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【3】セレブな親友

 

 

 翌日、土曜日。学校は休みである。

「お母さん、あたし月子ちゃんと出掛けるね」

 掃除機をかけていた母に、こころが声をかける。ショートパンツにパーカーに麦わら帽と、いつもの少年のような格好だ。

「今から? どこ行くのよ? お昼どうするの?」

「水着買いに行くの。お昼は月子ちゃんと一緒に何か食べるよ」

 いってきまーすと言って、こころは玄関を出た。門は出ずに、塀に沿って裏へ回る。

 小日向家には、勝手口がないのに裏門がある。扉についた屋外防水仕様の指紋認証システムに、こころは人差し指を当てた。カチリと音がして、錠が外れる。

 裏門を開けると、そこは月影家である。手入れの行き届いた広大な庭の向こうに、有名な建築家が設計したというモダンな三階建ての豪邸が建っている。

 三年前、こころの両親が家を建てたのとほぼ同時期に、その裏にあったゴルフ練習場の土地を月影家が買い取り、この豪邸を建てたのだった。

 こころの両親はどう近所付き合いしたものかと気後れしていたが、心配をよそにこころと月子はすぐに仲良くなった。

 裏門は、「門を通っていては遠回りになる」という月子の申し出により、小日向家の了解を得て設置したものだ。もちろん費用は月影家持ちである。指紋認証システムはそれぞれの家族が登録している。

 裏門から玄関まで百メートルくらいある。こころは歩きながら、樹の剪定をしている庭師に挨拶した。

「おはようございます」

「おはよう、こころちゃん」

 庭師もにこやかに挨拶を返す。月影家にとって、こころは家族の一員のようなものなのだ。

 玄関の呼び鈴を押すと、ほどなくしてメイドがドアを開けた。

 十九世紀のイギリスからタイムスリップしてきたかのような、真っ黒の長いワンピースに白いエプロンとカチューシャをつけたメイドである。

 初めて見たときは「わー、映画みたい」と思ったものだが、もう慣れてしまった。月子と友達付き合いするには、この程度で驚いていては始まらない。

「いらっしゃいませ。月子様は間もなく準備が整われます。中でお待ちくださいませ」

「あ、いえ、すぐ来るんでしたら、ここで待ってます」

 月影家に一歩足を踏み入れると、スリッパとおしぼりとお茶とお茶菓子が出てくるのだ。

 時間がかかるときには、クラシック音楽を流されたり印象派の画家の画集を持ってこられたりする。あまり丁寧にもてなされると、落ち着かなくていけない。

「お待たせ、こころ。さあ、出掛けましょう」

 黒と白のゴシックロリータ服を着た月子が出てきた。今日もフリル満開で、フランス人形のようだ。

「うん、月子ちゃん、今日もキマってるね。可愛いよ」

 月子はプライベートはいつもゴスロリである。最初のころは一緒に出歩くのが恥ずかしかったが、もう慣れてしまった。月子と友達になるには、いろいろなことに慣れなくてはならない。

 角を曲がりにくそうな黒塗りのリムジンが玄関前に停まり、執事さんが後部座席のドアを開けてくれた。こころは「ありがとうございます」と礼を言って乗り込んだ。

 月子も乗り込み、運転席に向かって「如月、出してください」と言った。

 「はい」という返事とともに、リムジンが走り出す。

 

 

     ☆

 

 

 ショッピングモールまで送ってもらい、こころと月子はリムジンを降りた。

 遠巻きに眺める人たちの視線が痛い。ハリウッドスターが乗るような超ロングリムジンからゴスロリと普段着の少女が下りてきたら、誰でも興味をそそられるだろう。

「月子ちゃん、その服さ、たまには他のに変える気はない? ほら、夏になると暑いし」

「そういうわけにはいきませんの。これはわたしの戦闘服なので」

 

 ……戦闘服? 「勝負服」と間違えたのかな?

 

 どうせ聞き入れてはくれないだろうと思っていたので、こころはそれ以上服については言わなかった。

「それと、もう二人きりなのですから、わたしのことはルナとお呼びなさい。さあ、水着を買いに行きましょう。わたしがコロンにぴったりなのを選んで差し上げますわ」

「うん、念のために言っておくけど、最終的に決めるのはあたしだからね」

 念押ししておかないととんでもない水着を選ばれそうだった。セレブのセンスは予想がつかない。

 ちなみに今日買うのはコロンの分だけである。ルナはブランド物の水着を百着くらい持っている。

 水着を売っている店に向かって、コロンが先導して歩き出す。こういう庶民向けの店は、コロンのテリトリーだ。

 建物の外装に取り付けられた大型モニターが、テレビの映像を映し出している。地方の名物料理を紹介する番組で、お笑い芸人が鍋料理をハフハフしながら頬張っていた。

 画面を見上げながら、コロンが何気にそこを行き過ぎようとしたとき――

 

「臨時ニュースをお伝えします」

 

 急に画面が切り替わり、緊張した顔の男性キャスターが映し出された。

 何事かと、買い物客たちが足を止めて画面に見入った。コロンとルナもモニターを見上げる。

「今日午前十時三十分頃、○○区の遊園地、ブライアントパークの観覧車が正体不明の巨大な生物に襲われました。観覧車は回転が止まった状態で、謎の生物は現在も観覧車に取り付き、ゴンドラを揺らすなどして乗客に恐怖を与えています。……映像入りますか? 映像がつながったようです。現場から中継です」

 画面が切り替わり、遊園地の映像が映し出される。

 ――停止した観覧車に、大きな蜘蛛のような生物が取り付いていた。

 足が長く、胴体が黄と黒の縞模様の蜘蛛である。観覧車の大きさから推測すると、二十メートルはあるだろう。

 そして、それは単に蜘蛛が巨大化しただけの生物ではなかった。その生物は――人間に近い顔を有していた。

 頬骨が張り出し、牙があって灰色の肌をしている。夜叉のような禍々しい顔だ。

 生物の周囲を黒い霧のようなものが覆っていて、輪郭がはっきりしない。正体は全くわからないが、邪悪な生き物であることだけは間違いないように思われた。

 蜘蛛は観覧車のフレームに足をかけ、恐るべき力で揺さぶっている。ゴンドラは真横になるくらい激しく揺れ、中の乗客が恐怖におののいているのが、窓越しに見えた。

 ヘルメットを被った現場のリポーターが、興奮した様子で状況を報告する。

「い、いったい、この生物は何ものなのでしょうか! 警官隊が生物に向けて拳銃を発砲していますが、全く効いている様子がありません! 乗客は、非常に危険な状態です! 先ほど、自衛隊が現場に到着するとの情報も入ってきました。しかし、銃弾はまるで煙に向かって撃っているようで、手応えがありません! いったい自衛隊の武器も、あの生物に通用するのでしょうか!」

 いつの間にか、モニター前の広場に買い物客が集まってきていた。みんな画面を注視して、ざわついている。

 コロンは観覧車の乗客の恐怖を思うと、胸がキュ~っと苦しくなり、ルナの腕にしがみついた。

「こ、怖い……ルナちゃん、何なんだろう、あの蜘蛛みたいな化け物……」

 困ったときにいつも頼りにしてきた親友の顔を見上げ、コロンは硬直した。

 ルナは眼を見開き、口をわなわなと振るわせてモニターに見入っていた。

「……そ、そんな……あ、“悪しきココロ”が……封印を……」

 震える声でつぶやく。コロンが見たこともないほど、彼女は動揺していた。

「ル、ルナちゃん! どうしたの!? あれが何だか知ってるの!?」

 ルナがこんなに取り乱すのを見たことがなかった。不安になり、コロンはルナの腕を強く引いた。ルナがハッと我に返る。

「ハッ……! お、落ち着かなくては……一刻も早く……コ、コロン、いま如月を呼びますから!」

 ルナがスマートフォンを取り出すよりも早く、クラクションを鳴らしてリムジンが広場に乗り込んできた。

 驚いて車を避ける人々の間を猛スピードで突っ切り、後輪を滑らせて車体を横に向け、ルナとコロンの前に停止する。轢かれると思ったコロンが「ぎゃー!」と大声を出した。

 パワーウィンドウが開いて、如月が顔を出す。

「ルナ様、お乗りください。必要なものは全て後部座席に」

「如月、ご苦労!」

 ルナが後部座席のドアを開ける。使用人さんにもルナって呼ばせてるんだ、とコロンは思った。

「コロン! 早く乗って!」

「え? は、はい」

 何で急がなくてはならないのかわからなかったが、勢いに押されコロンは飛び込むように車に乗った。

 ルナも続いて乗り込む。ドアを閉める前にタイヤをキュルキュルと空転させてリムジンが発進する。ドアは慣性の法則でバタンと閉まった。

「ブライアントパークまで二十分です! それまでにご準備を!」

 大きな車体を右に左に揺らして、リムジンは爆走した。コロンは車が曲がるたびに、叫びながら座席を転がった。

 やがて直進道路に入り、車は揺れなくなったが、すでにコロンはフラフラで、眼が渦巻きになっていた。

「しっかりしてください、コロン。これから大事なことを話します」

 ルナはコロンの頬をぺしぺしと軽く叩いて、意識を戻させた。くるくると回っていた瞳が、焦点を結ぶ。

「ふわぁ……あ、ル、ルナちゃん……な、何なの……? 何が起こってるの?」

 まだもうろうとしている彼女の肩を、ルナは両手でガシッとつかんだ。コロンがビクッと身を震わせる。

「よく聞いてください。コロン、あなたは魔法少女になって、わたしと一緒にあの化け物と戦うのです」

 その言葉がコロンの耳に入り、脳内処理されて意味を理解するのに、十秒かかった。

「……………………は? はあぁっ!?」

 

 

 

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