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飾伝説  作者: 仙堂ルリコ
11/22

ノストラダムスの年

 茜は、盆踊りの翌朝、私の家にも再開したラジオ体操にも来なかった。

 次の日も、それからも、来なかった。

 もう操しか話す相手も無く、「茜が今日もおらん」と言ってしまった。

 操は「ええやんか」と優しい顔でいい、必ず「あたしは潤と二人でいいで」と付け足した。同じやりとりを何回かした。操は、しつこいと怒らない。それが私を黙らせてしまった。

 

 夏休みの最後の一週間は二人だけで、殆ど操の部屋で過ごした。

 公園には行かなかった。川へも行かなかった。私たちはもう遊びを考えなかったのだ。

 操の部屋は居心地が良いし、漫画を自由に読ませてもらった。真弓と尚美が買っていたリボンとマーガレットは自分が親に買って貰うと操は言った。


 二学期の始業式は黙祷で始まった。

 校長先生が、真弓と尚美の分まで生きるように、と話した。高学年の列で啜り泣きの時間があり、いつもより長い時間校庭に立たされた。

 茜は転入しては来なかった。


 始業式のあと、一人で茜の家に行った。

 ドアを叩いても反応が無い。それでもすぐに立ち去れなかった。

 夏休みの間、茜はずっと側にいた。毎朝家の前に居て自転車の荷台に横座りして、か細い身体をすりつけた。

 廊下から堤防を眺めた。

 真弓が流され、尚美も死んだ川。真弓が半泣きの顔で川の中でしゃがんでいた姿が鮮明に蘇る。そして、尚美が最後に私に向かって伸ばした汗ばんだ手の感触も。

 あっけなく、続けて友達二人死んでしまった。そして茜も消えた。これは、とても普通の出来事と思えなかった。

 飾伝説と、今は誰も口にしない。

 死んだ二人、茜が最初から存在しなかったかのように、誰もが話題にもしない。


 明くる日、川下で死体が上がった。

 茜だと思った。胸がどきどきした。茜はやっぱり飾に取り憑かれ三人目になったのだと。

 でも、違っていた。

 身元不明の二十代から四十代の女性、と新聞に載っていた。


「あんな、もう川へ行ってもいいで」

 隣のお婆ちゃんはヒミツを打ち明けるように言った。

 三人亡くなって、水神様への捧げ物が行き届いた。長い間の禁忌が解かれたと。

 その日から村の子供が川へ行ったかどうか知らない。私は行きたくなかったし、操も誘わなかった。

 一学期は四人グループ、夏休みには茜が居て五人グループだったのが、操と二人だけになってしまった。でも、学校が始まったので一緒に過ごす時間は短くなり、珠算学校では男子三人と一緒に居た。操は前より優しくなった。

 ずっと家に居て朝から酒を飲んでいた父が、その頃から、ネクタイを締めて朝出かけるようになった。村の工場の責任者になったのだ。母が嬉しそうにそう言っていた。


 翌年は、世間の話題は万博一色だった。

 生きてる間に二度と無いと、父は何度も言い、夏休みに二回連れて行って貰った。タイムマシンに乗って未来にいったくらいの衝撃だった。

 長い夏休みの話題も万博が満たしてくれた。

 一年前の不幸を誰も語りはしなかった。

 操とは相変わらず、ずっと一緒にいた。でも男子も一緒だったり、自転車で桜本まで遊びに行くことも増え閉塞感は無かった。

 隣のおばあちゃんは飾伝説を聞かせる前に、年明け早々に亡くなった。


 やがて中学生になると、私の環境は一変した。

 中学は桜本にあり、遠い道のりを自転車で行った。

 二つの小学校が合わさって、村の子はごく小数派になった。

 私と操はクラスも別れ、違うクラブに入った。私は卓球部で操はバレー部だ。

操は中学でも優秀で目立ったが、男子にモテるアイドル的存在では無かった。学校で一番、その名が知れ渡っていたのは西ちゃんだ。西ちゃんは大坂の児童劇団に入っていて、関西限定のテレビドラマに何回か出ていた。入学式で話しかけたが、怖いモノを見るように避けられた。嫌がられる理由はわからなかった。


 操とは段々疎遠になっていった。

 中学に入って半年くらいは習慣で家を行き来したが、私の方が嫌になった。

 時々偉そうに言われるのが鼻についてきたのだ。

「ガリガリやな、まだ女になってないらしいやんか」

 生理が始まっていないのをからかったりするのだ。

「西ちゃんだって細いやん、」

 言い返すと、操は凄く不機嫌になる。それも面倒で、徐々に避けていった。

 同じ卓球部の友達と遊ぶ方が、ずっと楽しかった。休日はバスに乗って映画館に行ったりした。ボーリング場にも行った。

 私の世界は広がり、操の方も新しい友達と行動をともにするようになり、お互い村に居る時間が減った。だから夏が来ても川で水遊びしようなどとは思いもしなかった。泳ぎたければバスで市民プールに行く方がずっと楽しい。

「今年は、まだ死んでないから川へ行きなや」

 相変わらず村のおばあちゃんは私に言った。

 年寄りの戯言だと思おうとした。しかし村の血が聞き流せない大切な戒めと受け取ってしまう。「もう中学生やで。川なんか行けへんから」口に出すことで川と無関係になっていけた。

 操以上に男子とは疎遠になった。

 謙は野球部でキャッチャーをしていた。体型が横に広がり見た目の雰囲気が変わった。寡黙で何だか近寄りがたかった。

 進は何のクラブなのかも知らない。

 聖はバスに乗って、遠い私立の中学に行った。

 村の友達と離れるのは寂しさより開放感が大きかった。


 家の中も随分良い方へ変わった。毎日家に居た父が仕事に出かけるようになり、収入が増えた。時々母は綺麗な服を着て出かけたし、電気掃除機、クーラー、ステレオと、電化製品が増えていった。庭に風呂も作ってくれた。

 あの夏に死んだ「徴」、二人の友達、消えた転入生を思い出す事も無く日々は過ぎていった。


「飾伝説」に再び囚われたのは中学三年の、やはり夏だ。

 その頃、「ノストラダムスの予言」がテレビやラジオで毎日のように取り上げられ、学校でも一番の話題になっていた。

 地球滅亡の日が予言され、その日はあと一月に迫っていた。

 程度の差はあれ、皆が死の宣告を受けたような胸騒ぎに似た不安を抱いていたと思う。「どうせ、あと何日で死ぬから」と何かを怠る口実に普段の会話でも耳にしたし、私も言った。反対に悪いことの誘い文句には「死ぬ前に、やろうや」と使った。

 巨大流星が落ちてきて人類が全滅する光景は、とうてい想像出来なかった。

 でも夏の太陽が大きく怖く見えたのを覚えている。

 予言された最後の日が近づくにつれ、次第にイベントを待つような高揚感がましてきた。多分、学校生活を脅かすレベルだったのだろう。

 人権教育の教材に「飾伝説」が登場したのは、まさに、その時だった。


 西先生は教科書を閉じて、話を聞くようにと言った。

「皆さんは、人身御供という言葉を聞いたことがありますか?」

 西真奈美先生は学校で一番若い先生でいつもトレーナーとジーパンでかっこいい。

 一度会ったことのある、西ちゃんのお姉さんだった。

 初めは予想しなかった形での再会に驚いた。西先生は特に親しみをくれなかったが担任として優しくしてくれたから不満は無く、大好きだった。

「神様に人間を捧げる、つまり人殺しです。その恐ろしい風習が神流村では明治の初めまで密かに続いていたのです」

「えーっつ」と教室に奇声が上がった。

 一番大きな声を出したのは私だ。

 村で人身御供なんて初めて聞いた。

 クラスで二人、神流村の私と進に視線が集まった。

「選ばれるのは若い娘でした。身を清め、白い着ものを着せて、紐で手足を括って橋の上から川へ放り投げたのです」

 教室は静まりかえり、先生の話に集中している。

 只の人身御供の話なら、こうも引きつけられない。神流村と言ったから面白いのだ。

「川は江戸時代まで何度も氾濫していました。高い堤防を造る技術が無かったんですね。ここ、桜本は川が氾濫するたびに洪水にみまわれ大きな被害を受けました。ところが地形の関係で川に近いはずの神流村は被害を免れたのです。そういった歴史が神流村に水神に守られているという信仰を生んだのか、人身御供の風習があったから水害を免れたと信じたのか、どちらが先かはわかりません。人身御供は褒美と引き替えに貧しい小作人の子が選ばれました。そしてこの風習が『飾伝説』をつくったのです」

 飾伝説……。

 隠している悪事を暴かれるような胸騒ぎがした。



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