【4】魔法少女誕生
「ル、ルナちゃん、何言ってるの!? あ、あたしが魔法少女!?」
いよいよ中二病が発症したかと思ったが、ルナは見たことないほど真剣な顔をしていた。
「にわかには信じられないでしょう。順を追って話します」
ルナはひとつ深呼吸をしてから話し始めた。
「あの化け物、あれは、二百年前にイギリスから来た女魔法使いが、罪人の“ココロ”から取り出した“悪しきココロ”です。その魔法使いの名はドリス――月影家はその末裔です」
「ちょ、ちょっと待ってルナちゃん! 頭が追いつかない!」
顔を青くするコロン。
「黙って聞いてください。魔法使いドリスは、二百年前に旅の途中に船が難破して海沿いの村に流れ着きました。村人に助けられ手厚く介抱されたドリスは、この地に永住することを決めました。
村人への恩返しのため、ドリスは魔法を使い、重罪を犯した罪人から“悪しきココロ”を取り出し、善人へと生まれ変わらせる取り組みをはじめました。
その行いは村人から歓迎されましたが、幾年かが過ぎたのち、“悪しきココロ”の封印が解けてしまったのです。
ドリスは強大な力を持った魔法使いだったので、なんとか“悪しきココロ”を再び封じ込めることに成功しました。
しかし、封印はいつか解けるもの。その時にドリスに並ぶ魔法使いがいなければ、“悪しきココロ”を制する術がないと憂慮しました。
ドリスは、村の娘の中から素質ある者を選び出し、“悪しきココロ”に抗する力を与えました。その力は母から子へと受け継がれ、いつか訪れる危機へと備えられるのです。それが、あなたです」
「…………」
全く嘘をついている様子のないマジ顔で、ルナは滔々と秘密を明かした。コロンはルナの話があまりにも唐突すぎて、頭がくらくらしていた。
「コロン、大丈夫ですか? これから“悪しきココロ”と戦うのですよ。しっかりしてください」
「え? え、え? ちょ、ちょっと待ってルナちゃん。あたし魔法なんか使えないし、あ、あの化物と戦うなんて無理だよ! そ、その話が本当だとしたって、あたしじゃなくて、人違いだと思うよ……?」
「何を言うのです! あなたは確かに、ドリスが後世に残した魔法使いなのです!」
ルナはコロンのパーカーの前をガバッと開き、Tシャツを捲りあげた。淡い黄色のブラがあらわになった。
「ひゃあぁ! な、何すんのルナちゃん!」
ぶわっと顔を赤くするコロンに構わず、ルナは人差し指で胸の谷間を指し示した。
「この、胸のハート型の痣! これが“ココロ”を操る魔法使いの証です!」
子供の手のひらほどの大きさの赤い痣。それは、生まれた時からコロンの胸に刻まれているものだった。
「た、確かに、お母さんの家系はこの痣を持って生まれてくる赤ちゃんがときどきいるそうだけど……おばあちゃんにもこの痣があったって聞いてるけど……で、でも、あたしもおばあちゃんも、魔法なんて……」
「封印さえ解けなれければ戦う必要もないので、普通の生活をしてもらっているのです。ハートの痣を持って生まれた新生児は、すべて月影家が把握し、大事にお守りしています」
コロンはハッとした。ルナがコロンを守ろうとする理由が、やっとわかったと思った。
でも、それが全て月影家の使命に従っただけだとわかると、ただの道具になったような気がして、悲しかった。
「そ、そっか……だから、ルナちゃんは、あたしと友達になったんだ……」
うつむいて、泣きそうな表情を浮かべる。
ルナは心外そうな顔をして、コロンの頬に手を当て、上を向かせた。額が触れ合いそうな距離で、真っ直ぐに瞳を見つめる。あまりにも真剣な表情に、コロンはたじろいだ。
「誤解しないでください。確かに月影家には、あなたをお守りする使命があります。
でもわたしは、初めて出会ったそのときから、あなたに命を賭してお守りする価値があると信じたのです。
それは使命とは関係のない、わたしの“ココロ”です。わたしは、小日向こころを愛しています。神に誓って、それは真実です」
気負いも衒いもなく、ルナは言った。その言葉は、コロンの“ココロ”に、すうっ、と染みた。
「ルナちゃん……わかった、ルナちゃんの気持ち、信じるよ。で、でも、あたし、本当に、魔法なんか……」
「あなたの魔法の発動には、鍵があるのです。今からそれを解除します」
ルナはそう言って、前席と後部座席を仕切るカーテンをシャッと閉じた。
「コロン、あなたの身体にはもう一つ、星形の動く痣がありますね?」
コロンは目をぱちくりした。
「へっ? 星形の痣? た、確かに、時々手とか足とかに虫刺されの痕みたいにできることあるけど……アレ動いてたの?」
星形の痣に、コロンは覚えがあった。胸の痣に比べると小さくて、大きさは小豆ほど。赤っぽい色をしている。ぷっくりとふくらんだ星形なので、形は星というより五角形に近い。気がつくと手足などにできていて、いつの間にか消えているのだ。
「そうです。見えなくなっても、目の届かないところへ移動しただけで、消えてしまったわけではありません。魔法の解除にはその痣が必要なので、今からそれを探します」
「えっ? えっ? えっ!? ちょ、ちょっと待って、ルナちゃん!?」
コロンは焦って、にじり寄ってくるルナを手で制した。
「か、身体のどこらへんにあるとか、決まってるの!? その痣って!?」
「決まっていません。身体中どこへでも移動します。もし見えるところになければ」ルナは口の端から垂れたよだれを手の甲で拭った。「服を脱いでもらわなくてはなりません」
「今じゅるっ音したよ!? 何の音!? そ、それで……痣を見つけたら、ど、どうするの……?」
コロンの質問に、ルナはほのかに頬を染めた。
「伝承によると、月影の血を引く者が胸の痣に手を触れながら、星形の痣に口づけすれば、魔法が発動するそうです。誤って魔法が発動することのないように、ドリスがほどこした仕掛けです」
コロンの顔がぶわ~っと赤くなった。頭から湯気が出ている。
「じゃ、じゃあ……星形の痣が変なところにあったら……」
ルナも、いっそう頬を赤く染めた。。
「魔法の解除方法は一つしかないのです。痣がどこにあろうと、関係ありません。コロン、こうしている間にも時間がどんどん無駄になっていきます。早く痣を探さなくては……失礼します」
「わっ! わっ! わっ……ちょ、ちょっと!」
ルナはコロンににじり寄ると肩をつかまえ、至近距離で頭部と首を検分した。
「ち、近いよ、ルナちゃん……!」
ルナは首を傾げてあごの裏を見たり、髪をかき上げて額やうなじに痣を探したりした。なぜか鼻息を荒くしているので、体温を含んだ息が肌にかかり、コロンはオオカミに食べらそうになっているような気がした。
「いつもながらぐいぐい来るな、ルナ様は」
リムジンのハンドルを操りながら後部座席の会話に耳をそばだてていた如月は、しみじみと言った。
「ルナ様の攻めを、恥じらいながら受けるコロン様。安定の百合ですね」
如月と同様黒いスーツに身を包んだ助手席の女が、同じくしみじみと言った。
「おや、三宅も百合をたしなむのか?」
意外そうに如月が聞く。
「たしなむもなにも、大好物ですよ。ルナ様とコロン様には、いつもほっこりさせていただいておりますわ」
「うむ、お二人の仲むつまじい掛け合いは、ラジオのように永遠に聞いていたくなる」
「わたくしもこうしてお声を聞いているだけで、ご飯何杯でもいけますわ」
「これはこれは、こんな近くに同好の士がいたとは。貴殿とは話が合いそうだ」
如月はリムジンを時速140キロで走らせながら、ハンドルから片手を離し、三宅と固い握手を交わした。
「頭部にはないようですね。次は手足を……」
「だ、だからルナちゃん、そんなに近づかなくても見えるでしょ」
「何を言っているのです、見逃したらどうするのですか」
ルナが手足をじっくりと眺めて検分する。コロンはまな板の上の鯉だ。
「見えるところにはありませんね。コロン、服を全て脱いでください」
「ちょ、ちょっとずついこうよ! いきなり全裸じゃなくて!」
コロンは自分でTシャツをめくり、腹を出した。自発的に肌を見せないと、強制的にルナに脱がされそうな気がしたからだ。
「時間がないと言っているのに……まあ、いいですわ。お腹にはありません。後ろを向いてください」
コロンが背を向けると、ルナが「あっ!」と声を上げた。
「あ、あったの? ルナちゃん?」
「背中にあります。チッ……」
「いま舌打ちしなかった!? なんで残念そうにしてるの!?」
「なんでもありません。コロン、今から魔法を解除します。手を入れますよ、失礼します……」
「う、うん……」
後ろから抱きしめるようにして手を伸ばし、ルナがコロンのTシャツの中へ手を入れる。胸のふくらみに触れると怒るだろうと思ったので、ルナは慎重に手を進め、胸の谷間のハート型の痣に触れた。
「「あっ……」」
触れた瞬間、じわっと熱くなるような不思議な感覚が走り、二人は同時に声を上げた。
「正当な継承者が印に触れると、特別な感覚が走ると言い伝えにありましたけど、本当でしたわ。いよいよ、二百年受け継がれた伝承が……コロン、星形の痣に、口づけます」
「うん……」
見えなくても、ルナが顔を近づけてくるのが分かる。長い髪が肌に触れ、吐息を感じると、コロンはぞくぞくする感じを覚えた。背中がものすごく無防備な部位だということを、彼女は初めて知った。
「コロン、いきます」
「は、はい……ひっ……!」
背中に唇が触れると、コロンはビクッと身体を震わせた。ハートの痣と星形の痣に、不思議な感覚が走り抜ける。
「あっ……! はぁっ!」
まるで感電したように、コロンが身体をのけぞらせる。ルナは目を見張ってコロンの変化を見つめている。
「あ、あぁ……な、何……? これ……?」
「あぁ……コロン、ついに……」
ルナが感動の声を漏らす。
コロンの胸のハートマークが、山吹色の光を放った。その光がふわ~っと全身を包み込み、コロンの裸体を神秘的に輝かせる。
「ふわ……ふわぁ……」
光は徐々に弱まって、蛍が消えるように消えた。重力に逆らって舞い上がっていた髪が、ふわりと下りてくる。
「ふわわ……な、なんか、身体が浮き上がるような感じだった……あれ? わっ、わっ! 髪がピンクになってる! そ、それにちょっと伸びてる!」
あごラインの長さだったツインテールが腰まで伸び、色がピンクになっていた。
「成功ですわ……コロン、あなたは魔法少女になったのです」
「あ、あんまり何か変わったって感じはしないけど……」
「戦闘服に着替えれば、心持ちも変わるでしょう。コロン、服を脱いでください」
「ま、またそれ!?」
「今度は見ませんから。下着は着けていて構いません。時間がないのです、手早く!」
ルナがコロンに背を向ける。のぞき見たりする気はなさそうだ。これは真面目に急かされているな、と思って、コロンは急いでTシャツとショートパンツを脱いだ。
「ぬ、脱いだよ、ルナちゃん」
「よろしいです。聖なる着物よ、主に仕えよ」
ルナが後部座席に転がっていた大きな鞄を開けると、中からやたらフリルの多い服が飛び出してきた。
服は尺取り虫のように這って、自らコロンに着られた。コロンが服に食べられているみたいだった。
「わっ! わわっ!」
続いてブーツ、手袋、コルセット、ティアラが鞄から這い出て、コロンに着られた。
着るのがものすごく面倒くさそうな衣装に、コロンは十秒で着替えた。
デザインはルナの着ているゴスロリに似ているが、色はピンクと白だ。スカートの膨らみもルナより大きく、ゴスロリからゴシックを抜いたロリータファッションだった。
「あ、もう着れちゃった。可愛いね、この服」
胸の痣のところにダイヤ型の穴が開いていて、ちょっぴりセクシーなのが気になったが、そういうものなのだろうと、そこは突っ込まなかった。
「良くお似合いです。コロン、これを強く握ってみてください」
そう言ってルナが手渡したのは、新品のテニスボールだった。
「これ? ギュッってするの?」
コロンがテニスボールを握ると、さして力を入れた風でもないのに、ボンッ! と音を立てて割れた。眼を大きくしてあっけにとられるコロン。
「実感がないかもしれませんが、あなたは格段に身体能力が増しています。とはいえ戦闘は不慣れでしょうから、わたしから離れないようにしてください。それと、正体がバレないよう顔を隠さなくてはなりませんから、これをつけてください」
ヤッター○ンみたいピンク色のマスクを渡された。耳にかけるヒモもないのに、顔に当てるとくっついて離れない。ルナも黒いマスクをつけた。
「ルナちゃん、顔隠してもその服でバレちゃうよ?」
「心配要りません、ほら」
ルナのゴスロリ服が、シュッとすぼまる。身体にフィットとした、フリルとミニスカートのついたレオタードみたいな感じになった。ルナはスタイルが良いので、すごく格好良かった。
「わっ、すごい! あたしのもこんな風になるの?」
「同じ機能はありますが、いまの方が可愛いのでそのままでいてください」
「……」
これから命の危険を伴う戦いに赴くのに、そんな理由でいいのだろうか? 釈然としなかったが、コロンはうなずいた。
「あと、テレビ局が来ているので、本名で呼ばないように注意してください」
「あ、はい」
そっか、それで二人だけの呼び名を決めてたんだ、と、コロンは納得した。
「ついでに、わたしたちのチーム名も決めておきましょうか。そうですね、『ココロ』を入れた名前を、何か考えてください」
「え? え? そんなのも要るの?」
ただでさえテンパっているところへ無茶振りされ、コロンは焦った。
「もう着きます。武器を身に付けて。チーム名は考えておいてください」
リムジンが急停車する。ルナはすぐにドアを開けて外へ飛び出した。コロンもわたわたと後を追う。
路地裏の、人気のない場所だった。ビルの間からあの観覧車が、四分の一ほど見える。
ぼんやりと見ていたら観覧車の手前を黒くて長いものがスッと横切ったので、コロンはぞっとした。化け物蜘蛛の足だ。
ルナが、胸元で花の形に結ばれた白いリボンを、シュルッとほどいた。
一度ほどくとリボンはひとりでにシュルシュルと解けていった。見た目よりずっと長く、十メートル以上あった。
解けたリボンがルナの足下に渦巻き模様を作る。直径一メートルほどの、蚊取り線香みたいな円盤ができあがった。
地面すれすれに浮いているそれに、ルナは足をかけて乗った。リボンはわずかに沈み込んだが、しっかりと彼女の体重を受け止めた。
「さあ、コロンも」
手を差し出して、コロンを招く。コロンはおっかなびっくり、リボンの円盤に乗った。
リボンがふわりと浮く。バランスを崩して落ちそうになり、コロンは慌ててルナの背中に抱きついた。
「ひゃぁっ! こ、怖い!」
「一気に行きます。つかまっていてください」
リボンは周囲のどのビルよりも高く舞い上がり、観覧車へと真っ直ぐに飛んでいった。
リムジンを降りた如月と三宅が、空の向こうへと消える二人を見送る。
「ルナ様、コロン様、ご武運を」
ビルの谷間からのぞく観覧車に向かい、如月と三宅は敬礼した。