【1】プロローグ ~オープニングだけはシリアスに~
どしゃ降りの雨が降っていた。暗雲が立ちこめる空を、ときおり雷が白く染める。
森の中を蛇行する山道は、泥水の流れる川と化していた。
雨音をかき消すように、エンジンが響く。泥流に逆らって、大型の四輪駆動車がタイヤを半分沈ませながらも、力強く登っていく。
ハロゲンランプを備えたヘッドライトも、外灯ひとつない暗闇の上にこの雨では、懐中電灯のように頼りなかった。
著しく視界が悪い中、横滑りする車体をなんとか操って、運転者は山の中腹に位置する広場にたどり着いた。
停車するなりバタバタとドアが開き、黒いパンツスーツに身を包んだ四人の女性が飛び出してくる。
無個性だが隙のないその姿は、米国の対宇宙人機関、MIBを彷彿とさせる。歳は全員二十代後半といったところだ。
四人は豪雨を気にもとめず、広場の奥へと走り出す。漆黒のスーツはあっという間に泥だらけになった。
「落雷したというのは確かか!」
先頭を走っていた女が首を後ろに振り向けて、雨音に負けぬよう叫んだ。後ろにいた者が走りながら答える。
「わかりません! しかし今夜はこの山にいくつも落雷していて……それに、封印岩の監視カメラが故障しています! 直撃はしていなくても至近距離に落ちた可能性が……」
奥に円形の高台がある。そこは広場よりも五メートルほど高くなっていて、中にあるものを人目からから避けるように、ぐるりと広葉樹が植えられている。
石段を駆け登り、樹木の幹の間をすり抜けた四人は――足を止めて、立ち尽くした。
「そんな……」
先頭を走っていた女が力なくつぶやく。他の三人も荒い息に肩を上下させながら、虚脱したような表情を浮かべていた。
四人の視線の先には、高さ三メートルほどの大岩があった。それはぱっくりと二つに割れており、鋭利に切り立った断面を見せていた。
まだらに黒く焦げ、熱を持っている。この豪雨でも容易に冷えることなく、湯気を放っていた。
岩に巻かれていたと思しき注連縄が、ほとんど炭化して地面に落ちている。
「くっ……」
先頭の女が歯噛みする。事態の深刻さに身体が重くなるのを感じたが、使命感が彼女を奮い立たせた。ぐっと背筋を伸ばし、三人に向かって振り向く。
「気配を感じるものはいるか!」
三人は不安げな顔を見合わせたあと、眼を閉じて気配を探った。しかし、何も感じられず、三人は残念そうな顔で首を振った。
「如月隊長、何も……何も感じられません! “悪しきココロ”は、封印を逃れ、世に散ったものと推察されます!」
如月と呼ばれた女は、悔しげな顔で唇を噛んだが、すぐに表情を引き締めて、部下に指示を飛ばした。
「二名はここに残れ! わたしと一名は下山し月影家に報告する! 万一“悪しきココロ”が残っていても戦うな! お前たちでは勝ち目はない! 戦闘より報告を優先せよ!」
「ハッ!」
額に手を当て、敬礼する。如月は車に向かって早足で歩きだした。一名がその後を追う。
「……月子様……あなたのような優れた守護者の代で、“悪しきココロ”が復活したことは、我々にとっては、不幸中の幸いであったかもしれません……」
雨を浴びながら、独り言のようにつぶやく。
「あとは、言い伝えの力が……言い伝えが、本当でありさえすれば……いや、必ず……」
自分に言い聞かせるようにつぶやきながら、如月は車へと急いだ。