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【11】初夏の海とココロリータ

 

 六月のある日曜日、こころは月子と一緒に地元のビーチに来ていた。

 梅雨時期だがこの日は見事な快晴で、半袖でも汗ばむほどだった。絶好の海水浴日和だ。貴重な晴れ間を満喫しようという人たちで、ビーチは賑わっていた。

 ビーチパラソルとテントが並び、水着姿の海水浴客がはしゃぎながら行き来する。ビーチは鮮やかな色であふれていた。

「さあ、こころ、ここまで泳いで来てください。ちゃんと息継ぎもするのですよ」

「うん、頑張る!」

 浅瀬で月子がこころにクロールを教えている。月子は身体のラインが浮き出るシンプルな薄紫色のワンピース、こころは白いラインで縁取りされたオレンジ色のビキニだ。

 こころはじゃぼんと海に浸かると、十メートル先の月子を目指し、一生懸命水をかいた。ときどき顔を横に向けて息継ぎする。

「ぷはぁっ!」

 ゴールに到着したこころが、顔を上げて月子に抱きついた。

「こころ、上手になったではないですか。息継ぎもちゃんとできていましたよ」

「ホント? えへへ、月子ちゃんが教えるの上手だからだよ」

 二人は抱き合い、笑い合った。仲睦まじい二人を、砂浜から如月と三宅が眼を細めて眺めている。さすがに黒スーツでは目立ちすぎるので、今日はアロハシャツにバミューダパンツとリゾートっぽい格好だ。

 名目は緊急事態に備えてのお供なのだが、ビーチパラソルを立て折りたたみ式のレジャーチェアに座ってくつろいでいる姿は、どう見ても仕事中には見えなかった。

「百合だなぁ」

 と、如月がしみじみつぶやく。

「百合ですわねぇ」

 と、三宅がこれまたしみじみとつぶやきを返す。縁側で日向ぼっこしている老夫婦の会話みたいだった。

「お二人は本当に仲睦まじいなぁ。まるで二匹の子犬がじゃれ合っているようだ」

「絵になるお二人ですわね。月子様はスリムなのに出るところは出ていらして、ただでさえ十二歳であの身体は反則ですのに、水に濡れるとひときわ妖艶さが増しますわ」

「うむ、普段上品で気品のあるお方なので、しどけない姿は反動で艶っぽく見えるな。特にあの長い髪が濡れて肩や胸に貼りついているのが、堪らなくエロティックだ」

「さすが如月隊長、目の付け所が違いますわ。こころ様の年相応な未発達ボディも、健康的で素敵ですわね」

「うむ、月子様に比べると胸はふくらみ始めたばかりでお尻も小振りなのだが、手足がスラリとしていて、均整の取れた美しい身体をしておられる。あれはあれで一つの完成形だな。まるで妖精のようだ」

「特にあの足が堪りませんわ。ぷにぷにした太ももに、丸くきれいな膝小僧、うぶ毛もないつるんとしたお肌。眺めているだけでご飯何杯でも食べられますわ」

「同感だ。こころ様は新鮮な果実のようなピチピチ感が持ち味だな。……しかし、いくらこころ様が可愛らしいとはいえ、月子様はちょっとスキンシップが過ぎるな」

「お気づきでした? こころ様が開放感で浮かれているのをいいことに、触りまくりですわね」

「こころ様、全然警戒しておられないな……どう考えてもあそこまで素肌に触れる必要はないだろうに」

「はあ、月子様が羨ましいですわ」

 他人に聞かれたら通報されそうな会話を繰り広げる二人だった。こころは知らぬ間に変態たちに包囲されていた。



     ☆

 


 しばらくして、こころと月子が海から上がってきた。全身から海水をしたたらしている二人に、三宅がタオルを渡す。

 こころは礼を言ってタオルを受け取り、無防備に半裸の身体を晒して髪を拭いた。真っ白な脇の下が陽の光を反射して眩しく、三人は彼女を眼を細めて眺めていた。

「ふわぁ、海楽しい! いっぱい泳いじゃった!」

 子供みたいに無邪気な笑顔を振りまく。ヒマワリのような笑顔とはこういうのを言うのだろうと、月子は思った。

「少し休みましょう。こころも泳ぎ疲れたでしょう」

「うん。あの、如月さんと三宅さんも、海に入りませんか? 気持ちいいですよ」

「いえ、我々は任務がありますので。お気遣いなく」

 如月は低い声でクールに断った。何も知らないこころは、「如月さんっていつもキリッとしててカッコいいなぁ」と思った。

「そうですか、お仕事じゃ仕方ないですね。ねえ、月子ちゃん、あたしお腹ぺこぺこ。海の家に何か食べに行こうよ」

「良いですわね。如月、同行なさい」

「はい」

「念のため言っておくけど、カード使えないよ?」

「如月、現金は?」

「充分に。ご安心を」

「よろしい。如月は頼りになりますわ」

 如月を従え、月子は先に立って歩き出した。やっぱりお嬢様は常識がちがうなぁ、と思うこころだった。


 

 

     ☆

 



 三宅が荷物番をして、こころたち三人は海の家に向かった。

 近づくにつれ、ジャンクフードの食欲をそそる匂いが濃くなってくる。こころのお腹が、く~、と可愛らしい音を立てた。

 海の家は賑わっていて、テーブル席がほぼ埋まり、食べ物を買い求める人たちが列を作っていた。

「あれ? あれ、あれ?」

 壁に貼られたメニューをきょろきょろと眺めていたこころが、困惑した声を出した。

「どうしました? こころ?」

「イカ焼き……イカ焼きが……ない! え~!? 楽しみにしてたのに……」

 確かに、メニューのどこにも「イカ焼き」の文字はなかった。海の家では定番メニューだが、焼きそばなどと違って必ずあるというものでもない。

「確かにありませんわね。仕方ありませんわ、わたしの家で作って差し上げますから、今日は我慢なさい」

「海の家とかお祭りの屋台で食べるのが美味しいんだよぉ! あの独特のソースの香りがいいのに……あーあ、仕方ないでゲソ、焼きそばにするでゲソ……」

「何ですか、その語尾? そんなにがっかりしないでください。ほら、トウモロコシなども美味しそうではありませんか」

 順番がくると月子はこころの機嫌を取るためにほとんどのメニューを購入した。

 どう見ても女四人では食べられない量の食料と飲み物を持って三人は三宅の待つビーチパラソルへと戻り、彼女をギョッとさせた。

 目当てのイカ焼きはなかったが、焼きそば、焼きトウモロコシ、たこ焼き、カレー、フランクフルト、おでん、かき氷……等々をレジャーテーブルに広げるとなかなか壮観であり、こころはすっかり機嫌を直した。

 香りが呼び水となって、空腹感がピークに達している。こころは割り箸を持って手を合わせた。

「いっただっきまーす!」

 こころが焼きそばを箸でガバッとすくい取った、その時――

 

「きゃあぁぁぁぁ!!!」

 

 波打ち際の方から女性の鋭い悲鳴が聞こえた。続けて幾人もの悲鳴が重なって、あっという間にビーチは大混乱になった。

「何だ!?」

 月子、如月、三宅が即座に食い物を置いて立ち上がった。

 こころは口まであと三センチというところで箸を止めた。心残りだったが空気を読んで、箸を置き立ち上がる。

 波打ち際で泳いでいた人、砂浜で遊んでいた人たちが、必死の形相で陸へ向かい逃げていく。

 逃げ惑う人々のその向こうには――巨大なイカがいた。

 大きさは胴体だけで十メートル以上。足の先までだと三十メートル近くありそうだ。

 見た目は全くイカなのだが、眼だけが軟体動物のうつろなそれではなく妙に人間臭くて、邪悪な笑みを浮かべているような印象を与えた。

 巨大イカは水深一メートルほどのところに足を支えにして立っている。

 その触手にはすでに二人の女性が捕らえられていた。身体に触手が巻き付き、身動きが取れない。恐怖で悲痛な叫び声を上げている。

「ひやぁぁ! こ、怖いよぉ……あいたた、む、胸が痛い……」

 こころが屈んで胸を押さえる。月子はこころの肩に手を添え、巨大イカを睨みつけている。

 如月と三宅は素早く動いた。ビーチパラソルを倒し、さらに近くから他の海水浴客のビーチパラソルを二本調達、それを三角形に並べて目隠しを作る。

 パラソルの囲いの中にこころと月子、外に如月と三宅が控えている。

「コロン、急いで魔法解除を行います。星形の痣を探しますので、水着を脱いでください」

「い、いきなり脱がなくてもいいでしょ!? 見えるとこ探してからにしてよ!」

 コロンがもっともな反論をする。

「水着に着替えてからずっと探しているのですが、いまだに見当たりません」ルナが口の端から垂れてきたよだれをすすった。「これは脱いでもらったほうが早いかと」

「今じゅるって音したよ!? 何の音!? ま、前は髪に隠れるとことか探したじゃない。ほら、よく見てよ」

 コロンは髪をかき上げ、くるりと一周回った。ルナはあごに手を当ててそれを眺めている。

「頭部にはありませんね。やはり脱いで……」

「う、内股とか!」

 コロンは立ったまま肩幅に足を開いた。ルナがしゃがみ込んで股を観察する。下からお股を覗き込まれるのはすごく恥ずかしかったが、水着を脱がされるよりはマシだと思ってコロンは我慢した。

「ど、どう? ある?」

「ちょっと待ってください。もっとよく検分しなくては」

「そんなとこ一瞬で分かるでしょ!」

 コロンは脚を閉じて後退った。ルナは物足りなそうな顔をした。

「コロン、見えるところは全て探しました。時間がありません。水着を脱いでください」

 立ち上がりながらルナが言う。コロンは焦ってキョロキョロと自分の身体のまだ探していない部分を探したが、もうどこにもなかった。

「コロン、観念して……」

「あっ! 足の裏! 足の裏まだだよ!!」

 コロンはルナに背を向け、膝を曲げて足の裏を見せた。

「ありませんよ」

「は、反対側!」

 足を変えてまた足の裏を見せ、首を捻ってルナの様子をのぞく。

「こっちにも……あっ」

 ルナがポカンと口を開けた。

「あった!? あったんだね!?」

 自分でも足の裏を見て確かめる。土踏まずの辺りに、赤い星形の痣があった。

「あった! よ、よかった~!」

 パラソルで隠れているとはいえ、野外で全裸になる危機からまぬがれ、コロンは安堵した。対して、ルナはがっくりと肩を落とした。

「よりによって、足の裏とは……はぁ……せっかくのご褒美タイムなのに……」

「何でそんなにしょげてるの!? ルナちゃん、ほら、女の人たち助けなきゃ。早く変身しよ」

 タイミング良く、海の方から女性の悲鳴が聞こえてきた。陸からは群衆のざわめく声。それを聞いて、ルナは気を取り直した。表情を引き締め、外にいる如月に声をかける。

「如月、飲み物を中に放りなさい。水かお茶がいいです」

「はい」

 如月がミネラルウォーターのペットボトルを中に放った。ルナはろくに見もせず、空中でそれをキャッチする。

「コロン、そこに寝転んで。足を向けてください」

「あ、はい」

 コロンはレジャーシートの上に寝転び、足を組むようにして足の裏をルナに向けた。

 ルナがペットボトルを開封し、中の水で足の裏をゆすぐ。ついていた砂はきれいに洗い流された。

 ルナの真剣な顔を見ていると、散々水着を脱ぐのを渋ったあげく、足の裏なんかにキスをさせるのが申し訳ないような気がしてきた。

「ご、ごめんね、ルナちゃん。足の裏なんて、汚いとこに……」

「痣がここへ移動したのはあなたの意思ではありませんし、そもそもあなたの身体に汚いところなどありません。わたしはどこだって口づけられます。でも……どうせならもうちょっと、ムードのある部位のほうがよかったですね……神様はなぜ、わたしにご褒美をくれないのでしょう」

「どこだよムードのある部位って!?」

 そんな掛け合いをしているうちに、ビーチからまた女性の悲鳴が聞こえてきた。しょっちゅう脱線するが、危機が迫っているのだ。ルナはあらためて気を引き締めた。

「コロン、いきます」

「う、うん」

 ルナがコロンの胸の痣に手を当てる。触れたところが熱を持つような、不思議な感覚を二人は感じた。そして、ルナが唇をゆっくりと足の裏へと――

「ひっ!」

 あと少し、というところで、コロンが足を引っ込めた。ルナが鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする。

「な、何のつもりです、コロン? ことが差し迫っているのですよ?」

 コロンは、おしっこを我慢しているような、変な顔をしていた。

「く、くすぐったい!」

「はあ?」

 ルナが眉間に皺を寄せる。

「まだ触れてもいないのに、何を言っているのですか」

「か、顔が近づくだけでくすぐったいの! ちょ、無理!」

「無理って、キスしないと変身できないではないですか! 足をよこしなさい!」

 ルナはコロンの足をひっ捕まえると、強引に自分のほうへと寄せた。

「うひゃあっ! あ、あひゃ! やめて! あひゃひゃひゃひゃ!!」

 コロンが尋常ではないくすぐったがりであることを、ルナは初めて知った。水が嫌いなのにシャンプーされる猫のように、身体をよじって暴れる。

「お、大人しく……! くっ、えいっ!」

 足首をつかまえて足の裏にキスしたが、手のほうが胸の痣から離れてしまった。空振りだ。

「くっ……! こんな想定外があるとは……!」

 前回は胸の痣にそっと指先を触れるだけだったが、今度はそういうわけにはいかなかった。暴れるコロンを押さえつけつつ、胸の痣にべったりと手のひらをつけようと、ルナは苦心した。コロンがじっとしないので、いろいろ触ってはいけないところも触ってしまった。

「ひゃ、ひゃはははは! ル、ルナちゃん、やめて……!」

「問答無用です! いきます!」

 足首を強く握って、ルナは足の裏に口づけた。

「うひゃあっっっ!!」

 コロンがひときわ大きな叫び声を上げたが、ルナは確かに魔法解除の不思議な感覚を感じとった。成功とみて、コロンの身体を解放する。

「ひゃは……あ……あぁっ……!」

 コロンの笑い声が止まった。ビクッと身体を震わせ、寝転んだまま背をのけ反らせる。

「あっ……あぁっ!」

 胸の痣が山吹色に光り、その光が全身を包んでいく。

 すうっ……と光が消えたときには、コロンはピンク色の髪の魔法少女になっていた。

「ふわわ……はふぅ……あ、ちゃんと変身できた」

 身を起こして長くなったツインテールを確認する。ルナは大きな溜息をついた。

「まったく、余計な手間を……」

「ご、ごめんね、ルナちゃん」

「後にしましょう、早く戦わなくては。如月、戦闘服を」

「はい」

 如月がパラソルの隙間からアタッシュケースを滑り込ませる。

 ルナがそれを開くと、中から黒と白のゴスロリ服と、ピンクのロリータ服が這い出てきて、二人を食べるようにして着られた。ティアラや武器も身につけ、戦闘準備完了である。

「コロン、わたしに寄り添ってください」

 言われたとおりぴとっとコロンが寄り添うと、ルナはパラソルの柄を握り、雨傘のように掲げた。

 パラソルがさらに大きく広がり、ドーム形になって二人を包む。そして、柄と骨だけを残してパッと消えた。布地の部分が透明になり、外の景色が見える。

「わっ、消えちゃった」

「外から見ると、中のわたしたちも消えて見えます。魔法を使った隠れ蓑です」

 プレ○ターのアレみたいなものかとコロンは理解した。

「走ります、遅れないように!」

 ルナがパラソルを持って走り出す。コロンも並んで走った。

 波打ち際まで一気に近づく、巨大イカの触手がギリギリ届くか届かないかのところまで来たところで、ルナはパラソルを上に放った。

 パラソルは空中でシュッと萎み、畳まれてフランクフルトくらいの大きさになって落ちてきた。ルナがキャッチして腰のホルダーに収める。

 陸に集まりうろたえるばかりだった水着姿の群衆は、巨大イカの前に突然姿を現した魔法少女ココロリータに、大歓声を上げた。


「あっ!……コ、ココロリータだ!」

「来てくれたんだ! すげぇ! やっぱり正義の味方だ!」

「やったー! 生で見れた-! イカ野郎やっつけろ、ココロリーターっ!」


 すごい声援だった。コロンもルナも、思わず目の前の敵から眼をそらし、群衆の方を振り返った。

「す、すごいね、ルナちゃん、あたしたち芸能人みたい」

「手ぐらい振って差し上げたらどうですか? コロン」

 ルナは冗談で言ったのだが、コロンは困ったような笑顔で小さく手を振った。


「きゃーっ! コロンちゃん可愛い-っ!!」

「頑張ってー! コローン!」

「ルナ様-! ステキーっ!」


 ボリュームを捻ったように歓声が大きくなる。

 声色からして女性ファンが多いようだった。空港にジョニー・デッ○が到着したような騒ぎだ。

 大興奮の群衆に若干気圧されつつ、コロンとルナがイカに向き直る。近くで見るとビルを見上げるように巨大で、コロンは怖じ気づいた。

 イカは若い二人の女性を捕らえている――のだが、その妙な振る舞いにコロンは首を捻った。

 イカは触手を絡めて女性を身動き取れなくしているのだが、そうしながら余った触手で彼女たちの身体をまさぐっていた。

 胸や尻を触ったり、水着の中に触手を潜らせたり、まるで痴漢をしているようだ。

 イカのくせに女性の身体に興味があるのだろうか? と、それが不思議だった。

「ル、ルナちゃん、あのイカ、なんかいやらしいね?」

「ドリスが“悪しきココロ”を取り出した罪人は、殺人や強盗などの罪を犯した者がほとんどですが、中には強淫の罪による者もいます。ヤツはその類いでしょう」

「ご、ごういんって何?」

 ルナはちょっと考えて言葉を選んだ。

「女の人に無理やりエッチなことをすることです」

 コロンがふわっと顔を赤くした。同時に、ふつふつと清純な乙女の怒りが湧いてきた。

 そんな会話をしている間に、イカに捕らえられた女性は触手で水着を引っ張られ、脱がされそうになっていた。

「マズいですわ。群衆の中には動画を撮影している人が大勢いるはずです。このままでは彼女たちの裸が全世界に配信されてしまいます。急がなくては」

 ルナが剣の柄を引いた。小さな鞘から引き抜かれた剣が、スラリとした細身の長剣となる。

 銀色の輝きが眼に入り、イカが初めて二人に気づいた。マジで女体にしか興味が無かったようだ。


「ぐおぉぉぉ……! ぬぅ……? ただの人間ではないな……何者だ……!」


 地を揺るがすような声で聞く。

 ルナが肘でコロンをつつく。コロンは「また!?」と眉を八の字にした。

 溜息をつき、それでもやるからにはちゃんとやろうと、頬を軽く叩いて気合いを入れる。

 コロンは足を開き、ビシッと巨大イカを指差した。


「我らは、ドリスの意志を継ぐ者!」


 背後でどよめきが起こった。


「魔法少女、ココロリータ! 怖いけど、戦うっ!」


 うおぉーーーーー!!!!


 雄叫びのような歓声があがる。チラッと振り返ると、群衆が手を振り上げてすごい盛り上がっていた。ライブ会場みたいだった。

 応援してくれるのは嬉しいけど、何か違うんだよなぁ……と、出たがりな性質のないコロンは首を傾けた。

「さあ、さっさと片付けましょう」

 コロンが名乗りを上げ終わると、ルナは早速攻撃を仕掛けた。足場の悪い砂浜をものともせず、疾風のごとく駆ける。

 砂を蹴って高く飛び、女性が捕らえられた触手を狙う。

 銀色の光が一閃、丸太ほどもある触手を切り落とす――かと思われたが!

「何!?」

 粘っこい感触とともに剣は触手に食い込んで止まった。まるで突きたての餅に切りつけたようで、少しも切れてはいない。

 触手が剣に貼りつくのを感じ、ルナは慌てて力を込め引き抜いた。危うく剣を奪われるところだった。

 砂浜に着地する。触手がルナを狙って振り下ろされ、彼女は横に飛んでそれを避けた。

「くっ……! 剣では切れないか……」

 ルナは首だけ後ろに振り向けた。

「コロン、下がって!」

 と叫ぶ。それから如月に向かい、「飛鳥にほむらを連れてこさせろ!」と指示した。

 如月が即座に通信機を口に当て月影家へ指示を伝える。コロンは身を縮こまらせながら素直に後退した。

「……時間を稼がなくては」

 ルナは邪魔にしかならない剣を鞘に仕舞った。

 ダッシュして触手の間に飛び込む。女性を絡めた二本を除く八本の触手がルナを襲った。

 高速で振り下ろされ、又は絡め取ろうと伸びてくる触手を、ルナは驚嘆すべき身体能力で避けた。

 しかし、攻撃ができないのではジリ貧である。持久力も高い彼女だが、体力は無限ではない。

 間断なく繰り出される攻撃を避け続け、さすがに疲れが出てきたとき、波が寄せてきた子供用の浮き輪に気づかず、ルナはそれを踏んだ。

「わっ!」

 わずかに足を滑らせたのが命取りとなり、ルナは巨大イカの触手に身体を絡め取られた。

「くっ……! しまった!」

 身体をぐるぐる巻きにされ、高く持ち上げられる。

「ル、ルナちゃーん!!」

 親友のピンチに、叫びを上げるコロン。――が、同時にコロンは、空に星のように光る銀色の飛行物体に気づいた。

 それは陸の方から飛んできたようだが、いったん巨大イカの上を通りすぎ、海上でUターンして戻ってきた。

 ジェット戦闘機のようなスピードで近づいてきて、点のように小さかったのがどんどん大きくなってくる。それは――コロンも見間違いかと思わず眼を擦ったが――くっついて飛ぶ、二人の人間のようだった。

 海面すれすれを飛行し、衝撃波で水柱が立つ。まっすぐこちらへ向かってくる飛行物体は、沖合百メートルで二つに分離した。分離したというか、航空機が自由落下する爆弾を切り離したような感じだった。

 切り離した方は急上昇し、再び高空へと還った。太陽を背にしたその影は、確かに人間の形をしていた。

 切り離された方は身体を丸め、水切りの石のように海面を跳ねた。

 水飛沫を上げて、一回、二回、三回と水の上を跳ね、最後に鮮やかに身体を一回転させて――


 ズザザザザザーーーーー!!!!


 と、走り幅跳びの姿勢で砂浜を十メートルも滑り、着地した。巨大イカの足元である。

 尻を地に着けることなく、スッと直立する。

 仁王立ちになったその姿は――ぶかぶかの銀色の消防服を着た、子供だった。

 黒い防火面を跳ね上げると、目元を覆う濃緑のマスクをつけた顔が現れた。

「ほ、ほむらちゃん!?」

 見覚えのある顔に、コロンが素っ頓狂な声を上げた。さっきルナがその名を口にするのは聞いていたが、登場の仕方が意外すぎた。

「ほむら! こいつをイカ焼きにしろ! 人を焼かぬよう気を付けろ!」

 触手に絡められたままルナが叫ぶ。ほむらは無言でうなづいた。

 防火服のポケットからスキットル――酒飲みがウイスキーを入れて持ち歩く金属製のボトル――を取り出し、蓋を開け中身を口に含む。

 頬を膨らませながら、もう一方の手でジッポーライターにトリックを決めて火をつける。どれも九歳の子供には似つかわしくない行為だった。

 ほむらは鼻から大きく息を吸い、顔の前に掲げた火に向かって口をとがらせ、勢いよく液体を吹き出した。


 ゴオオオオォォォォォッッ!!!


 火吹きの大道芸とはレベルが違った。太陽のような黄白色の炎が細長く百メートルほども伸び、巨大イカを襲う。炎の色が白っぽいのは温度が高い証拠である。


 ぐぁおおおぉぉぉぉぉぉ……!!


 恐るべき火力だった。ほむらは火炎を自在に操り、うまく人を避けて巨大イカの触手を焼いた。巨大イカが堪らず地鳴りのような叫びを上げる。

 口に含んだ液体の量はわずかなはずなのに、炎は三十秒ほども続けて噴出した。

 炎が途切れるとスキットルを咥えて液体を補充し、すぐに噴射を再開する。コロンはようやく、「あ、そっか。『ほむら』って、炎のことだ」と思い出した。

 巨大イカは耐えきれず捕らえていた人間を離した。どぼん、どぼん、と女性二人が海に落ちる。

「わっ、わっ! おぼれちゃってる、大変!」

 背が立つ深さのはずだが、パニックになっておぼれている。コロンが救助に向かった。

 ルナも触手から解き放たれ、海に落下した。すぐに立ち上がり、腰まで海水につかってほむらに指示を飛ばす。

「よし! 人質はいなくなった! ほむら、思う存分やれ!」

 ほむらはうなずき、液体を補充した。

 胸を反らせて鼻から息を吸い、充分溜めてから思いきり炎を吹き出す。

 円錐状に広がった火炎が巨大イカを襲う。火力が数倍になっていた。さっきまでの攻撃は人質がいるためセーブしていたらしかった。

「ひゃあぁぁ! あ、熱いよぉ!」

 コロンの頭上でイカが火だるまになっている。火傷するほどではないが、電気ヒーターが近くにあるような熱気を感じながら、コロンは女性二人を肩に担いだ。

「あれ? 全然軽いや?」

 そう言えば“ココロ”がある状態で身体能力を発揮するのは初めてだった。コロンはやすやすと成人女性二人を抱え、砂浜に避難させた。

 ようやく難を逃れた女性たちは、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、救世主のようにコロンを見上げた。

「た、助かった……ありがとう! コロン!」

「コロン、ありがとう! 気をつけて!」

 二人は口々に礼を言って、陸の方へと走って逃げた。コロンはちょっと誇らしい気持ちになって、再び戦場へと駆け戻った。

 波打ち際ではほむらの火炎攻撃が続いている。巨大イカは全身を炎に包まれ、苦しんでいるが、それでも死に絶える様子はなかった。大蜘蛛同様、しぶとそうだ。

 それはそうと、海からの風が、壮絶な戦いの場には全くそぐわない、イカが焼ける香ばしい匂いをビーチ中に漂わせていた。

 コロンはそれを嗅いで、忘れていた空腹感を思い出した。お腹が、く~っ、と音を立てる。

「ほむら! もうよいでしょう、あとはわたしが切り刻みます!」

「……」

 ほむらが口を閉じると炎は一瞬で消えた。口の中に残った琥珀色の液体を、ペッと吐き出す。巨大イカはこんがり茶色く焼き上がっていた。

 ルナが動きが鈍った触手を階段代わりにして駆け上がる。

 触手の根元めがけジャンプし、長剣を一閃! 一抱えほども太さがあるそれを、見事に両断する。

 触手は外側がカリッと、中はとろ~りジューシーに焼けていた。チーズフライみたいだった。


 ぐごおぉぉぉぉぉ……!!


 巨大イカが腹に響く重低音で叫ぶ。ルナはひるまず、触手から触手へ飛び移り、続けざまに五本を切断した。

 形勢不利と見たイカが攻撃目標を変える。残った触手で身体を支え直し、一番長い触手が波打ち際にいるコロンに向かって振り下ろされた。

「きゃあっ!」

 コロンが頭を抱えてしゃがみ込む。ルナはその動きを読んでいて、素早く砂浜に向かって飛び、コロンの前に着地した。振り向きざまに触手の先端を切り落とす。

 切り離された二メートルほどの触手が弧を描いて飛び、コロンのすぐ脇に、ズン、と落下した。

 コロンが「ひゃあっ!」と悲鳴を上げる。触手はこんがり美味しそうに焼けていて、ほわほわと湯気が立っていた。

「コロン、大丈夫ですか!」

 ルナがイカに正対したまま背後にいるコロンに聞いた。

 ぺこぺこのお腹を抱えてイカゲソをじーっと見ていたコロンは、口の中に溜まった唾液を慌てて飲み込み、返事した。

「あ、う、うん! 大丈夫!」

「敵はもう半分死んだも同然ですが、最後まで油断しないでください」

「は、はい!」

 とどめを刺そうと足を踏み出したルナは、イカの口の妙な動きに気づき、ハッとして足を止めた。

 居合抜きのように腰のパラソルを取り出し、イカに向けて傘を開く。

 巨大イカがイカスミを噴射した! 真っ黒な液体が消防車の放水のような勢いで二人を襲う。

 間一髪、パラソルは直径四メートルほどにバッと広がり、イカスミ攻撃を防いた。辺りの砂が黒色に染まったが、コロンとルナは一滴もスミを浴びなかった。

 噴射が止んでからルナはパラソルを脇へ除け、勝ち誇った顔で巨大イカに叫んだ。

「ふっ! このルナ、同じ轍は二度と踏まぬ! 貴様の攻撃など、お見通し……」

「ぶえっ!! うえぇぇっ!!」

 突然背後からコロンの苦しそうな声がして、ルナは驚いた。

 どこから攻撃を受けたのかと思い、焦って後ろを振り向く。

「ぶぇぇ! ま、まずっ! うぇぇん!」

 コロンが泣きながら口から白いかけらをペッペッと吐き出していた。

「た、食べたのですか!? アホですかコロン!?」

 三年の付き合いで初めてルナはコロンを「アホ」と言った。

「うわぁぁ、口がヒリヒリするよぉ! 気持ち悪いぃ! ふえ~ん!」

 よほど不味かったのか、コロンはルナの叱責も耳に入らない様子で泣き叫んでいる。ルナは心底呆れた。

「何を考えているんです! あ、“悪しきココロ”を口にするなど……」

 ルナは完全に油断した。巨大イカに向けた背中に、彼女はもろにイカスミを浴びた。

「うわぁぁっ!」

「きゃあぁぁ!」

 コロンも大量にイカスミを浴びた。ピンクの髪とロリータ戦闘服が、八割がた黒く染まった。

「コ、コロン! 大丈夫ですか!? くそ、眼、眼が……!」

 ルナは背後からのスミを浴びたのだが、あまりにも大量だったため顔まで黒く染まっていた。スミが眼に入り、前が見えない。

「うえぇぇぇん! お口痛いぃ! イカスミベタベタするよぉ!……む、胸が、胸が痛いよぉ~!」

 コロンの胸の痣が、山吹色に光った。

 中から押し出されるように、丸い輝きが膨らんでいく。

「あっ……うう……あっ、ああぁっ!!」


 ぽんっ!


 胸の痣から、山吹色の炎を纏った球体が飛び出した。コロンの顔の前で、ふわふわと宙に浮いて揺れている。

 膝を立てて、コロンがゆっくりと立ち上がった。

 その顔は全く無表情で、“ココロ”が失われていた。

 “ココロ”のないコロンを初めて生で見るほむらが、ほんの少し眼を大きくした。

「すっごく不味いの食べさせたな……“ココロ”がキュ~ってしたぞ……」

 自分が勝手に食べたのだが、イカを含め突っ込む者はいなかった。

 本能で危険を察知したイカが触手を振りかぶり、コロンめがけて振り下ろす。

 コロンは一瞬で腰の剣を抜き、ブーメランのように投げた。長剣は回転しながら弧を描いて飛び、イカの触手を切断してコロンの元へと戻ってきた。手元も見ずに柄をキャッチし、鞘に収める。

 触手の大半を失った巨大イカが雄叫びを上げる。コロンは矢を一本取り出し、“ココロ”を貫いて矢に纏わせた。

 弓に矢を番え、ギッ!と力強く引く。小さかった弓が地につくほどの大弓となる。


寂滅じゃくめつせよ!」


 コロンが矢を放つ。レーザーの如く一直線に矢が飛び、巨大イカの眼の間に突き刺さった。

 山吹色の炎があっという間に広がって、イカの身体を覆う。それはほむらのそれとは全く性質の異なる、“悪しきココロ”を焼き尽くす炎だった。


 ぐおぉぉぉ、ごわおぉぉぉぉぉぉ………!!!


 恐ろしい悲鳴を上げ、巨大イカはこの世から消失した。あとには巨大なサーフボードのようなイカの甲が、海面にぷかぷかと浮いているばかりだった。コウイカだったらしい。

「う、うう……コロン、た、倒したのですか……?」

 眼についたスミを拭い、ようやく前が見えるようになったルナが、無表情で弓を持ち立つコロンを認め、聞いた。

 コロンは首をひねってルナに向いたが、その顔に表情らしきものはなかった。

 弓を収め、コロンは黙ってルナに歩み寄り、そばに膝をついた。手を伸ばし、ルナの胸のリボンを解く。

「コロン……」

 戦いのあとの、表情のないコロンの顔を見ると、ルナはいつも切ない気持ちになる。

 リボンがシュルシュルと渦巻きを形作る。円盤型になって、砂浜の上にふわふわと浮いてる。

「……ルナ」

「……はい、何ですか、コロン」

「……帰って、風呂に入ろう」

「は、はい……」

 初陣の時ほど激しくではないが、ルナは少し泣いた。

 コロンは一時的に“ココロ”を失っているだけで、時間が経てば少しずつ“ココロ”が蓄積されて、元に戻る。

 しかし今は、“ココロ”をなくしたばかりの、空っぽの状態だ。

 それなのに真っ先に自分の名を呼び、声をかけてくれることに、ルナは感動するのだった。

 コロンがスクッと立ち上がり、ほむらを呼んだ。

「ほむら、一緒に帰るぞ」

 ほむらはちょっとビクッとして、しかし、すぐに駆けてきた。

 コロンがルナをお姫様抱っこして、ほむらはコロンの脚にすがるようにして、三人がリボンの円盤に乗った。リボンは三人の重みにも充分な浮力を有していた。

 三人を乗せたリボンは、高く飛んで空の彼方に消えた。

 ビーチに集まった人々が、大きな声で「ありがとう」と叫び、その姿を見送った。その声は、三人の姿が見えなくなっても、長い間空に向かって叫ばれ続けた。





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