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飾伝説  作者: 仙堂ルリコ
8/22

ナオミがおちた

「不明の女児遺体で発見」真弓の死は、そんな見出しで地方版に載った。

小な記事で写真は無かった。操が切り取ったのを見せてくれたのだ。

川へ行ったのがバレたのは誰か裏切ったからではないと操は言う。

駄菓子屋のお婆ちゃんが、あの朝皆の服が濡れていたと操の母親に喋ったのが発端らしい。

操は母親にどこへ言ったかと追求され、仕方なく川へ行ったと話したという。

少しも悪びれずに言うから、そうか、誰も裏切らなかったんだ、と納得するしかない。


乞食を誰も見ていないと嘘をついた理由も聞いてみた。

「嘘なんかついてない。あたしは一回も見てない。アンタが乞食って言うから、逃げただけや」

と、きっぱり言うのだ。

あれ? 操も乞食を見たんじゃなかったか。尚美にも聞いてみた

「見たような気がしたけど、みんなが、本当はオランかったって言うんやから、おらんかったんや」

と曖昧だ。


「なんで、乞食おったやん、なあ見たやろ?」

茜に助けを求めた。茜は話に入らず新聞記事に見入っていたが、

「なんか白い人を見たよ。でもアレは乞食じゃなかってん」

と言う。


アレは水神だったとか、言い出しそうだ。

そんな話を操の前でしたらどうなる? 

想像は付かないが得にならない気もして、その場は自分で話題を、変えた。それでも乞食が気になった。


「こじき、おったやん、見たやろ」

譲達にも聞いた。結果、否定された。自分は見てない。誰かが乞食というから居ると思って逃げたと。それが真実なら私と茜だけが乞食を見たという事になってしまう。あり得ない。

「五対二やな、多数決で乞食はいなかったんや」

しつこく聞く私に、譲が言った。咎める口調では無かった。でも乞食についてもう言うまいと諦めた。譲には刃向かえなかった。


乞食の話はタブーになったが真弓の話題は自由だった。

私たち四人は退屈すれば真弓の話をした。

死んだ真弓はどんな顔をしていたのか? つぶれていたと聞いた、と操がいう。尚美が溺死体というのは、どれがけグロテスクか聞きかじった知識で絵に描く。そして、きゃーっ、今真弓の声が聞こえた、と私が叫ぶ。

「真弓に飾様が取り憑いたら、真弓は生き返って、三人殺すかも、」

言うと、操に叱られた。

「飾は村で一番の美人で、あんな太った真弓は水神様に助けてもらえない、」

でも何かの間違いで真弓が生き返ってきたら、こわーい、とまた叫ぶ。


私は真弓の死が本当は恐ろしかった。

恐ろしすぎて、真摯に受け止められなかった。だから、はしゃいだ。皆も同じだと思っていた。それが義務のように真弓の話をして、最後には引きつったように四人で笑った。

茜も笑っていた。真弓が死んでから大きな声で笑うのが目に付いた。真弓の死が大きすぎて茜に抱いた不気味な感じは意識に上る余裕もなかった。操もそんな感じで茜に意地悪な態度もなかった。


真弓の家を時々見に行った。おばちゃんが出てきたら走って逃げた。何の意味も悪意もない。それも新しい遊びでしかなかった。

遊び場所のいたるとことで真弓について質問を受けるのも私たちの興奮を増長させた。

大人も子供も、色々聞いてきた。家はどことか、姉さんは何年生かとか。真弓は村の有名人になった。……それも長くは続かなかったが。


やがて真弓の話題にも飽きて、前より一層やりきれない退屈が戻ってきた。


一人欠けた分だけ、それぞれに課せられる退屈への責任が重くなった。

お盆休みで、ラジオ体操も珠算教室も休みになった。それでも毎朝茜は私の家に来た。時間は遅くなったが塀にもたれて待っていた。


蒸し暑い朝に公園で遊んでいた。

「昼からどこで集まる?」

尚美が操に聞いた。

前日は一日雨で、午前は私の家、午後は操の家で遊んだ。だらだらと読み飽きた漫画を読むくらいしかする事も無かった。

茜の文化住宅は狭いし面白くない。尚美の家は父親が盆休みで家に居るのでいけない。だから私か操の家しか行き場がなかった。

操は、すぐに決められなかった。

真弓が川で死んだから、もう川へいってもいいんじゃないかと、ふと思った。

どうして今まで気がつかなかったんだろう。川で水死者がでたら、もう捕られない、遊んでいいはずだと。


「ほんまや、おかあちゃんに聞いてみるわ。でも聞いてみてからでないとなあ」

皆、がっかりした。操はしばらく考えた様子で、

「なあ、真弓がひっかかってたとこ、見に行こか」

と、言い出した。川を渡るガス管の橋は赤い橋の手前にあり堤防を走ればすぐ行ける筈だと。

まるで真弓の死体が浮いてるのを見に行くかのように興奮してきた。


「ガスって、怖いんちゃうの?」

尚美のこわい、は面白そうだという意味だった。

村はプロパンでガスが管を通って川を渡ること自体に興味がある。


「実はな、男らが昼から行くらしいで、うちらも行こか。堤防に集合や」

譲達が向かっていると聞いて嬉しかった。

真弓が死んでから男子達はあからさまに私たちを避けていた。村の中で会っても一緒に遊ぼうと誘ってくれなかったのだ。

操は何故か、着替えて来た。

初めて見るピンクのホットパンツだった。

尚美は朝と同じ服だが、髪を束ねているゴム留めが変わっていた。可愛いサクランボの飾りが付いていた。男子を意識しておしゃれしてるのかと、驚いた。私と茜にそんな変化はない。


私たちは赤い橋が見える方へ自転車をこぎ出した。

橋の上をバスが行くのが見えた。堤防の右に田んぼと工場が見えた。その先は村の外で知らない場所だ。初めて見る、異様な風景にあれは、なんや、と思わず叫んだ。

色とりどり三角屋根が並んでる、白いお城のような屋根もある。


「あほか、ラブホテルや、潤はそれもしらんのか」

尚美と操に笑われた。ラブホテルってなんや、と後ろの茜に聞いた。

「男と女がな、いやらしいことしに行くとこや」

茜に聞いて、汚いモノを見てしまったような気がした。同じ嫌悪感は茜の声にも含まれていた。


「あ、おったやん」

赤い橋の近くで、先頭を走っていた操が譲達の姿を見つけた。

自転車を堤防に倒して置いて、土手の上の方に固まって座っていた。

黄緑色のガス管橋も見えた。電信柱くらいの太さだった。赤い橋より低い位置にあり、橋桁が数本ある。

「もう、来たんか」

譲が操に声をかけた。

川の水位は高く河原は無い。

急勾配の短い雑草の茂った下の川は濁って底が見えない。川幅も狭い。同じ川なのに見慣れた川と雰囲気が違ってた。

「そこに真弓がひっかかってたんかなあ」

尚美が土手を降りていってガス管と同じ黄緑の金属でできた細い橋桁を指さした。

私たちも尻をついてずるずる土手を降り、水際にしゃがんだ。

「そうやろうな」

私は大げさに相づちを打った。

皆黙っている。

黒い川を流れる真弓の死体を想像してぞくっとなった。でもそれで、お楽しみは終わり。すぐに退屈が戻ってきた。

「おい、あぶないで」

進の声にふりむくと、譲がガス管橋の上を歩いていた。

「こんな太いのに、落ちえへん」

とは言っていたが、進むにつれ歩幅は小さくなり、土手の斜面から背の高さくらい離れたところで、「あかん、バックでけへん」と、私たちが座っている反対側へ飛び降りた。

ふざけて川へ落ちそうになるリアクションに皆が笑った。次に進、聖と面白そうに同じ事をした。


そのあと、意外なことに茜が、男子に続いた。見ていてどきどきした。

茜は、身が軽いからか男子達よりずっと早く歩いたし、ふわっと飛び降りた。

「すごーい」と私と尚美が褒める。男子も、拍手している。

「あんなん、かんたんや」

操だけが賛同しない。

茜はウフと笑い、「やってみせてえや」と言った。できないやろ、という口ぶりだった。

誇り高い操が尻込みするはずは無かった。私は操が落ちないでと祈った。

茜のように軽々とはいかなかったが、操はみごとに上を歩き、下が川になるすれすれで土手に飛び降りた。


「ほら、かんたんや」

そして、覚悟はしていたが、次に私にやれいう。

私がやったから、アンタもやりと。

怖い。でも嫌と言えなかった。今日逃げ切れても明日の遊びに持ち越されるだけだ。

鉄管の上を操り人形みたいにぎくしゃく、ゆっくりいった。

段々地面から離れていくのがこわい。操が大笑いしてる。サンダルから足がずれて、何度も落ちそうになった。一歩ずつ数を数えて十歩行った。

「まだ、あかん、もうちょっとや」

情け容赦ない操の声。

「もう、無理や」

飛び降りるのは怖かった。斜め前へ飛べば、川に落ちてしまいそうだ。だから横に飛び降りなければいけない。何も無い空間に横に足を踏み出すのは結構こわい。

目をつぶり、かみさま、と叫んで右足で空を踏み、土手へ落ちた。

ずるりと足が滑って尻餅をつき、そのまま川の中へ滑り落ちそうな気がして手足をばたつかせた。

「あおむけになった亀みたいやなあ」

操が笑いながらも手を握って助け起こしてくれた。

怖かった。だからこそ、無事に終わった喜びは大きい。もう二度としなくていい、私は一回やったと言える。

次は尚美だ。やり終えた私は尚美に登れといった。尚美は嫌がった。

「つっかけ履いてるから、ずるっとなる、」

と言う。

私は尚美に裸足になるよう言った。

茜や操が私より楽々歩けたのは、運動神経の差と、二人は運度靴(甲がゴムでつま先にに絵柄があった)履いてるから、と思ったのだ。

私と同じようなビニールのつっかけでは危ない。純粋に親切心からのアドバイスだった。

尚美は「でもな」と渋っていたが、ふと観念したかのようにつっかけを脱いだ。


 その後、私に両手を、手のひらを上に向けて差し出した。

……尚美の手は汗でべったり濡れていた。気味悪くて触れず、髪に触れた。耳上で、二つ、サクランボ飾りのついたゴムで束ねてあるのを引っ張って、「ふぁいと」と言った。

尚美は、裸足で両手を水平に挙げてバランスをとりながら一歩ずつ慎重にガス管橋の上を歩いた。

「ゆっくりしてたら落ちるよ」

茜が声をかけた。

「もう、いいやろ」

十歩も行かぬうちに根をあげた。身体が左右にぐらぐら揺れている。

「あと三歩や」

私も情容赦なかった。


尚美は半泣きの顔でゆっくり足を踏み出した。あと二歩ところで尚美は、急いだ。

「パンツまるみえや、なんか汚れてるで」

操が面白そうに言い、下から指さしたのだ。

尚美の慌てて踏み出した足は内側に滑った。

足を踏み外しても、飛び降りるのと同じだと思っていた。草の上に尻餅をつくだけと。

けど、そうはならなかった。

尚美の身体は傾いて、背中か尻がガス管に当たり、一瞬背面跳びのような格好になって、頭から落ちた。私たちの側に落ちた。

うわっと、寸前に避けた。足が操の手に当たった。足の裏が汗で濡れて光っていた。

「痛いやんか」

操は怒ったが、尚美は答えない。草に顔をつっこみ俯せに横たわったまま起き上がらない。


「寝たぶりしなやパンツ丸出しやで」

「死んだふりしなや」

くすぐっても動かない。

操と茜と私の三人で尚美を仰向けにした。

薄目を開けている。指がぴくぴく動いている。気味が悪くてすぐに俯せに戻した。


「救急車や、家帰って電話しよう」

操と譲が同時に言った。

皆は急いで土手を駆け上がり自転車に乗った

見上げた空が暗く、禍々しかった。

堤防を走っている途中で稲妻が光り、雨が降り出した。だらだら行ったが短く感じた路が、こんなに急いでいるのに、とても遠く感じた。

尚美のことは操がちゃんとしてくれる。考えるのを放棄して、茜を下ろし、ずぶ濡れで急いで家へ帰った。


 ……夜遅くに、操の父から、尚美の死を知らせる電話があった。

 電話を受けたのは父だった。

 驚きすぎたのかカカカと笑った。不適切な応対は酒のせいだと思った。

「こんどは工場の子が死んだんやて」

 父から聞いた瞬間、真弓の死を知った時には感じなかった、腰から両肩へ包丁できられたような冷たい、痛みが走った。

 操は家に帰ると母親に事の顛末を話し、母親は警察と消防に電話をかけた。救急隊は土手で顔を川に浸けて死んでいる真弓を発見した。

 解剖の結果をみないとはっきりとは言えないが、落ちたショックで気絶したところ雨で川の水位が上がり、顔が水に浸かってしまったのだろうという。


「なんでや、なんでまた、死んだんや」

 父は私に、聞いてきた。

 なんで、尚美も死んだのか、こっちの方が問いたいのに。

 翌日は、頭が痛くて殆ど寝て過ごした。茜が来たのかどうかも知らない。昨日ばたばた帰ったから、今日の集合場所を決めなかった。

 尚美と、真弓のことばかり浮かんでくる。

 明日は尚美の葬式へ行くのかと考えてみる。明後日から昨日までと同じ夏休みになるのだろうか。真弓が死んだ後と同じように、茜と操と私の三人で尚美の話をするのだろうか。

 想像すると気分が暗くなった。


 もう操と茜しかいない。操は幼いときから一緒に遊んでいるのに気を遣う。だからといって気を遣わない茜がいいとは思わない。茜はどこか気持ち悪い雰囲気があった。 

 先を案じているうちに、ふと、こっくりサンを思い出した。

 あの時、飾を呼んだと騒いだが、私以外の三人のうち誰かが指を動かしたんだと思っていた。

 でも茜も尚美も真弓も飾伝説を知らなかった。

 こっくりサンをやった次の日に乞食を見にいった。そして茜が乞食に捕まったと思い、何だか顔が変で怖かった。飾が取り憑いたのかも知れないと……。

真弓の死が大きすぎて、すっかり忘れていた。茜が昨日どんな顔をしていたかも、注意して見ていないじゃないか。

 こっくりサンで、本当に、飾を呼び出してしまったのだとしたら?

 三年川で死んでない。

 茜は白い乞食に捕まった。

 そして真弓と尚美が揃って川で死んだ。

 こ、これは、「飾伝説」ではないのか?

 私は頭が混乱していた。当たり前に嘆き悲しむ力も無い不安定な心は、「飾伝説」に引きつけられてしまった。

 あの白い乞食は水神様だったのか?

 三年捧げ物がないから堪忍袋の緒が切れて、茜に三人まとめてよこせと託されたのだ、私たちを川へ誘ったのは茜だ……。

 

 母に訴えた。

「飾や、茜に飾が、取り憑いたんや、」

 真弓と尚美の死は、茜のせいだ、「飾伝説」だと口に出せば、二人の死も物語のように現実から切り離される気がしたのだ。

 伝説はただの物語で二人の死は偶然と諭されると予測してはいたが。

でも、違った。

 母は「飾やて」と、父に報告し、私は父に呼ばれた。

 父は見た事も無い怖い目で口だけ笑って、「話、してみ」という。

 怖々母にした話を繰り返し喋った。二度喋って、交えた憶測が事実と思えてきた。

 父は「よお、わかった」とだけ言った。

  


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