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14/22

【14】朝の風景

 明けて月曜日の朝。月子はいつものとおり、こころの家へ迎えに来た。

 実は月子は、まだ昨日のほむらのことを気にしていた。

 三年もこころの守護者を務めてきた自分を差し置いて、ほむらとこころがイチャイチャしていたのが、非常に面白くなかった。

 しかし、こころに他意がないことも、充分承知していた。あの無愛想なほむらにも、こころは素直に好意を示す。一見平凡な少女のようで、こころは海よりも広い心を持っている。月子はそんな彼女の人柄に惚れたのだ。

 九歳の子供相手に嫉妬するなど、見苦しいこともわかっている。わかってはいるのだが、理屈では片付かないのが感情だ。

 月子は溜息をつき、これではいけないと、顔を引き締めた。こころがぱたぱたと玄関に走ってくる。

「おはよー、月子ちゃん、ごめんね、待たせて」

「おはようございます。こころ、髪が跳ねていますわ」

 こころが靴を履いている間に、月子は彼女の髪を手櫛で直してやった。

 

 

 通学路を並んで歩く。いつもはたわいのない話をしながら歩くのだが、今日はすぐに会話が出なかった。

 考えてみると、いつも話しかけるのは世話焼きの自分の方からだったように思う。朝食はちゃんと食べたかとか、宿題はやったかとか。

 自分が黙ると会話も始まらない。月子は何だか情けない気持ちになった。

 何でもいいから話そうと思って横を向くと、こころは歩きながら通学鞄を開けて中をあさっていた。

 何をしているのかと見ていると、透明なビニールの小さな包みを取り出した。中には茶色いお菓子みたいなものが入っていて、リボンで口を閉じていた。

「はい、月子ちゃん、これあげる」

「え? わたしにですか?」

 こころが差し出すそれを、月子は受け取った。こんがりと焼けた一口大の粒が十数個ほど。シナモンらしき白い粉がかかっている。やっぱりお菓子のようだ。

「これは……」

「ハチミツ味のラスクだよ。朝ごはんサンドイッチだったから、パンの耳で作ったの」

「今朝作ったのですか? わたしのために?」

 月子はとまどった。こころからプレゼントがもらえるのは嬉しいが、今日は何か特別な日だったろうか?

「んーとね、お詫びだよ」

 こころは苦笑いして頭を掻いた。月子はやっぱり心当たりがなかった。

「昨日、あたしがバカなことしたせいで、月子ちゃんイカスミまみれになっちゃったじゃない? 月子ちゃんのお母さんにも怒られちゃったし。そのこと、ちゃんと謝ってなかったなーって。

だから、そのお詫び。ハチミツとバターを溶かしてパンの耳に染みこませて、オーブンで焼くんだよ。味見したら美味しかったから、食べてみて」

「は、はい……ありがとうございます」

 イカスミのことなどすっかり忘れていた。月子は鞄を脇に挟んで、包みを開き、中の一粒をつまみ出した。

 パンの耳で作ったラスクは、不揃いで不格好だったが、温かみがあった。化石を掘り出した子供みたいにまじまじと眺めてから、月子はそれを口に含んだ。

 ハチミツとシナモンの香りが、口の中に広がった。コリコリと噛み砕くと、じんわりとハチミツの優しい甘みがしみ出てくる。素朴な味わいで、美味しかった。

「……美味しいです」

「良かった、あたし大したことできないから、悪いけどこれで許してね……って、月子ちゃん! 何で泣いてるの!?」

 言われて気がついたが、両の頬を涙が伝い、あごからぽたぽたとしたたっていた。慌てて手の甲で涙を拭う。

「あ、あれ……? 何で涙が……こ、こころのラスクが、美味しすぎて……」

「ちょ……朝っぱらそんな……つ、月子ちゃん、これで涙拭いて」

 こころはポケットからハンカチを出したが、月子はもう感極まってこころに抱きついた。

「こ、こころ~! ヤキモチ焼いたりして申し訳ございませんでした! わたしはあなたに命を捧げます~っ!」 

「ぐえっ! ヤ、ヤキモチってなんだよ月子ちゃん!? く、苦し~っ! い、息が……!」

 月子の豊かな胸に挟まれ、窒息しそうになるこころ。月子は感涙にむせびながら、しばらく彼女を放さなかった。



「はぁ、苦しかった……」

 気絶寸前で解放されたこころは、再び学校へと歩きながら溜息をついた。

「すみません、つい、感極まってしまって」

 並んで歩きながら謝る月子。でも、顔は晴れやかだ。

「いいけど……月子ちゃん、ラスク全部食べちゃってよ。学校にお菓子持って行っちゃいけないでしょ?」

「何を言っているのです、もったいない。これは今日一日かけてゆっくりといただかせていただきます」

「そんな大したものじゃないよ~! パンの耳だよ?」

 こころはそう言ったのだが、月子は歩きながらもう三つほど食べただけで、大事そうに袋の口をリボンで結び、鞄にしまった。

「そうだ、今日はわたしからもこころに渡すものがあるのです」

 開けた鞄からラスクと入れ違いに何か取り出す。

「はい、これを差し上げます」

 黒猫の形をしたキーホルダーだった。手のひらに握れるほど小さなもので、耳が長く、大きく見開いている割りにはのんきそうな眼が可愛らしかった。

「わぁ、可愛い。いいのもらって?」

「どうぞ、通学鞄にいつもつけていてください」

「うん、そうする。ありがとう」

 鞄の吊り手にキーホルダーをつける。女子中学生らしく可愛い感じになり、こころは嬉しかった。

「ねえ、この子何かのキャラ? 名前とかあるの?」

「オリジナルですよ。名前は……そうですね、『ミー』にしておきましょう」

 何か含みのありそうな物言いをする月子だった。こころは鞄を目の前に掲げて、黒猫をじっと見た。爪とか細かいところまでよくできているが、特に変わったところはない。

(『鞄にいつもつけていてください』、か……。何かありそうだよね。ま、いいか、そのうちわかるよね?)

 月子が何か企んでいるのは薄々感づいていたが、悪いことではないだろうと思い、こころは聞かないでおいた。

 

 

     ☆

 

 

 二人が教室に入ると、例によってシンディーが飛んできた。

「おっはよーっ!! こころ、見た見た!? ココロリータ!」

 相変わらずテンションが高い。こころは苦笑し、月子は面倒くさそうに嘆息した。

「いやー、あんなでっかいイカ相手によく戦ったよ。コロンもルナもお疲れ様」

「だからあたしたちじゃないってば」

 へっへっへ、と頭に手を当ててシンディーが笑う。

「やっぱ簡単には白状しないねー。まあいいや、いつかあたしにだけこっそり教えてよね。それにしても、今度の戦いは新キャラも登場してすごかったね。見た? あの炎をボーッ!って吐く女の子」

 シンディーは話しながら、こころの首や耳をジロジロと眺めつつ、彼女の周りを一周した。

「な、何? シンディーちゃん?」

「……いや、イカスミがついてないかと思って」

「ついてないよ、もう、違うんだってば」

 こころは動揺せずにうまく返答した。

 昨日月影家で風呂に入ったあと、洗い残しがないかどうかみんなで充分確認したのだ。ちょっとでも残っていたら、家族にバレてしまう。

「ふむ……あんだけ真っ黒になったんだからちょっとくらい残ってるかと思ったけど。やっぱ違うのかなぁ」

「……シンディーちゃん、本気であたしたちじゃないかと疑ってるんだね。ほら、もう朝礼始まるよ」

 シンディーは「へーい」と言って、自分の席に向かった。途中で月子の席のそばにより、彼女の首筋の辺りもジロジロと観察した。

「無駄ですよ、イカスミなどついておりません」

「確かにスミはついてないけど……月子、今日のあんた、やけに髪が艶ってない? シャンプー何使ってんの?」

 月子は少々動揺したが、顔には出さなかった。

「別にフツーのシャンプーです。そうだ、シンディー、特別にこれを一個だけあげましょう」

 月子はラスクの袋を出し、口を開けてラスクを一個つまみ出した。

「優等生がなに学校にお菓子持ってきてんの?」

「いいから、食べてごらんなさい」

 シンディーはラスクをつまんで受け取ると、表裏を眺めてからポンと口に放り込んだ。カリカリと噛み砕く。

「うん、手作りの味だね。お、ハチミツの甘みがしみ出てくる。何これ? 超うまいけど」

 月子はにや~っと勝ち誇ったような顔をした。

「どうです? 美味しいでしょう、美味しいでしょう? 今朝、こころがわたしのために心を込めてこのラスクを作ってくれたのです。忙しい朝に、わざわざわたしのために、早起きして手間暇かけて愛情込めて作ってくれたのです。どうです? 美味しいでしょう、美味しいでしょう?」

 目を輝かせて言う月子に、シンディーはちょっと引いた。

「う、うん、美味しいよ。こころ女子力高いもんね。もう一個ちょうだい」

「ダメです。あなたはこころの手作りお菓子の素晴らしさを世に広めてください。そのために特別に一個だけ分け与えたのです」

「いつの間に広報担当に!?」

 ラスク一個で不当な役目を命ぜられたシンディーが、あんぐりと口を開けた。




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