜を置いてきぼりにして。

茜は追って来なかった。一度だけ振り返った。

母が居た。

白い握り飯が載った皿を茜に手渡している。二人親密そうに頭を寄せていた。

母は可愛そうな茜に握り飯を食べさせているのか。私が知らされなかっただけで、ずっとそうしてたような、自然な雰囲気だ。

思いも寄らぬ出来事を目撃して、何故か涙がこぼれた。何が悲しいのか嬉しいのかもわからない。

何でだか死んだ真弓と尚美に罪悪感を覚え茜にも申し訳ない気分になってる。

短い間に色々あって驚いてばかりで精神が脆い状態だった。

とにかく、もう操しかいない。


操の部屋はとても綺麗だ。白い壁に水色の花模様のカーテン。ぬいぐるみが並んだベットもある。壁の一面には漫画本が並んでる。入り慣れた広い部屋が二人きりだと広く感じる。

「あんな、西ちゃんとこに呼ばれてん。電話かかってきたんや。昼から行くからな。あんたも来て良いで」

許可と言うよりは、命令だった。


桜本の西ちゃんの家は知らない。第一、桜本村に行ったことも無い。歩いて行くには遠すぎたからだ。

村の北外れの国道を渡って小学校のまだ先、延々と田んぼが広がっている間の農道をずっと行った先にあるとは知っていた。

……私と操は西ちゃんの家に辿り着くのに一時間近くかかった。

桜本は建て売り住宅と文化住宅が並び、村と随分感じが違った。

四階建ての団地もスーパーマーケットもあった。村の年寄りが言うような呪われた雰囲気とは程遠い。

西ちゃんの家は、古い家が立ち並ぶ曲がりくねった通りにあり、大きな土蔵のある古い屋敷だった。


西ちゃんは西香里奈という名で、私は一度も同じクラスになったことは無く、遊んだことも無ければ話したこともない。それでも西ちゃんを知っている。西ちゃんの名前を誰もが口にするからだ。

細くて背は低い。顔も小さい。色が白くて目も鼻も口も幼児のように小ぶりで可愛らしい。それでいて、勉強もスポーツも操と変わらぬ程できた。しかし操のように学級委員に選ばれたりはしない。そういう面倒な役目を拒否する雰囲気があった。

西ちゃんは目尻を下げ小さな歯を見せて見てるだけでほっとするような笑顔で迎えてくれた。


「ごめんな、姉ちゃんがな、どうしても喋りたいらしい」

操と私を離れに連れて行った。離れは姉の部屋らしかった。

西ちゃんは、ピアノの先生が来るからと、さっさと言ってしまった。

大学生のお姉さんは西ちゃんに似ていない。背が高く細面で涼しい顔立ちの人だった。長い髪を無造作に黒いゴムでまとめ黒のノースリーブのワンピースを着ていた。真夏に黒い服を着ていたので印象に残っている。

「あんたら、こっくりサンで、飾を呼んだって本当か?」

西ちゃんが尚美に真弓の葬式で聞いたという。

五年生の女子が二人続けて死んだのだ。桜本でも噂になっていたに違いない。私と操から、直接聞きたい人が居ても無理はない。インタビューを受けるのは嫌ではなかった。むしろ誰かに聞いて欲しかった。 


一通り話を聞いて、お姉さんは、茜に飾が取り憑いたのなら、次に私か操が殺される確率が高い、と言った。

やっぱりそう思うのかとショックだった。人のことだと思って簡単に言うと驚きもした。自分が死ぬなんてあり得ないと、信じたい。「飾伝説」なんて作り話やと、今度は思いたくなった。

途中から口を噤んだ私とは反対に、操は「飾伝説」について知ってることを教えて欲しいと詰め寄った。

「あんたらは、聞いてないかもなあ」

かつて起こった飾伝説にまつわる事件を、お姉さんは語り出した。


桜本の子供が三人、川へ行くと言って出ていったきり夜になっても戻らない。

五年の女の子二人とそのうち一人の弟だ。

もう一人神流村の子も一緒に行ったが、その子だけは家に帰ってきた。駐在がその子に事情を聞くと「水神様と約束したから河原で三人殺した」と恐ろしいことを言い出した。

包丁で殺したというけれど河原に死体はなかった。包丁も無い。

母親が、娘は現実と空想の区別が付かないと説明した。

暫く前から、「三年目やから三人殺せ、と水神が言っている、じぶんは美しいから飾のように選ばれた」と独り言を言い、暇さえあれば鏡台の前に座っていたという。

子供達の足取りさえ掴めぬままに二日が過ぎた。

三日目になって、川の下流で大勢が遊んでいたところに、バラバラになった子供達の亡骸が流れてきた。遺体の一部は中州の雑草の間に溜まっていた。破損が酷く犬に殺られたのではないかという事になった。当時野良犬が群れで川の上流の河原に住み着いていた。警察と村人が協力し一斉に駆除し事件は終わった。だが 桜本町では、神流村の飾伝説にやられた、と話していたという。


「三十年前やで。今年と同じように川で三年死人が出てなかったんや。あんたら、親に聞いてないんやな」

お姉さんは、この話を父親から聞いたそうだ。父親は亡くなった五年生の子と同級生だった。

それなら同じ小学校だった私の両親だって知ってるはずだ。

水神と約束したと言う女の子も……今でも村にいるのだろうか。


「一回ちゃうで、その前にも似た事件があったってお婆ちゃんから聞いたんや」

やはり神流村の、十一か十二の女の子だ。

この子は夕飯の時に突然幼い弟を抱きかかえ、河原へかけてゆき、川へ流して殺してしまった。それを知った父親は狂ったように娘を殴り死なせてしまった。

全てを見ていた母親は悲しみの余り娘の亡骸を抱いて川へ入り自殺した。

結局川に三人流されたのだ。


後になってわかった話では、その女の子も「水神に捕まった。でも、うちは飾のように美人やから助けてもらった。助けるから、三人殺せと言われた」と言っていたという。

石で殴られ殺されそうになった子もいた。それは駄菓子屋のお婆ちゃんらしい。

この年もやはり三年水死者が出ていなかった。


「しらん、そんな話誰も教えてくれへん」

操は大きなため息をついた。私とおなじように知らなかったのだ。

「も、手遅れやで。二人死んだんや、飾伝説はまた始まった。流されて死ぬのか殺されてから流されるのかわからんけど。ここでもなあ、それくらいわかってるから、絶対川へ行くな、神流へ行くなと厳しく言って

るんやで」


「でも、真弓も尚美も事故で死んだんや」

私は声を張り上げた。

茜が飾になったと吹聴してるくせに、頭のどこかでは否定してる。

「だから余計に恐ろしいと思えへんか? 飾は水神の手下にすぎないんや。三人川に捕るのは水神様や。人間じゃ無いんやで。あんた、水神見たんやろ?」

 車酔いしたみたいに胸の辺りが気持ち悪くなってきた。

本当は見ていないと言えたらどれだけ良いだろう。

見間違いかもしれないと思いたい。でもはっきり見た。

白い乞食はいたのだ。茜と私にだけ見えたのは水神だと信じるしかないのか? 

……違う、茜と私だけじゃない。

また、怖いことに気がついてしまった。

真弓は乞食を見て驚いていた。

そして尚美は乞食の存在をきっぱりと否定はしなかった。

死んだ二人にも、見えていたのだ。ということは……三人目は私だ。

いやだ、死にたくない。操の腕をつかんだ。


 操は怯えてはいなかった。私を振り払ってニヤリと笑った。

「三十年前のが三人殺された、として……その前は飾になった子が殺したのは弟ひとりやろ。殺された弟と、本人と、身投げした母親で三人や。水神は三人そろえばいいんや。誰が殺してもいいし、自分で死んでも関係ない。三人は誰でもいい、飾本人でもいいんや。それなら茜が死んだらいいねん。真弓と尚美と茜で三人、それでおしまいや」

茜が死ねば私は助かるのか。

茜の死を願う気になってしまったが、どうしようもないではないか。


「あんたら、怖いなあ、茜いう子を殺すつもりか?」

お姉さんは、面白がっている。

「うち、警察に捕まるのは嫌やし、真弓と尚美みたいに勝手に死んだら良いのに」

操はあっさり言う。

勝手に死ぬのは私が先かも知れないのに。

それは誰かに殺されるより怖い事だ。勝手に身体が動いて川へ行くかもしれない。また不安が広がって、頭がおかしくなりそうだ。もうこれ以上、死を身近に感じたくない。

操の母親はこの話は、もう喋ったらあかん、ときつく言っていた。あれは正しいのだ。口に出さなければ終わるのではないのか。


私が青ざめている横で、操は話題を変えている。

「うめずかずお、沢山もってはるんや」

本棚に、うめづかずお、つのだじろう、他にも怖そうなタイトルの漫画がぎっしり並んでる。

「読みたかったら、持って帰り。貸してあげるよ。返すのはいつでもいいから」

操は嬉しそうに数冊選んだ。私も怖い漫画は大好きだが、さすがに読む気にはなれなかった。


帰り道、寺の境内に櫓が組まれていた。

そういえば明日は盆踊りだった。

行きたくない、家でじっとしたいと思った。でも操は嬉しそうだ。

昨日は「飾伝説」を怖がってたくせに、三人目は私か茜で自分は関係ない、そう思ってるような晴れ晴れしい顔をしていた。

銭湯で七時に会う約束をさせられて、別れた。

龍神通りは夕方で人が多い。皆が私を二度見する気がした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ