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飾伝説  作者: 仙堂ルリコ
13/22

怖いモノの正体

私は西先生のせいで、あの夏に心が捕らわれてしまった。


アルバムを開き、五人映っている写真を眺めた。

尚美の家で撮った写真だ。いつ貰ったのかは覚えていない。

尚美と真弓はこのあとすぐに続けて死んでしまった。

ひょっとして、何か前兆が映り込んではいないかと丹念に見た。

心霊写真なら凄いと、只の好奇心だった。二人の死を思い出しても平気だった。それぞれが招いた事故に過ぎない、「飾伝説」なんてアホらしいと先生が教えてくれたからだ。

いなくなった茜にも何の感情もわかない。茜は文化住宅の子で自分とは別世界だ、中学三年になった私はそういう偏見をしっかり持っていた。大人達の話から、文化住宅や工場の寮では人の出入りが激しいと知り、茜が夏休みだけ村に居たのを異常な事態と思わなかった。

最後に茜を見た盆踊りで、大人達が茜をちやほやしていた。あれも、文化住宅の父親の居ない可愛そうな子だからだ。茜の母親を見た覚えが無いが、それも母子家庭の事情と気にならない。


「この中の二人が死んだって凄いなあ」

何度も写真を見ては呟いた。

「操は凄い美人や思ってた。けど、顔が大きいなあ、西ちゃんと全然違うやん」

これは愉快な発見だった。

操は美人で後の四人は同レベルの容姿と大ざっぱに認識していたが写真は別の結果を見せてくれた。

顔が大きく頭が長い操、色が黒くて目が丸い鼻の低い真弓。目鼻がぼんやりした平べったい顔の尚美、鼻が高くて目も二重だけど口の下に年寄りみたいに皺のある茜……なんや、私が一番可愛いやんか。

忘れていた写真は可愛い自分の証拠にもなった。

アルバムから出し机のクリアーシートの下に挟んだ。

死んだ二人、不細工な操、可愛かった私、一枚の写真は多くの刺激を与えてくれた。毎日眺めた。


……しばらくして、得体の知れないモノに追われているような感覚が出現した。

夏休みに入り卓球部の練習に登校するだけのゆったりした日々が流れ、毎日楽しかった。それなのに一人の時を狙って、嫌な感覚が襲ってきた。

話に聞く金縛りとは違う、もっと切羽詰まった恐怖に不意に囚われてしまうのだ。

怖いモノが近くにいる。ぞくりと感じる気配で身体が縮こまってしまう。

 確かに、何かそこに居るのに、見つからない。私を捕らえかけては隠れてしまう。

尚美と真弓の幽霊だとも考えた。「アタシは何にもしてないで」と声に出したこともあった。

夏休みの間中、市民プールに行っても、街の映画館に行っても、ソレは付いてきた。

 

二学期に入ってすぐ、学校の階段、三階から四階の踊り場で、また、怖い何かが側に来た感覚に襲われた。

背後を、上を、足元を探した。

探してるモノがなにかもわからないのに……。

踊り場の壁には全身が映る細長い鏡が掛けてあった。

私が映ってる。他に誰も、何も映っていない。

でも、何故か怖くて目が離せない。

見慣れた自分の姿がとても怖い。

情けない怯えた表情だが目も鼻も口も変わったところはない。手も足も異常は無い。当たり前に歪み無く、私が映っているだけだ。

「何も、変わったとこ、ないやんか」

怖さを払うように、口に出した。

そのとたん、分かった。

私は、変わっていない。

少しも、変わっていないのだ。

ずっと、同じ身長、同じ顔だ。

いつからか、考えるまでもなかった。毎日見ている五人で撮った四年前の写真と、今でも全く同じだったのだ

「うそや、うそや」

鏡を叩いた。

叫び泣きわめき、体の力が抜け、倒れたのを数人で保健室に運ばれた。

どうしたのかと問う声も遠く、恐ろしくて涙もでず、がたがた震えていた。


放課後の時間になって、父が迎えに来た。背広にネクタイ姿で、運転手付きの車で来た。

「背高いな。百七十あるんやろ。男前でアラン・ドロンみないやん、かっこいいなあ」

と友達に言われ、驚いた。

たしかに家で見る姿と違っていたが、人に褒められる程度と夢にも思わなかった。

私にとって父は毎日酔っ払ってだらしない、ふざけた面白いことしか言わない人で容姿がどうだとか考えもしなかった。


「うち、大きなってないやん、なんでや」

家に帰って母に泣きながら訴えた。

母は優しく背中を摩ってくれた。

「そのうち大きくなるわ」

何でも無い風に言って、台所へ夕食の支度へ逃げた。

父が入れ替わるように側に来た。


「やっと、気がついたんか」

へらへら笑いながら、変なことを言い出した。

「あんな、お前は、ほんまは、一回死んだ子なんや。だから大きくならんのとちゃうか?」

驚いて涙が止まった。

「うちの『徴』が死んだ後や。ソ連風邪が頭にまわってな、」

顔が真っ赤に腫れ上がり、白目をむいて、金魚のようにぱくぱく口で呼吸する状態の後に、ついに呼吸が止まった、死んだと言う。


「嘘や、そんなん嘘や」

言葉とは裏腹に、なにか重大な秘密が語られるのだと身構えた。

父は、私が助かりそうも無いとわかり、あろうことか、川へ流そうとしたという。

私を背負い河原へ行ったと。


「三年の間、捧げ物が無かったやろ、水神様はお怒りやったんや。お怒りになって、『徴』が、あんな死に方して、次にお前を手下にしはったんか? 一回死んだのを生き返らせて三人川に流す約束したんやろ?」

息をしていなかったのに、川に浸けたとたん私は暴れだした。つまり生き返ったという。

そんな事、私は知らない。覚えていない。

「お前はあの日、水神様と契約して、死ぬ運命を助けてもらって三人殺す約束した。本当は死んでる身体やから、おおきならへん。どうや、違うか?」

嘘だ、水神なんていやしない。

存在しないものと約束なんてしていない。


「余所者を川に流したのは、お前ちゃうんか?」

真弓と尚美を殺した? 

違う、あれは事故だ。事故じゃ無ければ……茜だ。そうだ、茜が殺したんだ。

「うちと違う。あの子や、茜や。茜が水神に捕まって飾になったんや」

水神なんていないと言った口から思わず出てしまった。

まるで、あの夏に引き戻されたみたいではないか。


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