◆五話
リディアとボール投げをしていた広場から少しばかり離れた場所で、向こうからやって来た二人組を見て、リディアは固まった。
私達の姿が見える位置に来ると、なぜか、あっちも硬直した。
「……アンタ達、誰?」
私は素直にそう聞いた。
そしたら慌てたように後ろからリディアが背中をボコボコ殴って殴って殴って……。そろそろ痛いよ、キミ?
二人組の方も、私の言葉に驚いたようで、表情が固まってる。
「それ…素で言ってるのかな、お嬢さん?」
「もちろん」
一際強い一撃が私の背骨にクリーンヒット。ガチで痛いっつの!!
「もう、何!」
「ヒヨリ、マジでこの人達知らないの!?」
「それ位殴らずに口で言え!!」
そんなに有名人なのか? この人達。
そう思ってると、二人組の片方が微笑んで言った。
「初めまして。僕の名前はツァンド」
髪の色は濃いめの灰色。瞳の色は黒。柔和な笑みを浮かべる辺り、根っからのいい奴か、笑顔で本性隠す奴か。大抵の場合は後者に当てはまる。
「コイツはフォルトです。僕達を知らないとは、珍しいね」
そう言ってツァンドの背後で驚きと不機嫌をまぜこぜにした表情をしているの奴を紹介する。
銀色とも言えるような白い髪。ツァンドと同じ黒の瞳。エルフ耳。
…………エルフ耳?
「……その耳、ホンモノ?」
「……は?」
その時の私はさぞかし恍惚の表情を浮かべていた事だろう。だってオタクだもん。生エルフ耳よ、生エルフ耳!!
「コイツ、ハーフだからねー」
「ハーフエルフ!! スゲー!!」
ツァンドはノリの良いタイプなのか、私と一緒にハイテンションだ。
対するフォルトはずっと訝しげに私を睨んでる。リディアもだけど。
そんな事なぞお構い無しに私は騒ぐ。
「すごいよリディア!! 生だよ生!! 生見ちゃった!! 」
「何に感動してるの、ヒヨリ……」
「エルフだよ!? エルフ!! すっげー!! てっきり二次元だけの存在だと思ってた!!」
「…………………………」
重苦しい沈黙に、私に突き刺さる鋭い視線×2。流石にキツイ雰囲気になってきたかな……。
なんかツァンドまで「アレ?」って顔になってきたし。
「ヒヨリちゃんっていうのかな? キミ、本当に僕達を知らないのかい?」
「ん。だって、アンタ達がいくらこっちの世界で有名人でも、流石に異世界の奴の事知ってる奴は居ないでしょー」
その一言に、この二人も目を剥いた。
揃いも揃ってこの世界の奴らは。そんなに珍しいか、異世界人。うん、そりゃ珍しいね。
「ならば貴様が…“異界より来たりし青き者”か……」
「知らないわ」
知らないのだから知らないと言って何が悪い。
「ならばその力……試させてもらおう」
その言葉からのフォルトの行動は早かった。
背負っていた弓。それを左手に構える。矢を番える。
その流れが、一般的な速度より何倍も速い。
しかし、私の実力を舐めてもらっては困る。
この程度、見切れない訳がない。
矢が放たれる。私に向かって。一直線に。
……遅い。
私はその矢を、正面から受け止めた。素手――それも、片手で。
「!?」
「もう終わり?」
ツァンドがひゅいっと口笛を吹く。
リディアが呆気に取られている。
「まだ《リンク》の方は何が出来んのか知らないけど…いいわ」
疾走。構え。フォルトの至近距離へと間合いを詰める。
だが、フォルトも大人しく攻撃を受けるだけではなかった。
先程以上の早さで矢を番える。弓を引く。
私がフォルトの目の前に行くとほぼ同時。フォルトが番えていた矢を放った。
矢は一直線に飛ぶ。私に向かってではなく――リディアに向かって。
「リディア!!」
「!!」
私もツァンドも反応した。しかし、間に合わないのは明らかだ。
避けて!!
私がそう叫ぶ前に、変化は起こった。
キィン、という甲高く金属同士がぶつかる音。
リディアを狙って放たれた矢が、“それ”によって防がれた。
「…………盾…だと?」
リディアの前に突如として現れた、宙に浮いた巨大な“盾”。
思い当たった節は、ただ一つ。
「……“何もかもが有る”って…そういう事!?」
「ヒヨリ…心当たりが有るの?」
「い…一応……」
一応としか言えまいよ。あの女神の説明が少ない所為で、《リンク》がどういう能力なのか、私すら理解していないのだ。説明くらい最後までしてけってんだまったく。
まぁ、今ので何となく感覚は掴んだ。無意識にしろ、能力を使ったという感覚は有ったから。
しかし、まぁ、簡単に言えば、私はフォルトに対してキレていた。
理由は単純。
「なぜ……リディアを狙った?」
無関係なリディアに攻撃を仕掛けたから。
「テメェが狙うべきは私だろう。答えろ。なぜリディアを狙った……」
無事だったとはいえ、フォルトがリディアを狙って矢を放った事は明らかだ。
もし、リディアにフォルトの矢が刺さってしまっていたら、私はキレるどころでは済まなかっただろう。
「……素直に貴様を狙った所で、勝機は無かったのでな」
「勝機だと? ふざけた事ほざいてんじゃねーよクソ野郎が……」
闘志の展開。いやー、武闘系やりまくってると闘志のコントロール出来るようになるからいーよね☆
この場合、むしろ殺気だけど。
普段とまるっきり口調変わっちゃうし。
この状態の事を小学生時代に通ってた道場の師範からは“武闘モード”って言われてたっけ。気に入って覚えてたんだけど。
「なっ……」
膨れ上がった殺気にフォルトが気圧される。
私はフォルトに告げた。
「汝、死ぬ覚悟は、出来ているな?」
連携。喚び出し。
いつの間にか、私の手には例の亜空間から作り上げたナックルがはめられていた。
「私は、テメェみてぇな性格腐りきった奴が大嫌いなんだよ……」
向こうの世界で稀に痴漢の撃退とかしてたしね。
「……キメる」
素手というのは、思いの外威力が有るもので。漫画なんかでよく有る素手で人間を葬るという事も、やろうと思えば本当に出来たりするのだ。
フォルトに向け、握った拳を振るう。
それがフォルトに当たる、一刹那前。
キィィイン……
甲高い金属音。
一人の人物の剣によって私の拳は防がれ、攻撃を成し遂げる事は出来なかった。
「……なぜ、邪魔をするんです? ――ツァンドさん」
「いや、なぜって……相方が攻撃されて黙っとく近接担当は居ないでしょ」
その人物――ツァンドは、フォルトを殺傷するつもりで振るった私の拳を防ぎきった。それに私は、ただただ感心していた。今までに私の攻撃を見切れた人物は居なかったから。少なくとも、見切れても防げた人物は居なかった。
しかし、ツァンドの方も防ぐだけで限界だったらしい。剣を握る彼の手が震えている。
次をどう仕掛けるか思考していた時、ツァンドが言った。
「止めない? 僕らが争う理由なんて、無いと思うんだけど」
「ならばそいつが行った事はどうなる。争う理由が無いから争いを止める。しかし、そいつが行った事は無かった事にはならない」
彼は暫く黙った。
それから、何かを思い付いたのか、手をぽんっと打った。
「フォルト。とりあえず二人に謝って」
「……………………」
「彼らに謝れってば」
「……………………すまなかった」
なるほど、フォルトはツァンドの圧力に弱いらしい。
嫌々ながらにフォルトがこちらに謝った。
「僕からも謝ろう。相方が不躾な事をしでかしてすみません」
「あっ…いえ……私もついキレちゃったし…何より、一応リディアに怪我は無かった訳だし……」
私の頭もようやく冷えてきた。
自分がしようとしていた事を思い出し、全身から血の気が退いていくのが分かった。
……私、今、何しようとしてた?
私の頬を伝って涙が足元に零れてきた。
途切れる事無く涙が次から次に溢れてくる。
その涙を引き金にするように、嫌な思い出がフラッシュバックしてきた。
血溜まり。朱く染まった手。人だった塊。人でなくなったモノ。悪循環する感情。嘔吐感。消える平衡感覚。
膝から崩れ落ち、次から次に沸き立つ負の感情を一人ではどうする事も出来なくなる、寸前――
「ヒヨリ!!」
リディアの声に、我に返った。
顔を上げると、リディアが心配そうにこちらの顔を覗いていた。
「どうしたの? いきなり顔色悪くなったけど……」
「大丈夫。ちょっと黒歴史思い出しちゃっただけだから」
そう言って無理に笑おうとするが、引き攣ってしまって上手く笑えない。
それどころか、軽く体が震えている。
ふと、震えるその肩に、誰かがそっと手を置いた。それが誰なのかは、止まらぬ震えの所為で見なかったし、何かをしてもらった訳でもないけれど、その手が妙に優しく感じて。
私はそれに甘えるように、地面にへたり込んだ。
呼吸が整い、震えが治まったと私が思うと同時、手は私の肩からそっと離れた。
誰だったのだろう。考えようとして、止めた。
大概、こういうのは知らない方がいいと相場が決まっているのだ。どうって勿論フラグ的に。
だから、誰に、となく呟いておこう。
「…………ありがとう……」
そう言うと、リディアとツァンドが微笑んだ。フォルトは相変わらずのしかめっつらで一瞬こっちをチラ見しただけだったが。
「さて、僕らも実は暇じゃないんだ。喧嘩吹っかけといて悪いんだけど、これでお暇させてもらうよ。いつかきちんと詫びはしよう」
「詫びなんて! それならこっちこそ引き留めてごめんなさい!」
用事が有るなら悪い事をした。最初に声をかけたのは私なんだから。いや、そもそもはあっちが意味ありげに見詰めてきたからなんだけど。
「…………オイ」
「?」
不意にフォルトが声をかけてきた。攻撃仕掛けた事に怒っているのかと不安に思ったが、なかなか話しださない。
痺れを切らして、私の方から尋ねた。
「何?」
「……………………いや、何でもない」
呼び止めといて「何でもない」ですか。そりゃ無くないですか。ま、いーけど。
「それじゃあ、またどこかで」
二人は、そう言い残して私達の前から去った。
本当に何だったのよ、あの人達。