【20】可愛らしい影武者たち その2
瞳子との反省会が終わったのは、午後五時の少し前だった。
「月子ちゃん、あたし、お家帰るね」
当たり前にそう言うこころに、月子は呆れ顔をした。
「何を言っているのです。今帰ったらこころが二人になりますよ」
「へ? あ、そうか、ミーちゃんがいるんだ」
学校で身代わりを立てたのだった。すっかり忘れていた。
「如月、ミーを呼びなさい」
「はい」
電話をかけるのかと思ったら、如月は小さな笛を出して吹いた。強く吹いたのに、音はしなかった。
「犬笛ですわ。人間には聞こえない高さの音が出ます。視聴覚室からミーを呼ぶときも、これを使いました」
「へー」
ほどなくして、ミーが月影家にやってきた。ミーは普段着に着替えていた。
「月子ちゃ~ん! 大丈夫~!?」
リビングに入ってきたミーは真っ先に月子に駆け寄った。ミーはテレビとネットでしか、今回の戦いの状況を知らない。
「きゃっ、だ、大丈夫ですよ。蜂に刺されましたが、もう良くなりました」
「えっ!? 刺されたの!? とっても大っきな蜂だったんでしょ? 大丈夫~!? どこ? どこ刺されたの?」
傷を探して、ミーがぺたぺたと手足を触る。
正体は猫のキーホルダーだとわかっているのだが、姿も仕草も全くこころそのものである。予期せぬスキンシップに、月子は赤面した。
「ミーちゃん、月子ちゃんが刺されたの、おっぱいだよ」
「えっ!? ほんと!? 見せて!」
ミーは月子の上着を脱がそうとしたが、コルセットを着けたゴスロリ服は、十二単並に脱がしにくかった。
「きゃあっ! ミ、ミー! 大丈夫ですから! お母様に傷跡もなく治してもらいました! 何ともありません!」
顔を真っ赤にして、月子はミーの手を逃れた。ミーはなおも心配そうな顔をしている。
「ほんとに大丈夫? 月子ちゃん……」
「し、子細を知りたければ、こころの中に戻りなさい。それで記憶は同化されます」
「「どうやるの?」」
こころとミーが同時に聞いた。完璧にハモっていた。
「口から“ココロ”を吹き込んだのですから、口から吸い込めばよいのです」
「あ、そっか。じゃあ、チューするね、ミーちゃん」
「うん、どうぞ」
こころとミーは、腰を抱くようにして抱き合った。
「ん」
ミーが眼を閉じる。こころはためらいなく口づけた。
「……っ!」
目の前で二人のこころがキスするのを見て、月子はボッと顔を赤くした。
如月と、いつも間にか来ていた三宅も、思わず赤面してその愛らしい光景を眺めた。
「んん……」
こころが、“ココロ”を吸う。ミーの身体はどんどん縮んで、着ていた服がぱさり、ぱさり、と床に落ちた。
やがてミーは黒猫のキーホルダーに戻り、こころの手のひらの上にころんと転がった。
「……わっ! すごい、ミーちゃんが記憶が、全部入ってくる!」
授業の内容や、給食で食べたもの、下校後の家での様子など、ミーの記憶が全てこころの頭の中に入ってきた。
「すごーい、ほんとにコピーロボッ○だね。あ、シンディーちゃん、あたしと月子ちゃんがココロリータじゃなかったって、がっかりしてたんだ」
「そうですか、面倒がひとつ減りましたね」
「給食時間に、青山先生が『シオンショッピングセンターにココロリータが現れた』って、みんなに報告したんだよ。みんないっせいにあたしと月子ちゃん見るの。シンディーちゃん、『あ~あ……』って言って机に突っ伏してた」
「思い通りです。一度完全なアリバイを示せば、以後疑いの目を向けられることはなくなります。あ、キツネ、ご苦労でした」
月子の影武者、キツネもリビングにやってきた。すでに面を外しており、素顔である。
「月子様、おつかれさまでした。お怪我をなされたと伺いましたが、大事にならず何よりです」
「心配をかけました。学校で何か変わったことは?」
「休み時間に吹奏楽部の川田聖子とクラシック音楽について少し会話しました。明日も同じ話題を振られる可能性があります。子細は後ほど」
二人の話を聞いていたこころが、おずおずとキツネに質問した。
「あの……キツネさんは、ミーちゃんみたいに月子ちゃんから記憶をもらっているわけじゃないんですよね?」
キツネは優しく微笑んで答えた。
「はい、ミーのような影武者が使えるのは、“ココロ”を操れるこころ様だけですわ。
わたしは外観と声を魔法で似せているだけで、記憶は移せません。ですから、わたしは月子様のご学友や先生方を全て暗記しているのです。
学校での出来事なども週に二、三回はお聞きして、ご学友との会話に齟齬が生じないようにしておりますの」
「うわぁ、大変なんですね」
こころは驚いた。クラスメイトと自然に接するだけでも大変なのに、月子は成績も良く運動神経抜群なのだ。
影武者を務めるには、授業や体育でも月子らしくあることが求められる。並の人にはできないと思った。
「キツネさん、大変でしょうけど、頑張ってください」
「ありがとうございます。でも、苦労とは思いませんわ。月子様に近づけるよう自分を磨くことは、やりがいがあるのです」
キツネはにっこりと笑った。
ココロリータになってから月影家の魔法使いさんたちとたくさん知り合ったけど、素敵な人がいっぱいいるなあ、とこころは思うのだった。




