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【7】月子の母、瞳子

 

 ――いまから三年と少し前。月影家にて。

 

 月子は広いだけで何もない二十畳の和室で、母の瞳子とうこと差し向かいに正座していた。

 瞳子は着物姿で、ピシリと背を伸ばして座っている。月影家の女当主である彼女は、何もせず座っているだけで人を威圧する雰囲気を持っている。

 母と娘は、よく似ていた。

 月子は九歳。さすがに母親のような気品と貫禄を備えるには若すぎるが、歳を取れば自然とそれらが身につき、生き写しのような母子になるであろうことは容易に想像できた。

 使用人たちは、瞳子を敬愛すると同時に畏怖している。お褒めの言葉をいただけば舞い上がるが、お叱りを受けると失神する者もいる。

 気の弱い使用人などは瞳子と向かい合うだけで過呼吸になるのだが、九歳の月子は平然と母の前に座り、その眼を見つめ返している。凡人とは器が違った。

「お話とは何でございましょうか、お母様」

 月子が静かに問う。

「月子、月影家は、○○区に引っ越します」

 瞳子が琴の音のような声で答えた。月子はわずかに眉をひそめた。

「○○区に? なぜそのような所へ」

「小日向家がそこに家を建てます。月影家もその裏にある土地を買い、引っ越すのです」

 承知しました、と月子は答えた。小日向家の娘が、胸に痣を持つ魔法少女だということは聞いている。その者を守るためであれば、家を移るくらいは当然のことだ。

「これまで深瀬が小日向のお嬢様の守護を務めてきましたが、深瀬もやがて三十になります。保育士になったり用務員になったりしてお嬢様のおそばにいられるよう尽くしてきましたが、やはり年齢差があると何かと不便なのです」

 深瀬というのは、月影家の血を引く魔法使いの一人である。戦闘能力は高いが、ピークはとっくに過ぎていると聞いている。魔法「少女」というくらいだから、その能力は十歳から十五歳ごろにピークを迎えるのだ。

「そこで引っ越しを機会に、お嬢様の守護の務めを深瀬から月子――あなたへ交代します」

 月子は動ぜず、ほんの少し眼を厳しくした。

「あなたの力は少々戦闘系に偏り過ぎなきらいがありますが、その力はすでに一族随一、守護者として申し分ありません。

あなたはお嬢様と同い年です。転校先の小学校では同じ学級になるよう手配してあります。これからあなたはお嬢様と同じ小学校に通い、お守りするのです」

「承知いたしました」

 月子は畳に手を突いて、頭を下げた。母の指示は絶対だ。そして母は、いままで誤った指示を与えたことがない。

「質問はありませんか」

 顔を上げた月子に、瞳子が聞いた。

「……お嬢様の、名前を教えてください」

 知る必要はありません、と瞳子は答えた。

「転校先で小日向姓の子をお探しなさい。会う前から名前を知っていては不審に思われます。できるだけ何も知らずにお会いなさい、その方が自然です」

「承知いたしました」

「他には?」

 月子は微かに迷うような表情を見せたが――「ありません」と答えた。

 瞳子は娘が呑み込んだ言葉を薄々感づいていた。

「わたくしは、運命や縁というものを信じます」

 瞳子が穏やかな声で言った。月子は意外に思った。母が月子を相手に余談を話すなど、珍しいことなのだ。

「ドリスが残した魔法少女が太陽ならば、わたくしたちはその光を受けて輝く月。太陽があってこその、わたくしたちなのです。

それを思えば、月影家がお守りするお嬢様が、『小日向』というまさに陽の光を表す姓に生まれたことは、何という偶然でしょう。

わたくしはこの偶然に運命を感じます。ですから、お嬢様よりひと月あとに生まれたあなたに、月子と名付けたのです。きっと、将来お嬢様をお守りすることになるだろうと思いましたから。

母の願いどおり、あなたは月影家の歴史でもまれなほど強力な守護者に成長しました。太陽の姓を持って生まれた魔法少女に、強力な守護者――わたくしは、時が満ちたのではないかと、そう思えるのです。

あなたたちは二百年を経て、“悪しきココロ”と対することになるやもしれません。この縁を大切になさい。あなたたちの絆が、命運を左右するのです」

 瞳子が話を終えても、月子はじっと母を見つめていた。そうして、母の言葉をしっかりと胸に刻んでから、畳に手を突き、深く頭を垂れた。

「――重々、承知いたしました」

 

 

 

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