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飾伝説  作者: 仙堂ルリコ
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村をでて

中学卒業後、高校へ進学せずに村を出た。

大阪市内の先生の知り合いの美容院に住み込みで働き、美容学校に通わせて貰うことになった。

私の選択を両親は全く反対しなかった。予め先生と両親の間で納得ずくだったのだ。


「安上がりでええことや。お前は、ゆくゆくは聖とでもと一緒になって駄菓子屋の婆さんが死んだら、その後釜になるんや。先の心配はいらん。まだ若いんや、何でもしとき」

 父は上機嫌で訳のわからない事を言い、工場の従業員に私と、アルミの衣装箱二つの荷物を美容院へ届けさせた。

村を出る日にはさすがに感傷的になってしまった。

悲劇のヒロイン気取りで親に捨てられ村から追い出されたと心で泣いた。

死んだ真弓と尚美、そして茜と一緒に写っている写真は漫画本に挟んで持って出た。

卒業式に餞別だと言って西先生くれた漫画本だ。

「うめづかずお」の「赤ん坊少女」という本で、赤ん坊の身体のままの不気味で邪悪な少女の物語だ。やっぱり、ただ面白がってるだけじゃないかと、ちょっと驚いたが、有り難く受け取った。


村から大阪市内まではそう遠くない。電車でも車でも二時間の距離だ。短い道中の間に、行き先は地獄ではないかと不安になった。

ところが、美容院のある繁華街に辿り着いた時には、街の煌びやかさに、目を奪われ心が躍った。頭の中はリセットされ、村も過去も消えた。

美容院は奥行きの長い三階建ての建物だった。店内は白壁で椅子は紫、シンプルでおしゃれな雰囲気だ。美容師のユニホームはサテンの白いシャツに紫のアスコットタイで黒い細身のパンツだった。これも格好良く見えた。

二階と三階が経営者一家の住居だった。

ご主人は髪を茶色に染めた背の高いハーフのような顔立ちのひとだった。奥さんはご主人より年上で小柄で平凡な容姿だったが、愛想の良い人で従業員に慕われていた。住み込みは私一人で店の奥にある六畳の和室をあてがわれた。店が開いてる時間には従業員の休憩室として使われていた。テレビがあるのがとても嬉しかった。店長夫婦は、私をチビちゃんと呼んでとても可愛がってくれた。

店は繁盛していて客は途絶えるが無かった。

昼間は裕福そうな身なりの買い物帰りの奥様、夕方からはホステスが毎日セットにきた。そのホステスの色とりどりのドレスや着物を見るだけでも目の保養になった。


家へは帰らなかったし電話もしなかった。

最初は親のほうから心配して連絡してくるのを待っていたからだ。

でも両親から電話も手紙も全くなかった。帰ってこいとも言ってこなかった。そのくせ、年に一度年の暮れに二人揃って店に来た。

運転手付きのクラウンに乗って、父は背広にあつらえたコートをはおり、母は着物を着てきた。

私に小遣いだと数万円くれ、店長に歳暮を渡し、短い時間で帰って行った。

「お父さん社長さんやねんなあ」

店長は不思議そうに言った。

父の名刺は有限会社速水工業代表取締役、となっていた。

裕福な家の娘が何故高校に行かなかったのか不思議だったのだろう。


両親と疎遠になっても困る事は何もなかった。

休みの日には美容師仲間と映画館やゲームセンターに行き、面白く過ごした。

村には一度だけ帰ったが、それは二十歳を過ぎて住民票を村から移す為だった。役場だけに行き家には寄らなかったった。

そのとき、「徴」が妙という名の姉と知った。そして速水は母の姓で父の旧姓が水野であるのも。

ああ、そうかと思った程度で僅かな驚きも感傷も無かった。


人に恵まれ大阪の繁華街は活気に溢れ、時の過ぎ去るのを忘れた。

過去をふり返る暇も無かった。

安定した、幸せな生活が何年も続いた。

勤め始めた頃は幼児だった美容院の子も大きくなった。二人目も産まれた。私は子供達を可愛がったし、懐いてもくれた。病気の時は奥さんと交代で看病した。運動会を見に行った事もあった。上の子が高校受験に合格した日には奥さんと一緒に泣いて喜んだ。

永遠にこのままでいられると錯覚した。




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