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【13】ここ×ほむ



 瞳子の説教が終わって和室を出た月子は、自戒の溜息をついた。

「食事の用意をさせているので、食堂へ向かいます。如月と三宅もついて来なさい」

「いえ、わたくしたちは別室で……」

 使用人である如月や三宅は、通常月影家の者と一緒に食事を取ることはない。分をわきまえ遠慮した如月に月子は、

「あなたたちの分も頼んであるのです。今日の戦いの反省もしますから、同行なさい」

 と言った。

「……わかりました。恐縮ですがご相伴に預かります」

 一行が歩き出すとすぐに如月の携帯が鳴った。歩きながら電話を受ける。

「……確認する。切らずに待て」

「何です? 如月?」

「調理場からです。新鮮なイカがあるそうですが、召し上がられるか聞いております」

「あ、あたし食べたいです」

 こころが即座に手を上げた。月子が足元にカマドウマが飛んできたような顔をする。

「ほむらちゃんは、食べたい?」

 小さくうなずくほむら。

「よくいま食べる気になりますね……わたしは遠慮いたしますわ。当分見たくもありません……」

 月子はげんなりした。如月が携帯で報告する。

「こころ様とほむら様がご所望だ。……そう、お二人だ」

 月子が食べないので、如月と三宅も食すわけにはいかなった。



     ☆



 食堂には六人掛けのテーブルが用意されていた。

 上座の端にこころが座り、その隣に月子というのが定位置である。

 ところが、ほむらが月子の前に割り込んで、当たり前のようにこころの隣に座った。ムッとする月子。

「ほむら、そこはわたしの席ですわ。おどきなさい」

 ほむらは最低限の角度で首を捻り、面倒くさそうに月子を見上げた。

「……イカスミ」

 とつぶやき、こころの前の席を指差す。「無様な戦いをしてイカスミまみれになった月子はそこに座れ」という意味らしかった。

「なっ……!?」

 月子は顔を真っ赤にしたが、先ほど瞳子に油を絞られたばかりなこともあり、戦闘のことを言われると何も言い返せなかった。

 月子はテーブルの向こうに回り、乱暴にイスを引いてこころの向かいに座った。悔しそうな顔でほむらを睨みつけるが、ほむらはいつもの無表情だ。

 月子の隣に如月が座り、その隣に三宅が座った。三宅が小声で如月に話しかける。

(ほむら様……こころ様を気に入られたのでしょうか……?)

(そのようだ……ほむら様が他人に興味を示されるとは、珍しい……)

(こころ様のお人柄ですわね……これは興味深いカップリングですわ……)

 月子に聞かれたら殴られそうなことを、二人はこそこそと話した。

「ほむらちゃんの炎の魔法、すごいね、ぶわーって」

 手振りを加えてこころが話しかける。

 ほむらは右隣にいるこころに、角度的に三十度ほど首を振り向け、また首を戻して正面を向いた。極度な塩対応にも、こころはへこたれなかった。

「ほむらちゃんは、深緑色が好きなの?」

 ほむらは、今日も黒板みたいな濃緑色のワンピースを着ていた。顔を隠すマスクもその色だったので、そう思ったのだろう。

 こころの質問に、ほむらは小さくうなずいて答えた。

「そうなんだ。ほむらちゃん、その色似合うもんね」

 無愛想な猫のような反応しか見せないほむらだが、こころは彼女と話をするのがなんとなく楽しかった。

 食事が運ばれてきた。メイドが膳を並べていく。和食だった。

 こころはお泊まりのときなど、月影家で食事する機会が多い。

 洋食にせよ和食にせよ、コース料理みたいに一品一品運ばれてくることの方が多いのだが、今日はそんな悠長に構えていられる腹具合ではないだろうと判断されたのか、幕の内定食みたいに膳に乗せて一度に運ばれてきた。こころもその方が気楽だった(そもそもこころは懐石料理で揚げ物や焼き物の後にご飯が出てくるのが理解できなかった)。

 こころとほむらの膳にはタレをつけて焼いたイカが乗っている。こころはよだれをすすった。

 手を合わせて、「いただきます」と挨拶する。

 月子に「先ずは汁物から」と躾けられているので、こころは急いで吸い物をひと口すすり、イカに箸を伸ばした。

 輪切りにされた胴体をひとつ取り、あーん、と口に運ぶ。

「あふ、美味しい」

 もぐもぐと噛みながら幸せそうな顔をする。月子は眉をひそめてそれを眺めていた。

 舌の肥えた月子は、漂ってくるイカ焼きの香りから甘めの味付けとわずかな焦げを感じ取っていた。

 わざと粗野に調理することで、屋台の味を再現しようしたのだろう。料理人の思惑は成功し、こころは満足そうにイカを食んでいる。

 ほむらもイカに箸をつけ、むにむにと咀嚼していた。彼女の場合表情からは旨いのか不味いのかわからないが、嫌いなものはそもそも手をつけないので、旨いのだろう。

「イカ焼き美味しいね、ほむらちゃん」

 こころが横を向くと、ほむらの口の端にタレがついてた。

 こころは何も言わずナプキンを手に取り、それを拭ってやった。ほむらは拭かれている間だけ箸をとめ、拭き終わるとまた箸を動かした。

 こころの方を見向きもしない。母親に世話される三歳児みたいだった。月子は二人の様子を不機嫌そうに見ていた。

 三宅が如月を肘でつつく。

(如月隊長、お二人をどう見ますか……?)

(……素っ気ない態度だが、ほむら様はこころ様に心を許しているように見受けられる……三宅はどう思う……?)

(同感ですわ……先ほどこころ様が「深緑色が似合う」とおっしゃったときなど、表情には出さないのに嬉しそうなオーラが見えましたわ……)

(あのほむら様とこうもあっさり打ち解けるとは……こころ様は不思議なお方だ……)

 こころは懲りずにほむらに話しかける。

「ほむらちゃんが火を吹くとき口に含むのって、あれ、お酒?」

 ほむらは四十五度くらいこころに向き、また首を正面にして、月子を見た。

 月子はその視線から、「お前説明しろ」という意味を汲み取った。

 腹が立ったが、ほむらがずっと見つめているので、あきらめて溜息をつき、解説した。

「お酒ではありません。あれは月影家の『ラボ』と呼ばれる魔法研究所が開発した液体ですわ。ほむらは単身でも火を吹けるのですが、彼女の能力を増強し、コントロールを容易にする効果がありますの」

「もぉ、ほむらちゃんに聞いてるんだよ?」

 こころがむくれて抗議する。

 月子のこめかみに青筋が浮き、手元でポキッと音がした。気づいたメイドがすぐに替えの箸を持ってきて、折れたものと交換した。

 食事は続く。

 ほむらは実はかなりの小食なのだが、この日はさすがに腹が減っていたと見えて、よく食べた。

 メニューのひとつに鯛の切り身と筍の蒸し物があるのだが、ほむらは筍は食べて、鯛は中骨の周りの身を大きく残していた。

 ほむらの食べ方を見ていると、箸の使い方が少々たどたどしい。魚の骨を取るのが苦手なのかな、とこころは思った。

 こころは手を伸ばして、ほむらの膳から蒸し物の皿を取った。ほむらは炊き込みご飯を食みながら、顔は向けず眼で皿を追った。

 こころは自分の箸で鯛の骨を取った。ほむらが横目でじーっと見ている。

 きれいに骨を除け、こころは皿を膳に戻した。ほむらはすぐにその皿に手を伸ばし、鯛の身を口に運んだ。

「かっ……!」

 月子が悔しそうな顔で声を漏らした。

 言葉にならなかったが、「間接キスではないですか!」と言いたかったのだろうと、三宅は思った。

 五人ともあらかた食事を平らげたころ、食堂にメイドが来た。

「デザートにフルーツと自家製ヨーグルトをお出しいたします。ヨーグルトのシロップはハチミツとメイプルシロップのどちらがよろしいですか?」

 こころはメイプルシロップを頼んだ。

「ほむらちゃんもメイプル?」

 ほむらは小さく首を振った。

「ほむらちゃんはハチミツで」

「かしこまりました」

 メイドはにこやかに微笑むと、月子と如月たちの好みも聞いて厨房へ下がった。

 しばらくして数種のフルーツの皿とヨーグルトの小鉢が各々に配られた。

 月影家の自家製ヨーグルトは、ぷるぷると粘度が高く、味が濃い。お抱え料理人自慢の品である。

 甘いものが大好きなこころは、ヨーグルトをスプーンでちゅるんと吸い込むと、頬に手を当て幸せの笑みを浮かべた。爽やかな酸味とメイプルシロップの薫り高い甘さが、口の中で絶妙なハーモニーを奏でる。

「ん~、美味しい! お家でこんな美味しいヨーグルトが作れるなんてすごいね」

 こころは続けてスプーンを口に運んだ。ほむらもカチャカチャとスプーンを動かしている。

「ほむらちゃん、メイプルも美味しいよ」

 如月と三宅の眼がキラーン!と輝いた。

(こ、これは……!)

(出るぞ、「食べさせっこ」だ!)

 こころはヨーグルトをスプーンですくい、身体ごとほむらの方へ向いた。ほむらが初めて、九十度首を捻ってこころに向いた。

「はい、あーん」

 スプーンをほむらの口の前に差し出す。琥珀色のメイプルシロップがかかったヨーグルトが、ぷるんと揺れた。

 ほむらは三秒くらい静止して、それから小さな口を半分あけ、はむ、とスプーンに食いついた。

「……っ!」

 月子は恋人の浮気現場を目撃したような顔をした。心情的にもそれに近かったことだろう。

「どう? 美味しい?」

 ほむらは、こくっとうなずいた。

「ねえ、ハチミツはどんな味?」

 ほむらはこころの顔を見て、それから斜め下に視線を移動させて、自分の食べかけのヨーグルトを見た。

 持っていたスプーンで、ヨーグルトとハチミツをバランス良くすくう。

 それからこころと同じように、身体をこころの方へと向けて、スプーンを差し出した。

 ほむらがこんなにも能動的に動作したことに、如月と三宅は驚いた。クララが立ったくらいの衝撃だった。

 こころが「あーん」と口を開け、ぱくっ、とスプーンを咥えた。

 ほむらがスプーンを引いて、こころの唇から抜き取る。こころはにっこりと笑った。

「うん、ハチミツも美味しい」

 如月と三宅がうっとりと、冬に温泉につかっているような顔をした。月子はこの世の終わりが来たような顔をしていた。

 メイドが月子のそばにやってきて、呆然としている彼女の手から「く」の字に曲がったスプーンを取り上げ、新しいものと交換した。

 

 

     ☆

 

 

 戦いの反省をすると言っていたのに、結局ひと言もその話をせず食事は終わった。月子は戦いの後よりも疲れ切った様子だった。

「……こころ、今日はもうお帰りなさい……あまり遅くなるとご両親が心配されます」

 食堂を出た廊下で月子は言った。

 いつもはこころが帰ろうとすると引き止める月子だったが、ほむらが一緒にいるとさらにダメージを食らいそうだったので、帰すことにした。

「うん、そうする。またね、ほむらちゃん」

 こころが手を出すと、ほむらは三秒静止してから手を伸ばし、握手した。

 月子はハラハラするような気持ちだったが、もうお別れなのだからと、黙って見守っていた。

 手を離しても、ほむらは無表情だった。悲しみの色もなにも感じ取れはしない。

 しかしほむらは、まっすぐにこころを見つめ、眼を逸らさなかった。その吸い込まれるような黒い瞳を見ていると、こころは胸がキュ~ッとなるのだった。

「……ほむらちゃん、ぎゅって、していい……?」

 ほむらは瞬きした。意味がよくわからなかったらしい。

 こころは一歩前に進んで、ほむらをぎゅっと抱きしめた。

 こころはほむらより頭半分高い程度なので、ほむらはこころの首筋に顔を埋めるような感じになった。

 ほむらはやっぱり無表情で、じっと抱かれていたが、そのうち、そろそろと両手をこころの背中に回し、ほんの少し力を入れて、抱きしめ返した

 少女二人が無心に抱き合う姿は美しく、如月と三宅は心底感動した。月子は埴輪みたいな顔をしていた。

 体温が移るほどの時間抱き合ってから、二人は身体を離した。

「じゃあね、ほむらちゃん、また遊びにくるよ」

 こころはそう言って、手を振って廊下を歩いていった。玄関までの道は知っているので、あとは一人で帰るつもりだった。

 ほむらは手も振らず、つっ立ってこころを見送った。

 あとにはホクホク顔の如月と三宅、真っ白な灰になった月子が残されたのだった。



 

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