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飾伝説  作者: 仙堂ルリコ
22/22

そして帰郷

久しぶりに見た写真の、何が怖かったのかわかった。

操だった。


両腕はテーブルの上にあり、右の肘が赤ん坊の顔を隠している。左の肘は私を縮こまらせている。

一人だけ背筋を伸ばしで前に出てるから浮き出て見える。

……まるで操一人の為の写真のようだ。

道具の立派な長い顔は大きな目を見開いてる。黒目が全部見えている。

……怖い顔だ。異形の茜なんかよりずっと異様だ。


操は私たちのリーダーだった。

それは操が、ずば抜けて頭が良くスポーツもできて、美人だからと思っていた。でも本当はもっと単純な理由、とても怖かったんじゃないか。

幼いときから対等でないのが当たり前になっていた。操の性質に目を向けたことは一度もなかった。

自分とは違う優秀な血筋だと刷り込まれていた。

操の顔は村で一番綺麗なんだと私は信じていた。

本人だって、思っていたのではないか。


不意にぼろぼろ涙が溢れ出てきた。

尚美と真弓の為に初めて流した涙だった。たった十一才で死んでしまった少女なのだと、どうして今まで当たり前の哀れみが持てなかったかと情けない。


人殺しの茜も、妄想につかまり『飾伝説』に飲み込まれたのが異形の身体のせいなら哀れだ。

写真を撮った時には真弓も尚美も残された時間が少ないなんて思いも寄らなかっただろう。

この時は生きていた。少し運命が違えば死なずに済んだ。

私に止められたかも知れないのだ。

罪悪感がまた新たな涙を誘う。


今更どうしようもないのに……どうしようもないが、操に確かめるべきでは無いか。

「知ってるで、あんたのせいで、真弓と尚美は死んだや」そう言いたい。


「なあ聖、私を村に連れて行って」

ここで死ぬのはやっぱり嫌だ。村で死にたいと訴えた。

操に会いたいという本心は隠して。

聖はちょっと驚いた顔をして「ほんまに?」と言ったきり黙った。

私は長い間聖の横顔を見つめていた。

半分白髪でも髪の量は多くシルエットは子供の時から変わってない。

高い鼻と薄い唇、形の良い細い顎。私の父にどこか似ていた。それに茜にも似ている気がした。


夜のニュース番組で今度は少学校を映している。校長の記者会見だ。水田校長……操だった。

グレーのスーツに水色のブラウス、アップにまとめた髪は量が多く艶のある漆黒。目立った皺の無い顔は五十代には見えない。


「操やな、えらい綺麗やな」

同世代の女優にもひけを取らない洗練された美しさが作り込まれている。テレビにこれだけ映れば一時的であれ有名人だ。この美しさは日本中に知れ渡りネット上で永遠に残るかも知れない。


「もう消すで。わざわざ操の顔みたないわ」

聖はうっとうしそうにテレビを消した。

操が校長と驚いていなかった。

もしかして、出張は嘘で、村に住んでいて私に合うためにだけ時々東京に来ているのではないか。

そんな疑いが頭をかすめる。


『徴』を屋根裏部屋に隠したように、私をこのマンションに隠すのが村の意思で、聖の役目だとしたら? 十分あり得るじゃないか。

私を連れて帰れば掟破りになるのだろうか。

ずっと大切にしてくれた聖を困らせたくないが、いっそ聖の口からきっぱり事情を聞きたい。


「やっぱり生まれ故郷がいいんか」

聖の丸い大きな目は瞬きもせずに私を見ている。でも目が合わない。

初めて見るモノのように私の小さな身体を凝視している。

それが身体の寸法を測られてるように感じる。……茜のように鍋で茹でられてから川へ流されるのか?


「ちょっと早いけど潤が帰りたいならいいか。潤と駄菓子屋やるのは俺が定年なってからと思ってたけどな。一緒に村へ帰ろうか」

 また聖は私を驚かせた。

「へっ? それ、どういうことや。何で駄菓子屋?」

聖はにやにや笑いながら携帯電話を触りだして、「おっちゃん、今、潤と、おるんや」と、私の父と話し始めたではないか。

父の声は大きくて私にも聞こえた。

ヒコーキか、新幹線かと。

聖は体調が悪いから横になれる車で迎えに来て欲しいと、言っている。

久しぶりに父の声を聞いて思い出した。

村を出るとき、お前は聖とでも一緒になって駄菓子屋を継ぐとか言っていた。冗談にしても何て訳の分からないことをと呆れた。

あれは冗談ではなかった。村が決めた、私の行く末だった。


結局私は、村から逃げたつもりだったのに、しっかり村の中に組み込まれていたのだ。


聖は「おっちゃんも、迎えに来たそうやたけど、もう年やし家で待っとくように言うたで」と言いながら、私から写真を取り上げ、半分に破り、また半分に破り、

「駄菓子屋は新装開店や。リニューアルするんや。村に帰ったら潤は元気になる。そんな気がする」

と微笑えむ。

「リニューアルか、ええなあ」

私も微笑みを返す。


作り笑顔ではない。

駄菓子屋で店番をする自分を想像して、色々面白いとわかったのだ。

操に毎日でも会えるではないか。


私は四十年前の話をクドクド喋る。

真弓と尚美を何度でも思い出して貰うのだ。


そうだ、お菓子を買いに来る子供達にも聞かせよう。


少々脚色して、飾伝説に惑わされた少女の物語を。

命果てるまで……。


私の一生を語り続けよう。



いつか「飾伝説」を凌ぐ伝説になるかもしれない。

      

                         了

                   

           

最後まで読んでいただきありがとうございました。

          仙堂ルリコ

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