【10】話題の二人
明けて翌週、月曜日の朝。
いつものように、こころと月子は一緒に登校した。
いつもの時刻、いつもの通学路だが、今日はどうも雰囲気が違った。
前から後ろから、覗き見られているような視線を感じる。原因はわかっているのだが、これほどの影響があるとは思わなかった。
月子は平気な顔をして歩いている。こころは居心地の悪さを感じながら校門をくぐった。
二人は揃って一年A組の教室に入った。待ちかねていたように五十嵐シンディーが飛んでくる。
「あーっ! おっはよー! こころ!」
「わっ! お、おはよう、シンディーちゃん」
朝っぱらからハイテンションなシンディーに若干引きつつ、こころは挨拶した。
「ねえねえ、見た見た? 魔法少女ココロリータ!」
やっぱりそれか、とこころは思った。一昨日から日本中がこの話題で持ちきりである。
突如現れた怪物を特殊能力を持ったヒロインが撃退するという、アニメや特撮の世界でしかあり得ないことが現実に起こったのだ。人々の興味をひかないはずはなかった。
大蜘蛛との戦いはテレビ局が来ていただけでなく、多くの人が動画を撮影していたので、事件以来テレビ局は番組編成を変更してその映像を繰り返し放送している。
謎の怪生物が出現し、「ココロリータ」と名乗る魔法少女がそれを撃退した。魔法少女は「コロン」と「ルナ」の二人組。テレビは概ね間違いのない情報を流していた。
世の常でテレビ局のやらせ説や「ココロリータ」と怪物のグル説なども持ち上がったが、そういう否定的な声はごく少数で、世間の大半は怪物の出現を信じ、魔法少女を応援していた。
幸い死者は出なかったものの、観覧車の乗客は全員が何らかの怪我を負い、大半が高所恐怖症になった。
観覧車はフレームや基礎部分がひどく損傷しており、復旧は不可能とのことであった。専門家によると、あのまま大蜘蛛に揺さぶられ続けていたら、倒壊していた恐れがあるという。
観覧車の乗客とその家族は、ココロリータに心から感謝した。そして、日本中が彼女らの勇気ある行動に賞賛を送ったのだ。
「小っちゃい方のコロンがさぁ、大蜘蛛をビシッと指差して言うんだよねえ」
シンディーが黒板を指差しポーズを決める。
「魔法少女、ココロリータ! 怖いけど、戦うっ!! くう~っ、! しびれる! 可愛いっ!」
両のこぶしをギュ~ッと握りしめる。こころは口の端を引きつらせて苦笑いを浮かべ、月子はあきれ顔で自分の席に着いた。
「このさぁ、『怖いけど、戦う』ってのが正直でいいんだよね~! そりゃ怖いよね、あんな化け物。怖いのはあたしたちと一緒なのに、それでも世のため人のため、得体の知れない化け物と戦おうってんだからさ~! なんて健気なんだろうってあたしもう、感動して泣けてきちゃって……」
シンディーは本当に眼を潤ませて、目尻を指で拭った。彼女は単純でアホだが、言い換えると素直でピュアでもあるのだ。
「でさー、啖呵切ったわりにはコロンはヘタレでさー、ルナの方がめっちゃ強くって、すげーっ!って思ってたらやられちゃって。でも、相棒のピンチを救ってとどめを刺すのはコロンなんだよね-! スーパーサ○ヤ人みたいに急に強くなっちゃって、『寂滅せよ!』って、も~~~! 超超超カッコいいんですけど!!」
めちゃめちゃ興奮しているシンディーだった。
しかしこれはシンディーに限ったことではなく、ココロリータはわずか二日で日本中に熱狂的なファンを生んでいた。
特に女子小中学生と大きいお友達が多く、日曜朝アニメのファンが総出で流れてきているらしかった。
「はあ、いっぱい喋っちゃった。次の戦いも頑張ってね、コロン」
「アレあたしたちじゃないよ、シンディーちゃん」
サラッと受け流され、シンディーは口をとがらせ残念そうな顔をした。
「ちぇっ、うっかり白状するかと思ってカマかけたのに」
「お母さんにも言われたよ、『アレあんたたちじゃないでしょうね』って。あたしもニュース見て似てるなって思ったけど、あたし空飛んだりできないし」
「ふ~ん、そうかねぇ……」
シンディーは眼を細めてこころをジロジロ眺めた。
こころは何食わぬ顔をしていたが、内心は冷や汗ものだった。ニュース映像を見て、ほとんど変装になっていないと自分でも思っていたのだ。
マスクで顔を隠していたものの、顔の下半分は見えていたし、何より小柄なコロンとスラリとした長身のルナの組み合わせが、こころと月子そのままだった。
その他にも髪型や言動など共通点があまりにも多く、こころと月子を知っている者はみな、二人が魔法少女ココロリータの正体ではないかと疑っていた。
「名前まで似てるんだよねぇ。“こころ”に“コロン”だし、“ルナ”って月って意味なんでしょ? 共通点多すぎるよね……ねぇ、絶対秘密にするから、あたしにだけ正体明かさない?」
「違うってば。もう、授業始まるよ」
授業開始のチャイムが鳴る。シンディーは未練がましい顔で席に着いた。
ずっとシンディーに絡まれていたので気がつかなかったが、クラスのみんながチラチラとこころと月子を覗き見て、近くの席の者とヒソヒソ話をしていた。居心地悪いことこの上ない。
こころが首を捻って斜め後ろの席の月子を見た。
眼が合ったが、彼女は小さく首を振って「気にするな」という合図を送っただけで、すぐに眼を逸らし次の授業の準備を始めた。
親友が取り合ってくれないのでこころは前を向き、溜息をついて鞄から教科書を取り出すのだった。
☆
放課後、帰宅部のこころと月子はいつものように一緒に帰路についた。
「はあ、今日は疲れちゃったねえ、月子ちゃん」
「こころは気にしすぎですわ。人の眼など無視すればよいのです」
疲れて猫背になっているこころに対し、月子はピシッと背を伸ばして歩く。残りHPの差が歴然だった。
今日は、トイレに行けば廊下で好奇の視線を浴びせられ、教室にいればわざわざ他のクラスから見に来た生徒に窓越しに覗き見られと、まるでスキャンダルを引き起こした芸能人みたいな一日だった。
おまけに、休み時間に職員室に呼び出された。長々と詰問を受けるかと思ったのだが、そこは月子が担任の青山に顔を合わすなり、
「先生まさか、わたしたちが魔法少女ではないかとか、そんな非現実的で非常識で非科学的なことを聞くために呼び出しのではありませんわよね?」
と牽制したので青山は何も言えなくなり、すぐに帰された。
こころは元より目立つのが好きな性格ではない。“悪しきココロ”と戦うのは世のため人のためとやぶさかではないが、好奇の眼に晒されるのはゴメンだった。
「……あのね、月子ちゃん、これからまた“悪しきココロ”が現れることあるんでしょ?」
「ええ、もちろんですわ」
「そのときにさ、授業中だったらどうするの? 『先生、あたしと月子さん、具合悪いので保健室行ってきます』って出て行くの? それで保健室にいなかったら、もう正体バラしてるのと一緒だよ?」
「問題ありません。そんなことは想定済みですわ」
月子は事も無げにそう返した。
コピーロボットでもあるのだろうか? とこころは思ったが、月子がそう言うなら大丈夫なのだろうと、それ以上は聞かなかった。
「ねえ、“悪しきココロ”って、どうしてあんな姿をしているの? 今度現れるときも、蜘蛛みたいなのが出てくるの?」
「良い質問です。実は次に“悪しきココロ”がどのような姿で現れるかは、予想がつかないのです。
封印から逃れたばかりの“悪しきココロ”は、実体がありません。それでは不安定なので、“イキモノ”に憑依するのです。実体を得た“悪しきココロ”は、“イキモノ”を変質し、強化、巨大化します。それであのようなまがまがしい姿になるのです。
一般に下等生物と呼ばれる“イキモノ”の方が精神的に支配しやすいので、多くの場合、虫や爬虫類などに取り憑きます。人間に憑依することは、まずないでしょう。
どんな“イキモノ”に憑依するかによって、敵の特性は大きく変わります。臨機応変に対応しなければなりません」
へーえ、とこころは他人事みたいに相づちを打った。戦うのは自分もなのだが、まだ実感が湧かない。
「わかった、心構えはしておくよ」
「お願いいたします。月影家だけでは“悪しきココロ”は倒せません、こころの力が頼りなのです。……ところでこころ、水着は買わないのですか?」
「話が飛ぶねっ!?」
真面目な話から180度反転したので、こころは仰天した。
「だって、この間は結局買えなかったでしょう。今週末は一緒に海に行くと約束したではないですか」
「何かもう、海とかいう気分じゃないよぉ。いつ“悪しきココロ”が現れるかわからないのに、遊んでていいの?」
眉をハの字にして困り顔をするこころ。しかし月子はノリノリだ。
「何を言っているのです。それを言ってはお風呂にも入られないではないですか。
いつ現れるかと四六時中緊張していてはストレスで参ってしまいます。どこで何をしていようと、事が起きればすぐ出動する準備と心構えができていればよいのです」
日々鍛錬にいそしんでいる月子が言うと説得力があった。同じ事をシンディーが言ったらサボる口実としか思われないだろう。
「そ、そうかなぁ……」
「せっかくこころの水着姿を」月子は口の端から垂れそうになったよだれをすすった。「拝める機会なのですから、台風でも来ない限り予定を変更する気はありません」
「いま『じゅるっ』って音したよ!? 何の音!?」
「何でもありません。善は急げです、いまから買いに行きましょう」
月子はスマホを出して如月を呼んだ。三分も経たないうちにリムジンが到着し、こころは拉致されるようにショッピングセンターに連れて行かれた。




