【16】速すぎるよ飛鳥さん
学校からある程度離れると、月子は宙を飛びながらパラソルを畳んだ。
「月子ちゃん、シオンショッピングンセンターって、車でも一時間以上かかるよね? こんなのんびりで大丈夫?」
落ちないように月子に抱きつきながら、こころが聞いた。リボンの円盤はそんなにスピードは出ない。せいぜい原付程度だ。
「もうルナとお呼びなさい。時間は大丈夫です、もうすぐ飛鳥と合流しますから……あら、噂をすれば、ですわね」
ルナの視線の先を追うと、遠くの空から二つの銀色の点が近づいてくるのが見えた。戦闘機のような速度だ。
「リボンをしまいます。コロンはわたしから離れて落下してください」
「えっ? らっか?」
潜在意識が拒否したのか、コロンは脳内で「らっか」が「落下」に変換できなかった。
リボンがシュルシュルとルナの胸元に集まってくる。円盤がどんどん小さくなり、コロンは青くなった。
「ちょ、ちょっと! ル、ルナちゃん! 落ちる!」
「飛鳥が受け止めます。離れて」
ルナはコロンを突き飛ばした。高度三百メートルから、コロンは自由落下した。
「ぎゃ~~~!!!」
コロンはヒロインらしくない叫び声を上げた。地上の建物がすごいスピードで近づいてくる。
“ココロ”が飛び出しそうになる寸前で、コロンは後ろから誰かに抱きつかれた。
ビルの屋上のテレビアンテナを引っかけそうになりながら、曲線を描いて急上昇する。ジェットコースターのような加速度を感じた。
「初めましてだねー、コロンちゃん。あたしが飛鳥だよ」
耳元に話しかけられ、コロンは首を捻って自分を抱きかかえている人物を見た。
歳は高校生くらい、ボーイッシュな雰囲気のお姉さんだった。白い歯を見せて、ニカッと爽やかに笑う。下級生の女子からラブレターをもらうタイプだ。
ぶかぶかでごわごわな銀色の防火服を着て、「しころ」のついたヘルメットを被っている。そう言えばほむらちゃんも同じの着ていたな、とコロンは思った。飛行魔法の他に火炎魔法も使えるのだろうか?
横を見ると、ルナももう一人に抱きかかえられ、並んで飛行していた。
「は、初めまして、コロンです。あ、あなたが飛鳥さんで、あちらの方は?」
風切り音に負けないよう、コロンは大声で話した。
「二人で飛鳥だよ、双子なんだ。区別したかったら一号、二号って呼んで。マッハ2に加速するよ、シオンに二分で着くからね」
「マ、マッハ2!?」
「風で息ができなくなるからね、これ被って」
飛鳥はこころの頭にフルフェイスのヘルメットをカポッと被せた。すでに呼吸がしにくかったので、これはありがたかった。
今でも充分速いと思っていたのだが、飛鳥はさらに空母からカタパルトで射出されるように加速した。地表の景色が残像しか見えないほどの速度で流れていく。
「ひやぁぁぁぁ! こっ、怖いぃぃ! えっ!? あ、熱い!? あ、飛鳥さん!? 熱い! 熱いです!?」
「空気との摩擦熱だよ。コロンちゃんはこの程度の温度は大丈夫って聞いてるけど?」
「だ、大丈夫じゃないです~っ!!」
コロンの叫びは風音にかき消され、飛鳥の耳には届かなかった。飛鳥はさらに加速し、マッハ2で巡航速度に入った。
コロンは、ほむらの着ていた防火服が、自分の炎から身を守るためのものではなかったことを知ったのだった。
☆
飛鳥は宣言通り二分でシオンショッピングセンターの上空に到着し、時速三百キロほどに減速した。
「あたし、飛ぶのは速いけど、着陸はうまくできないんだ。切り離すから、あとはセルフサービスでね」
「え? き、切り……」
聞き返す暇もなく、飛鳥はパッと手を放した。再び自由落下するコロン。
「ちょっ! あ、飛鳥さ~ん! ぎゃあぁぁぁぁ!」
背を下に落ちていくコロンを、ふわりと二本の腕が抱き上げた。共に自由落下しながら、ルナはコロンをお姫様抱っこした。
「ル、ルナちゃん!」
すでにリボンはルナの足元で円盤を作っている。コロンは身体が急に重くなる感覚を感じ、ルナにぎゅっと抱きついた。
ぐ~っと身体が重くなり、今度は逆に浮いてしまいそうに軽くなる。ぎゅっとつぶっていた眼を開けると、景色の動きがゆっくりになっていた。無事に減速できたようだ。
下を見ると、数十メートル下にショッピングセンターの建物が見えた。
複数ある出入口のうち、一番大きな正面中央出入口の前に、人垣ができていた。警察が柵を設け、群衆が店に近づくのを防止している。すでにマスコミも来ているようだった。
群衆の中の一人が魔法少女に気づき、空を指差した。人々はいっせいに空を見上げ、歓声を上げた。魔法少女ココロリータは、どこでもすごい人気だった。
正面出入り口と人垣の間に、ルナは紙飛行機のようにスムーズに着陸した。抱いていたコロンを地面に下ろす。
「ココロリーターっ! 来てくれてありがとーっ!」
「頑張ってー! コロンちゃーん!」
「ルナ様ーっ! カッコいいーっ!」
すごい声援が飛び交う。ヘルメットを脱いだコロンが小さく手を振ると、ひときわ歓声が大きくなった。
「うう……まだ身体が熱いよ、サウナに入ったあとみたい……」
「あなたの身体はこの程度平気なはずです。しっかりしてください」
のぼせ気味のコロンに対し、ルナはシャキッとしている。普段の鍛え方の差が歴然としていた。
中年男性の警官が二人、ルナたちの元に駆け寄ってきた。しかし、駆け寄っては来たものの、警察として魔法少女に応援を求めてよいものかわからず、言葉に詰まってしまった。
「状況を」
ルナが凜とした声で聞いた。その声に叱咤されたかのように、警官は直立し、敬礼した。年かさの方が状況を説明する。
「三十分ほど前、開店したばかりの店内で、買い物客が何かに襲われたと見られています。
店舗は売り場が一階と二階で、三階と四階、屋上が駐車場になっています。
二階の奥の方の売り場から、客が突然叫び声を上げて逃げてきたそうですが、襲った『何か』を目撃した者はみな倒れてしまい、何があったのかはわかっていません。
店内には数十人の客が倒れているとみられますが、生死もわかっていません。
先ほど警察の特殊部隊十名が店内の捜査に入りましたが、全員と連絡がつかなくなっています。
例の怪生物の仕業とも考えられますが、ガスなどを使ったテロという見方も……」
「いえ、これは怪生物の仕業です」
警察官の言葉を遮り、ルナは言い切った。警官が息を呑む。
ちなみに、巨大イカが現れてからは、“悪しきココロ”のマスコミでの呼称は「怪生物」に定まりつつあった。
「気配を感じます。銃器は役に立ちません。わたしたちが中に入ります」
静かだが力強いルナの言葉に、警官二人はうなずきを返した。
「わかりました、お気をつけください……あの、あなた方は……いったい……」
とまどいながら聞く警官に、ルナは背を向けて答えた。
「我々は、二百年前に一度、あの怪生物どもと戦っています。今はそれしか申し上げられません」
正面入口に向かって歩き出すルナを、コロンは小走りで追いかけた。警官たちは、呆然としてその背中を見送った。
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