【17】雪乃とココロリータ ①
ルナが店内へと足を踏み入れ、コロンも後に続いた。
電力は供給されており、店内は煌々と灯りがついている。しかし、客も従業員も一人としておらず、静けさだけが漂っていた。
「普段は賑やかなのに……こう静かだと、気味が悪いね……」
「そうですね、油断せず参りましょう。コロン、周囲によく気を配ってください」
「わ、わかった……」
ルナとコロンは、ゆっくりと中へと進んでいった。
コロンは遠くにあるエスカレータの登り口の近くに、倒れている人影を見つけた。
ハッとして、すぐに走り寄っていきたい衝動に駆られたが、ルナが腕を伸ばして制止したので、ぐっと踏みとどまった。
「気持ちはわかります。しかし、敵の正体がわからない状態で焦ってはいけません。罠かもしれないのです」
冷静にルナが諭す。コロンは胸がチクチクと痛くなった。
――その時、モーター音のような唸る音が、微かに聞こえてきた。
その音は店の奥の方からしてきて――「何か」が二匹、こちらに向かって飛んできた。
最初、鳥だと思った。しかし、近づいてくるその羽音で、二人はその正体を知った。
「蜂か!」
黄色と黒の縞模様のスズメバチだった。しかしその大きさは尋常ではなく、その名のとおりスズメくらいあった。
サイズがでかい分羽音もものすごく、まるでチェーンソーみたいな音を立てて飛んでくる。
「きゃあぁぁっ!」
コロンが真っ青になり、頭を抱えてしゃがみ込む。ルナはコロンの前に移動して盾となり、剣を抜いた。
「ふんっ!」
∞を描くように剣を振るう。蜂は胴体を二分され、床に落ちた。店内に静けさが戻る。
しかしすぐに、新たな羽音が近づいてきた。今度は十匹ほど。ルナはひるまない。
「ふっ、この程度の数、取るに足らぬ!」
背丈ほどもある長剣を、ルナは華麗に振るった。軌道を読み、ひと振りで二、三匹の蜂を両断する。胴体を二分された蜂が、ぼたぼたと床に落ちた。
羽音が止み、コロンはおそるおそる頭を上げた。周りに散らばった蜂の死骸を見て、肩をすくませる。
「ひ、ひぇぇ……す、すごいね、ルナちゃん」
「動きがノロいですわ。この程度の攻撃、母が課す修行に比べたら……」
遠くから聞こえる不気味な音に気づき、ルナは言葉を切った。
ヴーン……と、無数の音が重なり、うねりとなっている。コロンは背筋がゾッとした。
「ル、ルナちゃん、なんかヤバいよ、逃げようよ……!」
「大丈夫です。蜂の二十匹や三十匹、わたしの剣にかかれば……」
ルナは剣を正眼に構え、敵を待ち受ける。
店の奥で、影のようなものが動いた。不定形のそれは煙のように形を変えながら、こちらに近づいてくる。
それが無数の蜂の群れだと知り、ルナは即座に反転してコロンの手を引いた。
「コロン! 逃げます! 走って!」
「ふわぁん! だから言ったのにぃ!」
二人は正面出入り口に向かって全力で走った。自動ドアが開くのを待つ間、時が止まったように感じた。蜂の群れが迫り、恐ろしい羽音がどんどん大きくなる。
「コロン! 先に出て!」
人ひとり分の隙間が開くと、ルナはコロンを先に出させた。ルナも転がるようにして店を出る。
焦れったい速度で自動ドアが閉じる。ルナは立ち上がり剣を構えたが、蜂の群れは店の外までは追ってこなかった。建物の内部を縄張りと見なしているのかもしれないと、ルナは思った。
ガラス越しに蜂の群れがうねうねと動いているのが見える。ぞっとする光景だった。
ルナは振り返り、人垣に眼を巡らせた。目当ての人物を発見し、「雪乃を呼べ!」と叫ぶ。
群衆はその言葉が誰に向けられたものかわからなかったが、コロンは人垣の中に黒スーツの如月を発見した。如月は通信機を口に当て、月影家へ指示を伝えていた。
さっきの警官が走り寄ってくる。何かわかったか聞く彼に、ルナは「蜂の怪生物です」と答えた。警官は腑に落ちたという顔をした。
「建物の外には出てこないようですが、万一に備えて、立ち入り禁止区域をもっと離して……」
ルナが警官に指示を与えていると、人垣の方から、わっと声が上がった。何かとそちらを見ると、マスコミ関係者らしき二人の男が、柵を越えてこちらに走ってきていた。
一人はリポーターなのか、マイクを持ち、もう一人はテレビカメラを担いでいる。
「あっ! こら!」
ルナとコロンに詰め寄るリポーターの男を、警官が制止する。男は手を伸ばしてマイクを向けた。
「ひと言だけでも! あなたたちは……」
「下がりなさい!」
傍若無人に振る舞う男を、ルナは一喝した。鋭い声に、男がひるむ。
「非常時に勝手な行動は、被害を大きくします! 警察の指示に従いなさい!」
リポーターの男は何も言えなくなり、カメラの男と共に警官に腕を引かれ、人垣の向こうに連れ戻された。一部始終を見ていた群衆から、賞賛の声が上がった。
ルナが空を見上げる。銀色の光が飛んでいた。飛鳥が雪乃を連れて到着したようだ。
ルナはリボンに乗って雪乃を迎えに行った。飛鳥が放り出した雪乃を空中でキャッチし、地面に降り立つ。
雪乃はのろのろした動作で、ヘルメットと防火服を脱いだ。
中から現れたのは――やたら厚着をして着ぶくれた、すごくやる気のなさそうな顔をした少女だった。
歳は高校生くらい。明るい茶色に染めたボブヘアに、顔の上半分を隠すピンク色のマスク。マスクのせいで顔立ちはよくわからないが、頬とあごのラインは引き締まっていて、太っているような印象は感じられなかった。
しかし、彼女は体型がわからないほど着ぶくれていた。何枚も重ね着した上着の上に、雪国っぽいどてら。下もわた入りのインナーを重ねているらしく、ジャージがぱっつんぱっつんだった。
顔色が妙に赤い。雪乃はぶるっと身体を震わせると、「ぶえっくしょい!」と大きなくしゃみをした。
「風邪を引いているのですか、雪乃?」
呆れ顔でルナが聞く。
「……そりゃぁ、風邪もひきますよぉ」
ガラガラ声で雪乃は答えた。音の全てに濁音が付いているみたいだった。
「……言っときますけど、冷気魔法使うとき、一番寒いとこにいるのあたしなんですからね、風邪引くの当たり前っしょ?……あたしゃどっちかって言うと、寒いの苦手なんですよ。言っときますけど、出身沖縄っすからね、あたし」
雪乃はどてらのそでからポケットティッシュを取り出し、ぶびーっ、と鼻をかんだ。丸めたティッシュを、後ろにポイと捨てる。
冷気魔法を使うというので、大ヒットアニメ映画「雪の穴」に出てくるヒロインを想像していたコロンは、イメージがガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。
「あ~、あんた、コロンちゃん? お初~、テレビで見るより可愛いねぇ。あんたも突然こんな化け物との戦いに巻き込まれちゃって、不憫だね~。言っとくけど、ルナっち人使い荒いからね。まあ、お互いほどほどに頑張ろうよ……」
熱で辛そうだが、マスクの奥で眼が笑っていた。全然やる気なさそうだけど、悪い人ではないらしい、とコロンは思った。
「雪乃、あなたの力が必要です。今から店内に入ります」
「へいへい……んったく、病人だってのに容赦なしですね……で、敵はどんなんです?」
「行けばわかります。あなたの魔法が効果的ですから、心配は要りません」
「あー、そっすか、そんじゃ、パパッと片付けましょ」
ルナが店に向かって歩き出す。雪乃はどてらの袖に手を隠し、よたよたと後をついていった。
コロンは、相手がスズメバチだと知ったら雪乃が逃げ出すだろうと思い、何も言わず二人の後を追った。
☆




