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【8】出会い

 母から話があってからひと月後、月影家は小日向家の裏に引っ越した。

 ひと月で家が建つ訳がない。随分前から建築工事は進んでいたのだ。

 母は何事も極力秘して進める人で、大事なことも直前まで言わないことが多い。多くの秘密を守ってきた経験がそうさせるのだろう。

「近所に神社があります。わたくしはもうお参りを済ませました。あなたも行ってらっしゃい。その土地の神様にご挨拶するのは大切なことです」

 母にそう言われ、月子は家から歩いて十分ほどの距離にある神社に来ていた。

 鳥居をくぐり二百段ほどの階段を登ると、こぢんまりとした社があった。

 人影は少なかったが、境内を歩いていると家族連れとすれ違った。場違いなゴスロリ服を着た月子に、興味深げな視線をあからさまに向けてくる。月子は超然として気にもとめない。

 きっちりと作法に則ってお参りをすませ、月子は展望台に向かった。

 展望台といっても、見晴らしの良い場所に柵が設けてあるだけだ。高さもさほどではないが、遠くに海も見えて良い景色だった。昼時なので太陽は中天にあったが、ほどよく風が吹いていて、心地良かった。

 久し振りの安らかな気持ちを、月子は味わっていた。

 毎日修行に明け暮れているので、こんなにゆったりとした時間を過ごせるのは滅多にないのだ。

 明日からは小学校に通って、小日向の娘の守護者とならなくてはならない。しっかりお守りせねばと思うのだが、務めのことを考えると、少し気が沈んだ。

 毎日厳しい修行をして、魔法だけでなく、知力、体力、精神力、さらには行儀作法まで身に付け己を磨いているのは、ひとえにドリスが残した魔法少女をお守りするためだ。

 ひとたび“悪しきココロ”が世に出れば、多くの人が犠牲になるだろう。月影家の役目は重大である。

 封印が安泰であれば、それが一番平穏で良いことだ。何もないに越したことはないとわかっているのだが――“悪しきココロ”が復活しなければ、いったいわたしの人生は何なのだろうと、最近思うのだ。

 わたしの能力は人並みではない。戦闘能力は月影家最強だし、知力体力だって常人を遥かに凌駕している。それも生まれついての才能におんぶしているのではない。並ならぬ努力で身に付けたのだ。

 それなのに、力を発動しなければ平凡でしかない少女に人生を捧げなくてはならないのかと、虚しい気持ちになるのだ。

 ましてや、守護すべき少女が好ましくない性格だったらと思うと、ぞっとする。

 怠惰で捻くれた少女のお守りなど、わたしにはとても務まりそうにない。その時は母の怒りを買ってでも他の者に代わってもらおう。でなければわたしが参ってしまう。

 月子はそんな風に悩んでいた。溜息をつき、胸に手をやる。

 二年前に他界した祖母にもらったコイン形のペンダント、月子はそれをいつも首にさげている。辛いことがあるとコインに指を触れ、優しかった祖母を思い出すのだ。

 いつものように胸に手を伸ばした月子は、ペンダントが無いことに気づき、つけ忘れたのかと首に手を回して――凍りついた。


 チェーンが、切れている――。


 細いチェーンはぷつりと切れて、コインが無くなっていた。

 月子は青くなった。服に挟まっていないかとまさぐってみるが、どこにもない。血の気が引いていく感覚がした。

 祖母はこのペンダントを月子に与え、まもなく他界した。月子にとっては形見である。大切な思い出の品なのだ。

 月子は地面に眼をこらしながら、来た道をたどった。

 一円玉よりも小さい、銀色のコイン。キラキラしていて綺麗なので、誰かが拾ったら持って行ってしまうかもしれない。もしくは、転がってどこかの隙間に挟まってしまったりしたら、とても見つけることはできない。月子はどんどん不安になった。

 階段の手前まで来たが見つからない。いったいどこで落としたのだろうか。

 もしこの階段で見つからなかったら、道路で落としたのかもしれない。そうだとしたら見つけるのはさらに困難になる。

 コインが車に踏みつぶされる様が頭に浮かび、月子は頭を振ってその映像を追い払った。悲しくて、眼に涙がにじんだ。


「落とし物?」


 後ろから声をかけられた。潤んだ眼を指で拭って、月子は振り向いた。

 月子と同い年くらいの女の子が立っていた。月子は背が高く、九歳には見えないのだが。

 少女はミニスカートにTシャツと、軽装だ。地元の子だろうと月子は思った。

「は、はい」

「何落としたの? 大事なもの? 鍵とか?」

 人懐っこい子だった。可愛らしい顔立ちをしていて、人をホッとさせる雰囲気を持っていた。

「ペンダントです。コインのような形をしていて、銀色の、小さなものです」

 ふーん、と女の子は言った。

「じゃあ、一緒に探してあげるよ」

 月子は礼を言って、一緒に探してもらった。

 女の子は近所に住んでいて、この神社にはよく来ると話した。展望台の反対側に高台の住宅地に続く道があって、友人の家に行く近道なのだそうだ。

「ペンダント、大切なものなの? 誰かからのプレゼント?」

「祖母にもらったんです。祖母はそのあとすぐに亡くなって……形見なのです」

「そっか……じゃあ、絶対見つけなくちゃね」

 女の子はきょろきょろと地面に眼を配り、親身になって探してくれた。

 しかし、階段を下までおりてもコインは見つからなかった。月子は落胆した。

「もう、よろしいですわ……。来た道で落としたのかもしれません。あとは自分で探します。ありがとうございました」

「道路で落としたのなら、見つからないと思うよ」

 ぐっと胸が詰まった。コインが踏みつぶされる映像が、また頭に浮かんだ。

「きっと神社で落としたんだよ。もう一回探してみよ?」

 女の子は月子の手を引き、また階段を登りだした。

 月子は女の子の親切を心からありがたく思った。しかし、階段を上りきり、社から展望台を回ってまた階段に戻ってきても、コインは見つからなかった。

 さすがに、月子もあきらめる気になってきた。ペンダントを無くしたことは悲しいが、女の子が親切にしてくれたことで、いくらか心が和らいだ。

「もう、よろしいですわ。あきらめます。一緒に探してくださり、本当にありがとうございました」

 月子は深く頭を下げ、礼を言った。

 顔を上げると、女の子は腕を組み、首をかしげて眼を閉じていた。

「うーん……これだけ探して見つからないのは……よし、ちょっと待ってて」

 女の子は雑木林の中へ入り、一メートルに足りない程度の長さの、細くてまっすぐな枝を二本持って戻ってきた。

 「はい」と言って、一本を月子に手渡す。月子は戸惑った。

「見つからないのはきっと、落っこちたコインの上に落ち葉が降って、隠れてるんだよ。だからこうして……」

 女の子は、足下の落ち葉を棒で払い、ひっくり返した。

 月子は驚いた。神社は境内も階段も落ち葉だらけだ。それを全てひっくり返して回ろうというのか。

「ほら、行くよ」

 落ち葉を棒で払いながら、先に階段をおりていく。月子もそれに倣い、並んで階段を下りた。

 一枚一枚落ち葉をひっくり返しながらなので、なかなか前に進まない。途方もない作業に思えた。

 でも、これで完全にあきらめがつくと、月子は思った。

 祖母には申し訳ないが、こんなに親切な子に出会えただけで、ペンダントの価値はあったのではないかと思った。

 地道な作業を続けながら、二人は階段をおりた。女の子の方が丁寧に葉をひっくり返しているので、だんだん月子が前へ出て行く。

 いつ終わるのだろうと思いながらはじめた作業だったが、どんなこともいつかは終わりが来る。いつしか階段も残り少なくなり、登り口にある鳥居が見えてきた。

 声をかけようと月子が振り返って階段を見上げると――女の子が枝を手にしたまま、地面を見つめ固まっていた。

 女の子はゆっくりと顔を上げ、月子の方を向いた。宇宙人にでも出会ったような顔をしていた。

「……これ?」

 棒で地面を指し示す。月子はハッとして、急いで階段を駆け上がった。

 落ち葉に埋もれて、銀色のコインが輝いていた。月子は膝をつき、コインをすくい上げた。

「ああ……おばあさま……」

 コインを握りしめ、胸に当てる。涙があふれ、幾筋も頬を伝った。

 女の子が、ほう、と安堵の溜息をついた。

 

 

     ☆

 

 

「ふーん、最近引っ越してきたんだ」

 月子と女の子は並んで話しながら帰路についた。月子は名前を名乗り、女の子の名を聞いた。

「あたし、こころ。ひらがなだよ」

 月子は、母の話を思い出した。

 “ココロ”の魔法を使う少女を守りにこの街へやってきて、「こころ」という名の少女に出会う――なんと不思議な偶然であろうか。

 「運命」と「縁」。月子もそれを信ぜずにはいられない気持ちになった。

 女の子は近所のことをいろいろと教えてくれた。公園とか、雑貨店のこととか――それらを月子が実際に利用するかは未知数だが。

 角を曲がり、月子は長く続く塀を指し示した。塀の向こうには近代的なデザインの豪邸が見える。

「あれがわたしの家ですわ」

 こころはコクコクとうなずいた。

「あー、やっぱり、そうじゃないかと思ったんだよね」

 え? と言って、月子がこころの顔を見る。

「ここ、あたしのうち」

 そう言ってこころは、隣に立つごく平均的な二階建て住宅を指し示した。

「えへへ、驚かそうと思って黙ってたんだ。ご近所だね、仲良くしよ」

 こころはにこやかに笑った。月子は眼を丸くしている。

「え……で、では……あっ! あなた、姓は……姓はなんとおっしゃるのですか!?」

「小日向だよ、小日向こころ、よろしくね」

 月子は呆然とした。

 運命だ、縁だという話をして、少女の名が「こころ」だということは隠しておくなんて。母にしてやられたような気がした。

「あーっ! こころ! どこ行ってたの!」

 大きな声がしてそちらを向くと、中年の女性が早足でやってきた。

「あっ、お、お母さん」

 こころがぎょっとする。

「もー、この子は。お昼も食べないでどこほっつき歩いてるのよ! 探したんだからね!」

「ちょ、ちょっと、お母さん……」

 こころは焦って母親を黙らせようとするが、よほど心配していたらしく、怒りは収まらなかった。

「まったく、今日はあんたの誕生日だってのに。お昼にお祝いするって言ったでしょ! あんたの大好きなチキン唐揚げとホタテのフライ、いっぱい作ったのに冷めちゃったわよ」

「わーっ! お、お母さん! 言わないで!」

 月子は衝撃を受けた。無くした本人があきらめかけていた落とし物を、自分の誕生祝いを放って探すのを手伝っていたのか。

「こころさん、誕生日だったのですね……わたし、なんとお詫びを……」

 月子がすまなそうな顔をしているのを見て、こころは苦笑いして頭をかいた。

「い、いいよぉ。ん~、月子ちゃんがすっごい悲しそうだったからさぁ。あたしそういうの見ちゃうと、胸がキュ~ってなって、ほっとけないんだよね」

 胸がじんとした。今まで悩んでいたことが、ひどくばかげたことに思えた。

 月影家の使命など、どうでもいい。わたしは、わたしのためにこの子を――小日向こころをお守りしよう。そう自分に誓った。

「こころ、この子は? お友達?」

 今気づいたように、こころの母は聞いた。ゴスロリファッションを興味深げに眺めている。

「うん、今日友達になったの。お隣の月子ちゃんだよ」

 こころは隣の豪邸を指し示した。

「えっ! あ、あなた、月影さんちのお嬢さん!?」

 隣のセレブとどう近所づきあいしようかと頭を悩ませていたところへ不意打ちされて、こころの母は大げさに驚いた。

「あ、え、えぇと、と、隣の小日向でございます。ど、どうぞよろしく……」

「月影月子と申します。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。こころさんには、わたしの落とし物を探すのを手伝ってもらっていたのです。そのため誕生日のお祝いがあるのに帰りが遅くなってしまって……まことに申し訳ございませんわ」

 深々と頭を下げる。手をワイパーみたいに振るこころの母。

「いえいえいえ! い、いいんですよ! 唐揚げなんて温めればいいんですから!」

 いい大人が九歳の少女相手にしどろもどろだった。

「そうだ、月子ちゃん、うちでご飯とケーキ食べていきなよ」

「ちょ、ちょっと、こころ!」

 突然の申し出にこころの母は焦ったが、まさか目の前で「呼ぶな」とも言えず、おろおろするだけだった。

「よろしいのですか? 誕生日のお祝いなのですから、家族水入らずで……」

「いいよいいよ。大勢の方が楽しいからさ、来て」

「そうですか、それでは、おじゃまさせていただきます」

 月子はまた深々と頭を下げた。断りようがなく、こころの母は頭を抱えた。

 そうして、月子はレンジで温め直したチキン唐揚げとホタテフライという、庶民の食事を食したのだった。

 レンジで温め直した揚げ物はちょっとしんなりしていて、あまり美味しいとは言えなかったが、こころが揚げたてを食べるのを我慢して探し物に付き合ってくれたことを思うと、胸が熱くなるのだった。

 

 

     ☆

 

 

 帰宅した月子は、真っ先に瞳子の部屋へと向かった。

「お母様、わたしがお守りする方は、小日向こころとおっしゃるのですね」

 楽しそうに言う月子に、母は苦笑を返した。

「転校前に名を知るなと言ったのに。お会いしたのですか?」

 はい、と月子は答えた。

「わたしの落とし物を探すのを、長い時間手伝ってくださいました。小日向家にもおじゃましましたわ。ご両親もとても良いお方です」

「そうですか、良い出会いでしたね」

「お母様、わたしも、運命と縁を信じますわ」

 月子は力強く言った。

「わたしは、小日向こころを命をかけてお守りします。月影家の使命だからではなく、わたしのためです」

 晴れやかな顔で月子は宣言した。瞳子は満足そうな顔で娘を眺めた。

「――それでよいのです。しっかりとお守りなさい」

「ありがとうございます。明日からはご一緒に小学校に通って、絶えずおそばに付き添うようにいたしますわ。では、失礼いたします」

 月子は瞳子の部屋を出た。気が高ぶって自然と早足になった。

 月子は地下の修行部屋に向かった。身体を動かさずにはいられない気持ちだった。

「わたしは、強くならなければ……たとえ“悪しきココロ”が復活しても、小日向こころをしっかりとお守りするのです!」

 地下に続くエレベータに乗る。閉じるドアの向こうに、高揚した顔の月子は消えた。


 

 

   つづく


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