あの夏へ
「操の息子かな」
塾の経営者は顔がわからないように加工されていても、体つきが操にそっくりだった。
「元気に挨拶して、てっきりまっすぐ家に帰ったと思っていました。可愛そうで残念で言葉もありません」
長い沈黙の後、はっきりした声でそれだけ言って、目頭を押さえているらしいリアクションだ。
一瞬、背後に居た人物が写った。横顔で鼻から上が見切れているから、画像処理は無い。
男は操の夫だ。譲に似ている。細い鼻筋、薄い唇。でも讓では無い。
譲の兄で医者になっている筈の男だとわかった。操は村の優秀な血筋に相応しい伴侶を得たのか。
「水神様に捕られたんかなあ」
呟いた私を聖が見つめている。
長い間鏡を見ていないので、聖のまなざしに今までと違う煌めきを見て不安になる。
私の顔は様変わりしているのだろうか。
「鏡を見せて」
見ない方がいい、昨日も一昨日も同じ願いを口に出したが聞いてくれなかった。
それが今、黙って手鏡をかざしてくれた。
一月前まで、子供の顔だったのが、そこには青黒い肌、落ちくぼんだ目と深い皺……この顔には見覚えがあった。
「茜や、茜の顔や」
文化住宅の、飾が取り憑いたと疑ったあの子に似てる。気味がわるいと思い始めてからの顔に。
そういえば、聖に茜のことを聞いたことがあっただろうか。
写真の茜を指さして、知ってるな、と聞いた。
聖は即座に「水野茜やったな」と言った。
茜を知らないと父も母も操も譲も進も嘘をついたと訴え、その理由も知っているかと聞いた。
「茜はな、前の飾や」
しばらくの間、意味がわからなかった。
「潤は知らんやろ。僕らが生まれる前にも飾が出たんや。桜本の子供三人死んで川に流れてたんや」
それは知っている。西先生から聞いた事件だ。
しかし、確か父や母と同世代だった……まさか、
「そうや、潤といっしょや。年をとらない身体やったんや、中身は四十過ぎのおばちゃんやったらしいで」
大層驚いて、ショックで息を吸いっぱなしになって、苦しいモノだから反射的に上半身をがばっと起こした。
「それ、いつ、誰に聞いたん?」
聖は座り直すようにして私から、距離をとった。
「さあ、もう昔すぎて忘れたなあ。太った子が川で流された後やったな。讓にきいたんや。謙は親が話してるの聞いたんや。盆踊りの時には、皆も知ってたのは確かや」
えーっつ、とまた私は変な声を出した。
「どういうことなん? 教えて、アタシが知らないこと全部教えて、な、なあ、教えて、」聖の服をつかんで詰め寄った。
「わかった。落ち着いて。頼むから。昔の話や。だから、興奮するなよ」
聖はやっと全て話せるのが嬉しい、と一層私を混乱させる前置きした。
そして茜は昭和十五年に起きた事件の犯人だといった。
三人河原で殺したと言ったのは本当だったのだ。
私が一夏自転車の後ろに乗せていた友達は、子供の身体をしたオバサンで、しかも人殺しだった。




