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ロストエデン  作者: 蘇芳蒔菜
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Episode1 予視少女 1

 広大な都市の大きな交差点。


かつては人混みに溢れていたであろうそこは、今や無人のアスファルトジャングルである。

だが、一人。その孤独で無駄に広い空間を横行する少女が居た。


 見た目は17歳前後、ぱっと見は可愛らしい少女にも見える。だが、両手の裾からチラリと覗く銀色の鋭い刃が、変わりなく差し込む太陽光を反射させる。また、ドス黒くこびり付いた赤い液体は、その少女が如何に凄惨な事を行ってきたかを物語っていた。


少女、いや【独立起動体ヒューマノイド】は、周囲をキョロキョロと見回した。

 彼女達に備え付けられた機能、ソナーの効力が発揮されたのだ。音、匂い、熱、そういった人間で言う五感が、もっと鋭敏化した状態で彼女らには備わっている。


「……サーモグラフィーに人体反応有り。ここから南西に300m」


そうつぶやくと、さも当然のように足裏で軽く地面を蹴る。

ただそれだけの挙動で、地面が軽く陥没し、先程まで見えていた少女は彼方へと消えていく。





◆◆◆





 「やべえなぁ…」


緊張感の無い声で、少年は頭を無造作にガリガリと掻きむしった。

 見た目は19歳ほど、だがそれは少年の背が一般より少し高いせいだろうか。目鼻立ちは案外整っており、美形とは呼べなくとも、中の上を名乗る程度には遜色ない顔立ちだ。


そんな少年は一つ溜息をつくと、遥か水平線をみやった。

高速でこちらへと直線に突き進む謎の物体、それは少年にとって見覚えのあるものだった。


「きやがった…!」


少年は近場にあった金属バットを握る。

 実際鋼鉄同士のぶつかり合いに於いて、人間の腕力が関与する余地など皆無に等しい。しかも相手は時速何百キロのレベルでこちらへと移動しているのだ。はっきり言えば傷つくどころか、下手をすれば自爆と言う結果に陥るかも知れない。


ただ、少年の目に迷いはない。

いや、どちらかと言うと、そうする他に手立てがない、そんな選択肢を渋々選んだような顔だ。


「……ターゲット、ロックオン。約5秒後に接触」


無機質な機械音声が少年の耳に届く訳もなく。

無残にも少年に向けて、時間通り、ピッタリ五秒後に少女は突撃した。

両腕の裾から飛び出した鋭利な金属が、嫌な音を立てて少年を貫く。


「ガッ…!!」


痛みを訴える事もできぬまま、少年は突き刺された状態で地面によって引きづられる。

その一瞬の出来事は、まるで牛肉や豚肉の加工を見ているような、圧倒的な手際の良さがある。

深く突き刺したそれを抜き取り、少女は少年に背を向けて歩き出す。


「……ッチ…。あれを打てりゃ、大リーガーだって夢じゃねえぜ…」


最後の最後に皮肉を漏らし、少年はがくりと項垂れた。

 少女は振り返ることなどせず、来た道を戻っていく。その歩みに淀みはない。一定の歩幅感覚を保ちながら、一定の速度で少女は歩く。ぶら下げた銀色に輝く刺突剣が、所在無げにぶらぶらと左右に揺れる様は、どうにもその場の雰囲気にはそぐわないものだった。





◆◆◆





 それから数分後。


大量の血液を撒き散らし、まるで狂人に襲われたかのような有様となっている大きめの道路。

即死したはずである少年は、むくりと上体を起こした。


「……行ったか、ってか壊せたかなぁ」


ガリガリ、とまたも緊張感の欠片も感じさせない挙動で頭を無造作にかきあげる。


 少年の体は確かに少女の一撃で大きな穴が開いていた。心臓にこそ達していないが、大半の臓器は活動出来る状態ではなく、下手をすれば死滅していた可能性すらある。否、どちらかといえば一度死んだと言うべきだろうか。


だが、少年はまるで無傷を装ってゆらりと立ち上がった。

その時、ゴトリ、とポケットから5インチ液晶のスマートフォンが落ちた。


そのケースには、まるで自分の存在を刻み付けるように、名前が彫られている。

朱島天童あけしまてんどう、そこにはなかなかに達筆な文字でそう書かれていた。


「……ま、取り敢えず壊したなら三日は無事かね」


天童はその場から立ち去っていく。

そこは世界的に見ても現在、最も危険地帯である東京都の元一区画。

今では23あった区画もたったの4つに分類され、かなり簡素なものになっている。


そしてここは、中でも危険な【第四区画】

最も多くの【独立起動体ヒューマノイド】が横行する、地獄の空間だった。




◆◆◆




 「ったく、土手っ腹にばっつり穴ぁ開けやがって…」


第四区画、取り敢えずその区画においては安全と呼べるエリアの高層マンション。

そこのエントランスホールのソファに倒れ込んで、ぶつくさと文句を垂れ流す。


「アレがなきゃ確実にお陀仏だったんだろーなぁ…」


そう呟く天童の瞳は、虚空を映しており、そこには何もなかった。

ただそれも束の間、天童はソファから立ち上がるとそそくさとマンションを後にした。


それから数分、近場のコンビニから未だ放置されているインスタント食を掻払う。

 事実天童は今までもこうして生計を立てていた。彼にとってアレと呼ばれる不可思議な力以外に、高校生以上の何か特別な素質があるわけではない。五年前までは、まだ幼く拙い頭脳の出来を持つ中学生であったのだから、そこに食物の生産技術など入り込む余地はない。


実際彼の体は特異であり、偏った食生活にもなんら支障をきたさない。

都合のいい体だ、と天童自身も思っているのである。


「……さってと、これでまずは一体送還だ。あとは何体居るかねえ」


既に人波は消え失せた廃墟が立ち並ぶ都市部。

たった一人、天童はその特異性を活かして、微力ながらの対策を行っていた。


 天童は先程自暴自棄になってバットを振り抜いたわけではない。勿論自分は死なないと自惚れた結果でもない。理由は単純明快、彼女らはあくまでロボットだ。高性能なコンピュータ程、些細な変化が急速なスペックダウンに繋がる。


天童の狙い目はたった一つ、右鎖骨に埋め込まれた記憶装置である。

 それにはその日見たもの、殺した人間、探査結果。ありとあらゆる視覚が手に入れた情報を溜め込みボスである【独立起動体司令塔マザーヒューマノイド】に転送する為の装置なのだ。


幾ら天童が不死身に近い肉体があっても、複数名に集団暴行されては生き抜く確率はゼロだ。

と言う理由から、襲われた、もしくは見つかった場合は自爆覚悟で記憶装置を破壊する。


それが天童がこの五年間、その特異体質を活かして生き延びた方法だった。


「……昨日は三体、一昨日は四体。今日は二体だと嬉しいね…」


既に何度か殴りつけたせいで、微妙に歪が生まれているバットを片手に、天童は歩く。

アテもなく、意味もなく。ただ、彼女らをこの区画から一秒でも早く追い返すために。




◆◆◆




 同日 同時刻。


また場所も同じく第四区画にて、少女は少年を見つけた。

 少女の出で立ちは中々奇抜であった。と言っても今現在の世界情勢からすれば、と言う話であり、数年前ならオシャレと称されるであろう、所謂勝負服と言うヤツだ。


 若干のフリルがあしらわれたミニスカートに、腰丈まである白いノースリーブ。きめ細やかな肌が廃ビルを照らし込む太陽に反射して、艶かしくも美しく輝く。華奢でガラス細工にも似た感覚を植え付けられるが、その実、靭やかな筋肉が両足にはしっかりと備わっている。


少女は望遠鏡をのぞきながら、少年を観察していた。

緊張感を感じない、傲岸不遜な態度で危険な街を横行闊歩する少年。


「……朱島天童、かぁ」


ペロリ、と軽く唇を舌で舐める。

嫌味のない、癖とでも呼ぶべき行動なのだろうが、妙に色っぽい。

だが、今はそれも意味はない。なにせ見てくれている人間など居ないのだから。


しかし。


「……彼と組めば、私の目標も叶うかな?」


ゾクリ、と怖気を感じるまでの強い欲求を孕んだ瞳が少年を射抜く。

そして無言で望遠鏡を投げ捨て、少女は廃ビルを後にした。


置かれた古い机の上に、無造作に放り投げられた書類。

そこに、明らかに印刷とは違う、人間の筆跡があった。


宮篠彩鈴みやしのありす


それは、先ほどの少女の名前であると言う事に、今は誰も気付かなかった。



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