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【21】ひとりごと・ふたりごと


 その日の夜。

 こころは夕食を食べ、風呂にも入り、パジャマを着て自室でくつろいでいた。

「はあ、昨日今日といろんなことがあったなあ」

 ベッドにごろんと横になり、独りごちる。

「……イカ、ほむらちゃん、ミーちゃん、キツネさん、蜂、雪乃さん……あ、飛鳥さん忘れてた。うーん、ちょっと前まであたし平凡な少女だったのになぁ……波瀾万丈だ」

 とても二日間の出来事とは思えない内容の濃さだ。こころは、ほう、と溜息をついた。

「でも……こんだけいろんなこと経験して、月影の人たち以外に話せないってのが焦れったいよね。あーあ、お母さんとかシンディーちゃんに話せたらいいのに」

 もっともな願望だった。こころも中学一年生の女の子である、おしゃべりは大好きなのだ。珍しい体験をしたら、人に話したくなるのが人情というものだ。

 本当は、マッハ2で飛行するのがどんなに怖いか、“悪しきココロ”が憑依したイカがどんなにマズいか、人に話したくてしょうがないのだ。

 もちろん月子は話に付き合ってくれるが、彼女の場合いかにして“悪しきココロ”を倒すか、ということが主眼なので、どうしても話が堅苦しくなってしまう。本当はもっと気楽に話したいのだ。

「はあ、いっそシンディーちゃんにだけでも正体を明かせたらいいのに……でも、そんなことしたら怒られるよね」

 こころはころんと寝返りを打った。机の横にぶら下げた通学鞄が眼に入る。

 取っ手につけた、黒猫ミーのキーホルダーが、ぱっちりした眼でこちらを向いていた。

 こころはむくっと身体を起こした。ベッドを下りて、鞄からキーホルダーを外す。

「……別に、影武者さんが必要なときだけしか使っちゃいけないとか言われてないし……いいよね?」

 こころは窓に眼をやった。カーテンの隙間から月影家の屋敷が見える。

 電話かメールで月子に許可を取るべきか迷ったが、「何をするつもりですか?」と聞かれたら答えにくいなぁと思い、やめにした。

「……ミーちゃん、今朝みたいに動いてないけど、これでもできるのかな? まあいいや、試してみよう」

 こころはミーちゃんを両手で支えてキスすると、“ココロ”を注ぎ込むように――と念じながら、息を吹き込んだ。

 ミーは、ぷく~っと膨れ、だんだん肌色になり、人の形を取り始めた。ひと息吹き終わると、もう一人のこころが出来上がった。もちろん全裸である。

「わっ、ちゃんとできた!」

 ミーは胸を腕で隠しながら、恥ずかしそうに微笑んだ。

「こんばんは、こころ。また出してくれてありがとう。え~っと、裸じゃ落ち着かないから、服着るね」

 自分でタンスから下着とパジャマを出して、ミーはそれを着た。勝手知ったる他人の――自分の家だ。

「ミーちゃんは、胸の痣と星形の印がないんだね」

「やん、こころが変なとこ見てる~」

 もじもじしながら、ブラをつけるミー。

「恥ずかしがることないじゃん、自分なんだし」

 こころはにやにや笑った。

「もう、自分のときは恥ずかしがるくせにぃ」

 こころはベッドに横になり、布団をめくった。

「おいで、ミーちゃん」

「わーい」

 パジャマを着たミーが、飛び込むようにベッドにもぐり込む。

 声があまり漏れないように、耳が隠れるくらいまで布団を被る。

「えへへ、ミーちゃんとおしゃべりできるの、嬉しいな」

「うん、あたしもこころに会いたかったよ」

 二人は額が触れ合いそうな至近距離で笑い合った。ものすごく仲の良い一卵性双生児みたいだった。

「今日の蜂、怖かったねー」

「うん、すっごい怖かった。だって、スズメバチって別に“悪しきココロ”じゃなくたって怖いもんね。イカの比じゃないよ」

「イカ、あんまし怖くなかったよね。月子ちゃんがイカに負ける気しなかったし。焼けた匂いも美味しそうだったし」

「でも、食べたら不味かったね-」

「不味かったねー。あたし、漂白剤とか飲んだらあんな味するんじゃないかと思うよ。飲んだことないけど」

「あはは、わかる、そんな感じ」

 二人は共通の話題で盛り上がった。というか、共通の話題しかない。

「ほむらちゃん、可愛いよね」

「うん、可愛い。あたしあの子すっごいいい子だと思う」

「不思議とさ、しゃべんなくてもわかるよね、なに考えてるか」

「素直なんだよねー。ほむらちゃんが妹でもいいな。……あっ、やばい!」

 階段を登る足音が聞こえてきた。

 ミーが素早く布団の中に潜り、身体を丸めてこころに抱きつく。ドアがノックされる音がした。

「こころ、開けるわよ。……って、あなたもう寝るの?」

 ドアを開けて母が入ってきた。手に畳んだ服を持っている。こころはベッドに身を起こして応対した。

「う、うん。なんか眠くって」

「そう? 月影さんからお借りした服、アイロンしといたから。今度お邪魔するときお返ししてよ。

あなたも、お泊まりするときはなるべくうちから着替え持って行ってくれない? こんな高そうなブランド物の服、洗うのも気をつかうわ」

「う、うん。気をつけるよ」

「そうしてね、じゃあ、おやすみ、電気消すのよ?」

「わかった、おやすみ」

 母は用を済ませると、部屋を出てドアを閉めた。

 こころが安堵の溜息をつく。ミーが、もこっと布団から頭を出す。

「あはは、スリルあるね」

「ふふ、そうだね、でも、見られたら大ごとだよ。鍵かけとくね」

 こころはベッドを抜け出し、ドアに鍵をかけた。すぐにまたベッドに戻る。

 二人はまた声をひそめておしゃべりを始めた。まるで修学旅行の夜だ。

「ミーちゃんって、あたしそっくりだけど、あたしよりちょっと可愛いよね? “ココロ”を吹き込むときに願望が入るのかな?」

 こころはそう言って、ミーの頬をぷにぷにとつついた。

「えっ? 何言ってるの? あたしこころの方が可愛いと思ってた」

 ちょっと眼を大きくして驚くミー。今度はミーがこころの頬をつつく。

「何言ってんの、ミーの方が可愛いって。肌もきれいだし、眼も澄んでてきれい」

「えー? こころの方がほっぺたすべすべで、唇ぷるんで可愛いよぉ。よし、そんなに言うなら、一緒に鏡見てみよう」

 こころとミーは布団を抜け出し、スタンドミラーの前に膝を突いて座った。頬を寄せて、鏡を覗き込む。

「うーむ……」

「むむ……」

 古物商が骨董品を鑑定するような顔で、二人は鏡の中の顔を見比べた。ときどき横を向いて、隣の実物とも比べてみる。

「うーん……これは……」

「そうだね、これは……」

 二人は同一の結論に達した。

「……同じだ」

「うん……鏡に映すと、おんなじだね」

 首を捻り、二人はお互いに実物の顔を見つめ合った。

「でも、実物は明らかにミーちゃんの方が可愛い」

「あたしも、実物はこころの方が可愛いと思う……てことは、つまり……」

「うん……そうだね」

 ミーとこころは、互いに大きくうなずいた。

「……あたし、鏡で見るより、実物の方が可愛いんだ……」

「そうだね、そうとしか考えられないね。自分で言うのは気恥ずかしいものがあるけど」

 こころはミーの頬をぺたぺたと触った。

「そうか……あたし結構可愛かったのか……月子ちゃんがあたしのこと『可愛い、可愛い』って言うのは、お世辞だと思ってたよ」

「うん……何だか、思わず抱きしめたくなるような可愛らしさがあるよ。月子ちゃんがやたらスキンシップしてくるの、わかるなぁ」

「何か、自信出てきたよ。ひょっとして今日って、あたしの人生で一番いい日かもしれない」

「そうだね。何だか、未来が明るくなったような気がするよ」

「ミーちゃん、可愛いよ。ぎゅ~ってしていい?」

「こころも可愛い。抱っこしていい?」

 ミーとこころは、固く抱擁を交わした。

 そのあと二人はベッドに戻り、布団の中でまたイチャイチャとおしゃべりを始めた。

 母には早く寝ると言ったのに、結局寝たのは深夜になってからだった。二人は二匹の子猫のように寄り添って眠った。

 

 

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