焙り出てきたコト
茜は、桜本の友達を河原に誘い、包丁でまずは一番小さい一年生の男の子の喉を切り、パニックになった同級生二人を次々に刺したという。
水神との約束を守った、と誇らしげに母親に報告した。母親はすぐさま村の役の家に走った。
村の役は村長らと相談し、死因がわからぬよう細工してから子供達の遺骸を川へ流した。
隠蔽したのは村の為だ。村中が、茜と親戚関係なのだ。気狂いの人殺しを出すわけにはいかないと結束したのだ。
うまい具合に三人の子供は野犬にかみ殺されたようにごまかせた。
その後、茜は母親と姿を消した。父親は戦死して母一人子一人だった。
親子は村をでてから、神戸の居酒屋で母親が働き生計を立てていた。茜は学校へは行かなかった。狭いアパートで身を隠して居た。普通の身体でない、子供のまま成長しなかったからだ。
母親と茜がいつそれに気づいたかは分からない。村に居る間に既に兆候があったと祖父母は言っていたという。
それが、あの年、昭和四十四年の春に母親が亡くなり茜は一人村に帰ってきた。
村を出たときと同じ子供の姿で帰って来たのだ。
気狂いの人殺しが化け物になって帰ってきた、不吉だと、村の長老達は言ったという。茜の存在も帰還も村にとっては非常に忌まわしい出来事だった。しかも丁度、三年川で死者が出ていない時期に現れた。 ……一層、気味が悪い。
そのうえ茜は三年が水神との約束の期限だ、今年捧げ物ができなかったら村は水没すると言い出した。役に当たっていた私の父に、早く生け贄をと、しつこく訴えた。
何か手を打たないと、また人殺しをしかねない様子だった。
そんな最中に私の家で「徴」が不吉な死に方をした。私までも死にかけた。
父は私を水神への捧げ物にしようとした。それは一人でも川へ流せば茜が黙ると考えたからだ。ところが私は水につけたショックで蘇生した。
切羽詰まっていた父は私が新しい飾になったと茜に嘘を言った。
再び人殺しをしないように、新しい飾がいるから役目は終わってると説得したのだ。
でも茜は父の言葉を疑った。
だから、子供を装って私に近づいた。
茜が子供に交じっているのを知った村の男達は父に茜を早々に川へ流すよう、つまり殺してしまえという。
困った父は、他人に見られてもごまかせるように、乞食に化けて茜を川で殺そうと考えた。
でも茜は一人で川へは来ない。だから乞食に化けて余所者を川へ流すと、茜を騙すことにした。
「あの乞食はおとうちゃんか?」
「ほんまに気がついてなかったんや。うまいこと変装してたけど、潤のおっちゃんやと俺は最初から思ってたで。でも潤が『乞食』というから、不思議やったんや。皆も初めは気がついてなかった。けど僕が言うのを信じてくれた。学校に呼ばれて乞食は見ていないと答えてたんは、嘘ちゃうねんで。僕らが見たのは潤のおっちゃんやかなら」
父が乞食だったと、すぐには信じられない。
茜を殺すつもりだったなんてもっと、信じられない。
「茜が殺した後始末は、村の男でやったんや。村中、人殺しの茜と、それを隠蔽した男らと血縁や。何が何でも隠し通さなアカンかってん。それが茜でも誰でも、『飾』になった女を殺すのは役の仕事やしな」
飾を殺すって?
ぴくんと心臓が引きつった。水神なんていない、なら飾も居ないのではないのか?
もう言ってる事が無茶苦茶、馬鹿にするなと泣きわめいて聖を叩いた。
「村で『飾』と言うたら、気狂いで人殺しの女のことでもあるんや。それは茜一人じゃなくて前にもあった。水神に命を助けってもらった、三人殺す、と言って赤ん坊やった弟を川へ流して殺してしまった」
その話も知っている。西先生に聞いた。聖は違う中学に行っていたから知らないだろうが。
「茜も、その前の弟殺した娘も、川の水がキラキラ光るのを見て頭おかしなったらしい。引かれたように川の中へ入っていって戻ってきたら目つきが変わってる。ほんで水神様に助けられたと言い出したんや。二度あることは三度あるというから、また同じことが起こるんやないかと村は恐れてた。そして今度『飾』が出たら、人殺しする前に川へ流そうという話にまでなっていったらしい」
川へ、流すって、つまり殺すんだ。
簡単にいうなんて、人身御供の時代と変わらないではないか。
「そうやで。『徴』は隠して育てる決まりやったやろ。それと同じや。やるのは役の仕事や。茜を川に流すのも潤のおっちゃんの仕事やった。しくじったのは、僕らまで一緒に川へ行ったし、太った子が流されてしまったからや」
呆けて感傷も飛んでいってしまった頭の中に、鮮やかに川が見えた。
ふと、大きな鍋で犬を炊いていたのを思い出した。
「おっちゃんは茜を煮てしまうつもりやった。犬で試してたんやろ。茜が殺した子らを煮てから川に流したら肉がバラバラになって死因も死亡時間もわからんかったらしいから」
河原に犬の屍があって丁度良かったらしい。
そうれん行列でみた可愛らしい犬かもしれない。
もう恐怖は感じない。
おぞましさと一度も感じたことの無い怒りがふつふつ生まれてきた。
それが病に冒され力の残っていない身体に熱い何かに変化して流れていくのも感じた。
「讓はな、手柄を立てたくなったんや。潤とこのおっちゃんが太った子が死んだのがショックで腑抜けになったとも親が喋ってたらしい。自分らで茜を川へ流そうと言い出した。ガス管を渡るのを思いついたのは進や。計画では皆で渡ろうと誘って茜を川の中に落として男も落ちてふざけたふりしてな……進と俺は、本当は嫌やった。見た目は子供やのに本当はオバハンやって聞いて茜の顔見るのも怖かった。けど殺すのは、ようせんやん。でも讓には逆らわれへん。結局、工場の子が変な落ち方して意識なくすから、中断したけどな。まさか、あの子も死ぬなんて夢にも思って無かった」
尚美は頭から落ちた。
私たちは笑っていた。
何故頭から落ちた?
慌てて足を滑らせて変な体勢になったんだ。
ガス管の上を歩いた時の風景がまざまざと、蘇って。
失敗した茜殺人計画より、別の疑問が不意に浮かび上がってきた。
なぜ、尚美は慌てた?
あの時、操が尚美を動揺させるような……パンツ丸見え、汚れてる……大きな声で男子にも聞こえる声で叫んだ。
「余所者が二人死んでしまって、結局茜についた嘘が本当になってしまった。さすがにぞっとした。二人続けて死んで騒ぎにもなった。村のおっちゃん連中が茜をどう始末したらいいかと頭抱えてるところに、茜が水神様に呼ばれた、と言ってきたらしい。お前がどうしても欲しくなったと言われたって。な、気狂いやろ」
盆踊りの後に水神が迎えに来ると茜は言ったという。
そして自ら鍋で炊かれ身元不明の水死体になったのだ。
盆踊りの後、茜の名前も出すなと、操に言われた。
茜がどうなるか知っていたのだ。
父が乞食に化けて茜を殺す計画も、操は、知っていたのだろうか。
「盆踊りまでは知らんかったで。操は、潤を監視する役目やったけどな。成長が止まってたやろ。茜と同じ人殺しの血筋かもしれないと疑われてたんやで」
ぞわぞわと鳥肌がたった。
もし私が水神と約束したとか言い出したなら、川へ流されていたかもしれない。
聖は多くの事実を教えてくれた。
どんなに恐ろしい事実でも長年の大きな謎は解けた。
でも、なにかまだ聖も知らない真実が隠れている気がするのは何故だろう。
茜が『飾』で、父が乞食……父は茜を殺そうとしていた。
人殺しなんて、父にできただろうか?
ネズミを殺すのも酒の勢いを借りていた。あの父には無理ではなかったか。
私は茜が乞食と二人だけで堤防に居たのを見ている。乞食に化けた父が茜を殺すチャンスはあった。
父はできなかったのだ。私の知っている父は人殺しなどできない。




