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【5】ココロリータの初陣

 

 

 観覧車の間近に、ルナとコロンは降り立った。リボンはシュルシュルとルナの首に巻かれ、また花の形に戻った。

 揃って観覧車を見上げる。足の端から端まで二十メートルはある大蜘蛛が取り付き、強固なフレームが折れ曲がってしまいそうなほどの力で揺さぶっている。

 ゴンドラが振り子のように揺れ、辺りに乗客の悲鳴が漏れていた。

 コロンが胸を押さえる。大蜘蛛も恐ろしいが、乗客の恐怖を思うと胸が苦しくなった。

「くぅっ……胸が、痛いよぉ」

 大蜘蛛が眼下にいる二人に気づいた。異形の人面を振り向け、恐ろしい声で問う。

「ぐぅぅ……何者だ……!」

 コロンが身をすくめてビビっていると、ルナが肘で彼女の腕をつついた。

 コロンは「えっ!? あたし!?」という声を呑み込んで、ものすごく嫌そうな顔をした。

 振り返ると、遠くの方に警察が張り巡らした立ち入り禁止のテープがあり、その向こうに人垣ができていた。カメラが何台もあって、フラッシュがバチバチと瞬いている。

 はぁ……と溜息をつく。気乗りはしないが、やるからにはちゃんとやろう。コロンはそう思って、顔を引き締めて観覧車を見上げた。

 大蜘蛛の血の色をした眼と眼が合って、コロンはたじろいだが、勇気を振り絞ってビシッと大蜘蛛の顔を指差した。

「わ、我らは、ドリスの意志を継ぐもの!」

 びっくりするほど大きな声が出た。これも魔法の力か。

「魔法使い、ココロリータ! こ、怖いけど、戦うっ!!」

 ―― 一瞬間があってから、遠くの人垣でどよめきが起こった。ルナは、若干弱気だがコロンの堂々とした名乗りに感心して、賞賛の拍手を送った。

 

 ぐおぉぉぉ……!

 

 大蜘蛛が地響きのようなうなり声を上げた。

「……ドリス……あの憎き魔法使いの手のものか……許さん、八つ裂きにしてくれる……」

 いましがた立派な名乗りを上げたコロンが、「ひー!」と悲鳴を上げてルナの後ろに隠れた。

「コロン、良い名をいただきました。さて、先ずはあの蜘蛛を観覧車から引きはがさなくては……少し待っていてください」

 ルナが腰の鞘から短剣を抜いた――いや、鞘の長さは短剣ほどだが、剣は鞘よりも遥かに長く――抜いてしまえば、ルナの背丈ほどもある細身の長剣となった。

 風のようにルナが走る。高くジャンプして、大蜘蛛の足めがけ剣を振るう。電柱ほども太い蜘蛛の足を、銀色の輝きが鮮やかに両断した。

 ルナは観覧車のフレームからフレームへと飛び移り、次々と蜘蛛の足を切断した。

 五本目の足を切り落とすと、とうとう蜘蛛は身体を支えていられなくなった。残った足を滑らせ、足を上にして地面に落下する。ずしん、と地響きが響き渡った。

 ルナは観覧車からジャンプし、三回転してコロンの目の前に着地した。なおも油断せず、足をばたつかせる蜘蛛に向かい、剣を正眼に構えている。

「ね、ねえねえ、ルナちゃん」

 コロンはルナの背をツンツンとつついた。

「何ですかコロン、まだ戦闘は終わっていませんよ?」

「あたし、ルナちゃんの足手まといにしかならない気がするんだけど……もうちょっと遠くで見てていい?」

 すごいヘタレ発言だった。

「後で詳しく説明しますが、わたしの魔法は『モノ』への攻撃しかできないのです。あの化け物は蜘蛛の肉体を借りていますが、その正体は“悪しきココロ”です。“ココロ”には“ココロ”による魔法しか効きません。そのためにあなたが必要なのです」

「や、やっぱり何していいのかわかんないよぉ」

 大蜘蛛がごろりと転がって、身を起こした。足が三本しか残っておらず、無様に見えたが――ゆっくりと足が再生し、身体が起き上がっていく。ふてぶてしいしぶとさだった。

「ご覧なさい、わたしの力はこの程度しか効かないのです。……コロンが本来の力を発揮するまで、せめてもう少しダメージを……」

 剣を斜めに振り下ろし、ルナは走り出した。

 

 足はすぐに再生する――頭か胴を――。

 

 正面を避け、弧を描いて走り寄り、剣を振りかぶって側頭部に斬りかかろうとしたそのとき――大蜘蛛が素早く顔を振り向け、口から白い物を吐いた。

「わっ!」

 糸状に細く吐き出されたそれは、ルナの身体に絡みついた。鳥モチのように粘つき、ルナを地面に拘束する。

「くっ! しまった……!」

 右手が動くので剣を突き立ててみるが、切れるどころか剣も絡み取られてしまった。

「ル、ルナちゃん!」

 親友にピンチに、コロンは悲痛な声を上げたが、足が震えて前に進まない。

 大蜘蛛はすでに足がほぼ再生している。無防備なルナを、蜘蛛は容赦なく足で払った。

「ぐあぁっ!」

 粘液ごと地面から剥がされ、ルナは横に吹っ飛んだ。長く宙を飛んで、メリーゴーランドの中に突っ込む。数頭の馬と馬車が、ガラガラと崩れた。

「ル、ルナちゃーん!!」

 コロンは叫び、胸の痛みに耐えきれなくなって、膝を突いた。

「うう……痛い、痛いよぉ……!」

 胸を押さえる指の間から、山吹色の光が漏れる。胸のハート型の痣が、光を放っていた。

「あうぅっ! く、苦しい……!」

 両手をだらんと垂らし、コロンは背を反らした。光はどんどん強さを増す。

 胸の痣が、ぽこっ、と膨らんだ。狭い穴から風船を押し出すように、胸の痣から光り輝く丸い塊が押し出されてくる。

「あっ……あぁ……」

 

 ぽんっ!

 

 林檎ほどの大きさの球体が、胸の痣から飛び出した。それは空中に浮かび、炎のように揺らめく山吹色の光を纏っていた。

「コ……コロン……!」

 メリーゴーランドのがれきの中から、ルナが這い出てきた。コロンの眼前に浮かぶ球体に気づき、眼を見張る。

 コロンがスッと立ち上がった。力まず真っ直ぐに立ち、首を振り向けてルナの方を見た。

 ルナは息を呑んだ。コロンの顔からは、一切の感情――“ココロ”が抜け落ちていた。傷ついたルナを見ても、眉一つ動かそうとしない。

 

 ぐがぁぁぁ……!

 

 大蜘蛛が、完全に復活した足で走り、コロンに迫る。前足二本を同時に繰りだし、攻撃する。

 コロンはわずかな時間差で届いた一撃目を、ほんの少し首を後ろに引いただけで避けた。首を薙ぐはずだった足先が空を切る。

 二撃目。コロンは剣を抜き、一歩も動かずに片手で足を切り落とした。切断された足がゴロゴロと転がっていく。わずかなミスが死につながる戦いの中で、コロンは全くの無表情だった。

「コロン!」

 ルナの呼びかけに、コロンが人形のように首を向けた。いまだ粘液の呪縛から逃れられないルナは、声を嗄らして叫んだ。

「コロン、その"玉"は、あなたの“ココロ”です! “ココロ”を、矢に纏わせてください!」

 コロンは返事もせず、ただ首を傾けて、腰につけた矢筒に眼をやった。

 矢の一本を引き抜く。矢筒はおもちゃのように小さな物だったが、例によって引き抜かれた矢は一メートルを超す長さになった。

「矢に纏わせる……こうか?」

 宙に浮かぶ“ココロ”を、コロンは矢で突き刺した。

 貫かれた“ココロ”は、ジュワッと音を立てて、矢に染みこんだ。“ココロ”を吸い込んだ矢は、メラメラと山吹色の炎を纏った。

 本能で危険を感じ取ったのか、大蜘蛛がコロンに向かって突進する。コロンは焦りもせず、腰の小さな弓を取って矢を番えた。

 弦をギッと引くと、小さかった弓が地面に着きそうなほどの大弓になった。鉄のように固い弓を、コロンは易々と引いた。

「……コロンの“ココロ”をキュ~ってしたな……痛いんだぞ」

 大蜘蛛が目の前に迫る。コロンはその邪悪な面の眉間に狙いを定めた。

寂滅じゃくめつせよ!」

 叫びと共に、矢を放つ。燃える矢は一直線に飛んで、大蜘蛛の眉間に突き刺さった。

 

 ごぉ……! ごおぉぉぉ……!!

 

 大蜘蛛が地を揺るがすようなうなり声を上げる。“ココロ”の炎は瞬く間に広がって蜘蛛を覆いつくし、その身を焼いた。

 やがて、蜘蛛の姿は黒い霧となり、風に散った。蜘蛛の吐いた粘液も、霧となって消えた。

 後には卵の殻よりも薄く軽い、蜘蛛の足と胴体の殻だけが残り、風に揺れてカラカラと音を立てた。

 ルナはようやくがれきの中から這い出て、斜め座りになってへたり込んだ。

 防御機能もあるゴスロリ服が、激しい戦闘でずたぼろだった。致命傷はないが、何カ所か骨にひびくらいは入っているかもしれない。ルナは動くことができなかった。

 苦痛に耐えうなだれていたルナの視界に、ピンク色のブーツが現れた。歯を食いしばって顔を上げると、無表情のコロンが見下ろしていた。

「コロン……お見事でした。あなたは、確かに言い伝えの……痛うっ……!」

 鋭い痛みが走り、ルナは顔をしかめ、肩を押さえた。コロンが、わずかにとまどうような表情を見せた。

「……ルナ」

「くっ……はい、何ですか、コロン」

 コロンは、抑揚のない声で喋った。

「よくわからないのだが、わたしは、普通の状態ではないようだ。“ココロ”を失ったからか? わたしは、元に戻るのか?」

 ルナは、痛みに耐えながら微笑んだ。

「……大丈夫です。あなたは、大きくなりすぎた“ココロ”を、外に吐き出しただけです。すぐに、元に戻ります……」

「そうか……きっと、その方が良いのだろう」

 コロンは、微かに不思議そうな色を見せて、首をかしげた。

「ルナが苦しそうなのを見ていると、少し、胸が痛む。これが、“ココロ”というものか?」

「……コロン……」

 ルナの眼に、ぶわっと涙が浮かんだ。

「そ、そうです……それが、あなたの……」

 言葉の続きを、ルナは言えなかった。涙が次々に溢れてきて、ルナは声を上げて泣いた。

 コロンはしゃがんで、ルナの胸のリボンをほどいた。

「帰ろう、ルナ」

 コロンは、ルナをお姫様抱っこで抱き上げた。リボンがシュルシュルと渦巻きを形作る。

 リボンの円盤に乗り、二人は空の向こうへ消えた。二人の戦いの一部始終を見届けた群衆は、ただ呆然として、二人の消えた空を眺めていた。

 

 

 

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