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飾伝説  作者: 仙堂ルリコ
7/22

学校で

教頭先生の横に、操の母親が座ってる。PTA会長だからいるのだ。

 珠算教室でも身ぎれいにしていたが、今日は髪をアップにして薄紫のレースのスーツでテレビに出てる人のようだと、驚いた。

 知らない背広を着た男の人が二人、立っている。刑事だった。


「この子が、乞食見た子やな」

 大柄ではげ上がった刑事に肩を掴まれた。

「真弓ちゃんは、川でしゃがみ込んでじっとしてた。あんたが、乞食がおる、って言うから怖くて逃げた、って友達言ってるけど、どうや?」

 質問に、頭が混乱して何と答えるべきかわからない。

 助けて欲しくて、操の顔を見た。私と目を合わせてくれない。

「事故やけどな、真弓ちゃん死んでしまったんやで、正直に言いなさい」

 担任が怖い顔で私の頭を叩く。

 指切りしたのに、誰が最初に裏切ったのか。

 秘密は破られたにしても、この状況は何故? 乞食の件は私が一人で被れというのか。

 私は泣いた。泣けば責められないと考えた。

「間違いないねんな、あんたが、乞食が来た、って言うたんやな」

 それは事実だ。だから泣きながら頷いた。そのうち咳き込んできて、次の質問に答えられない。

 刑事と先生の聴取は私を省いていく。


「乞食の話聞いて、見に行きました。小屋に石投げました。僕は見てないけど、誰かが、こじき、っていうから逃げました。昨日、小屋は無かったです」

 滑舌良く喋っているのは護。


「真弓ちゃんが、岩の方に行った時に、誰かが、こじき、って叫ぶから、怖くて逃げてしまいました。真弓ちゃんが死んでしまって悲しいです。その前も乞食見てません」

 操は言って嘘泣きしてる。


「僕は、こじき見てません。怖いから、見ないようにしました。一回も見てません。小屋はありました。鍋もありました。それは一昨日です。昨日はありませんでした」

 刑事に聞かれる前に進は教頭先生に喋った。尚美はずっと泣いている、泣きながらも、

「こじき、見ていません、真弓ちゃん、可哀想」

 繰り返している。聖は、

「こじきは居ません」

 はっきり上手に喋ったのは、譲が練習させたんだろう。


「ええか、河原を捜索したけど、乞食なんか、おらんのや。あんたら見たという小屋と鍋やけど、それも無かった」

 はげの刑事が皆に、言った。

 反論したかったが、操、譲、進の横目が、私に集中してる。「黙れ」と言ってる。

 大人たちは集まってぼそぼそ話した後、担任が、すぐに家に帰れと言った。操の母親が、「今日はそろばんに来たらあかんよ。家に居なさい。明日は真弓ちゃんのお葬式に五年全員出席になります。ラジオ体操はありません。そろばんはあります」と、最後に廊下で、二回繰り返した。

 操と尚美はもう泣いていなかった。

 操は母親と残るのかと思っていたら、一緒に自転車置き場まで来た。

「明日、集会場で葬式っておかあちゃん言うてたわ。終わったら、あんたも、そろばん、来いや、」

 そっけなく言って、尚美と一緒にさっさと行ってしまった。


 私は真弓が死んだというのに、我が身を案じていた。

 乞食に関して、皆、見ていないと大人に言った。つまり、私一人が目撃者なわけだ。それが自分にとって良い筈がないことは分かった。

 不安で、日向に居るのに、ちっとも暑くない。身体の芯までひんやりしている。刑事は、乞食は居なかったと言うが、存在しなかったとは言い切れないじゃないか。だって、居たのだ。小屋も鍋も皆が見ている……でも、誰も、反論してくれなかった。


「帰ろうや」

 茜がいきなり、現れた。自転車の荷台にまたがろうとしている。今までどこにいたのか。

「なんで逃げたんや?」

「まだ夏休みやろ。この学校の生徒ちゃうからな。なあ、家に上がらして」

 目をしょぼしょぼさせてる。眩しいほどの日差しの下で見る茜の顔はやっぱり、なんか気味が悪い。目の下が黒ずんでるからだろうか? もしかして病気なのか?

 乞食をみていない、と皆に言われ、友達を一度に無くした気分だったので、茜でも独りぼっちよりは、ましだった。

 自転車をこぎながら、なんで皆が揃って嘘をついたのか、そればかりを考えた。そして、思い出した。最初に川に乞食がいると言ったのは、茜だった。

「乞食が川におるって言うたやろ」

 皆が乞食を見てないと言ったと半分泣きながら訴えた。


「乞食やと思ったけど違うかもわからん。潤ちゃんとアタシしか見てないやったら、乞食と違うかったんかなあ」

 素晴らしい発見をしたように喜んでる。

 乞食じゃなかったら何? 

 ま、まさか、あれが水神とか? 

 一層混乱して、力を入れてこいだから早く家に着いてしまった。そして、学校からの連絡に母親が怒っているに違いないと気づいた。茜に、一緒に家に入って欲しいと頼んだ。

 母はそう怒ってはいなかった。

 帰るなり、はたきでパタパタ叩かれたが全然痛くはない。

「川へ行ってたらしいな。よくも、嘘ついたな、あほんだら。おとうちゃんには黙っといたる」

 これで終わりだった。

 父に知れるのを母自身が面倒がってると思った。

 ところが、秘密にするのは私の父にだけではなかった。私たちが川に行ったことも、乞食を見たことも喋ってはいけないと、教頭先生に電話で言われたという。


「真弓ちゃんは一人で川へ行って流されたんや。誰に聞かれても、そう言うんやで。これはアンタらの為やで」

 今更事実を隠すのが何故私たちの為なのか……そうか、一緒に居たとわかれば真弓の両親に責められるのだ。

 母親の怖い顔と、父親の暗い顔が頭に浮かんだ。


 葬式会場は児童公園の隣にある集会所だった。

 村の葬式は家であげるのが普通で、集会場での葬式に行くのは初めてだ。真弓の家は狭いので家で出来なかったと思った。

 五年の児童と親で長い行列ができた。葬式なのに学校の友達は色とりどりの普通の服で着ていた。焼香の順番を待つ間ぺちゃくちゃ喋っていた。私と操は白い半袖のブラウスに紺のプリーツスカート、譲達三人も白いシャツと黒いズボンの葬式の服で着ていたし、他の子達のように焼香に戸惑いはしなかった。

 単に葬式慣れしていただけだが、些細な優越感を感じた。

 真弓の両親は参列者の誰に対しても目を伏せてお辞儀をしていた。ちっとも怖くなくてほっとした。

 真弓の顔は見ていない。親族だけで最後のお別れが行われたのだ。

 他人に顔を見せないのは私の家の「徴」のように、お岩さんより怖い顔だから、そう解釈した。

 それなら一層見たいと思った。

 「徴」の顔は見たくなかったのに真弓の顔は見たかった。残念な思いでいたが、すぐに霊柩車に気をとられた。近くで見るのは初めてだった。親指を隠して握り、なんて綺麗なんだろうと眺めた。

 真弓は村の焼き場でなく、遠い火葬場に行った。



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