◆十九話
この世界で、私に一番関係の有る事。なんだかんだ、詳しく聞く機会を逃していた事。
私はそれを、恐る恐るといった風にツァンドさんに尋ねた。
「“予言”って、何なんですか?」
彼は意表を突かれたとも予想通りだったともとれるような顔になり、やがてこう言った。
「アレは一言では説明しきれない…というか、まず僕自身が“正しい予言”を知らないんだよね」
それは似たような事をアクリアも言っていた。他言する事が出来ない“本流の予言”は、民衆に伝わっている“予言”と別に有る、と。
「“予言”にはクレシュエンド家に伝わるものから枝分かれしたいくつものパターンが有る。地方によって伝わっている内容はまるで違うが、王都に近ければ近い程“本家”に近い“予言”になっているようだ」
言ったのはフォルトだ。表情は相変わらずの仏頂面、口調もあまり抑揚無く、淡々と言っているように感じられる。
「王家のが“本物”で…レプリカが多いって感じ?」
「まぁそんなところだな」
「それって……そのレプリカ全部確認すれば“本物”に近い仮説が立てられんじゃ……」
「………………俺達が王家専属騎士に所属してなお例外として放浪なんかしてる理由が“それ”だよ」
「……放浪人だったの?」
「そっからか……」
そう呟かれて少しむっとした。知らないから聞いているってのに、呆れられたような口調で言われたらきっと誰だってそうなるだろう。
にしても、旅人か。情報追加だな。
「んじゃ、今んとこ出来てる“仮説”教えてよ!」
「は?」
「だってそういう事でしょ? たぶんその放浪ってのも決して短くはないんだろうし、現時点の“仮説”くらい有るんでしょ?」
「いや…確かに無くはないが……」
「教えて」
無言。私も黙ってフォルトを睨む。フォルトはさっきから迷っているのか、時々視線を外しながら溜息を吐く。
しばらくその状態が続いて、先に折れたのはフォルトの方だった。こういう時の我慢強さには自信有るからね。
「……“色”が二つ。選ぶのは、“破壊”か“救済”。世界の末路は、その二人が決める。……ここまでが、今出てる所だ」
二色。破壊。救済。世界。末路。選択。決定。――新たに芽生える小さな疑問。
それを聞いてはいけない。聞きたくない。そう思っても、なぜか私は、その疑問を口にした。
「その…“二つの色”って…何色と……何色?」
自分でも気付かない内に、その声は震えていた。
片方が私の“青”である事は分かっている。でも、フォルトが述べたそれだと、予言に関わっているもう一人の“有彩色の者”が居るという事になる。それが、何色なのか。
それに対して、フォルトは変わらない口調で答えた。
「“青”と――“赤”」
その言葉で、心の中に一人の心当たりが浮かぶ。そして、息が詰まる。その人物の事を思い出す。いつもの悪循環が始まる。視界がブラックアウトする――一瞬前。
「日和!?」
フォルトの声で我に返る。この前といい今といい、あの循環の時にそばに人が居て本当によかったと思う。下手をすれば、アレは一人では抜け出せないのだ。
“あの日”以来、もしかしなくても私の中にしっかりと根付いてしまっているトラウマ。なぜあんな事になったのかと、俯きながらその事を思っていると、ふとついさっきの微かな違和感を思い出した。
「…さっき……呼び捨てた?」
「お前はずっと俺の事を呼び捨てだろう……」
「それよりも“王族専属騎士”の方はいいんだ……」
「はひ?」
リディアの何気無い一言に変な声が出た。それから、これまでの話を思い出す。どこでそんな事を言ったし。
教えてもらった内容の振り返りも兼ねて、会話を思い出していると、放浪がどうとかの所でそんな事を言っていた気がしなくもない。
「王族専属騎士って…偉いんだよね?」
思わず少し上ずった声でリディアに尋ねたら、彼はさらりと答えた。
「偉いかどうかはともかくとして、世の中に居るほとんどの騎士とか騎士見習い達の憧れの的だね」
「それってすごいんだよねぇ?」
「すごくすごいんだねぇ」
無言で二人を見つめる。二人は相変わらずのそれぞれのいつもの表情を崩さない。
たしか“俺達”と言っていたから、それに所属しているのは二人共なのだろう。
しばらくの無言。見つめるって言うよりも、最早凝視になっている。
そしてこうなった場合恒例として――
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
私が叫んじゃうんだよね。そんでもって――
「五月蝿いよヒヨリ」「騒がしい」
リディアかフォルトに叱られる。この場合ハモってたけど、嫌な恒例だ。
「この二人が突っ込み所多すぎるのが悪いでしょ」
「それ二人の所為じゃないし突っ込み所でもないよね?」
「所謂責任転嫁ってヤツよ」
ドヤ顔になって言ってみた。引かれた。
「はい、閑話休題。“予言”についてはもういいかな?」
私が軽くショックを受けそうになっている所に、自称・進行役のツァンドが言った。
「先せーい。質もーん」
「はいヒヨリ君!」
授業ごっこは置いといて。まさか便乗してくれるとは思わなかったけど。
「さっきフォルトが『“予言”にはクレシュエンド家に伝わるものから枝分かれしたいくつものパターンが有る』って言ってたじゃない? それって例えばどんなのが有るの?」
「この地域に伝わってるのは聞いた?」
「一回だけ」
「十全。予言の伝わり方は本当に細かいから、地域毎に違うとはいえ、いくらかは内容が被ってたりするんだ。だけどやっぱり、ここのと比べて“これは完全に別物”って言えるのの代表は、正反対言ってるヤツで――」
「『いずれこの地に安寧訪れる時、異界より来たりし有彩色の者によって、我らは滅される』だな。これを聞いたのはたしか兵器開発に力を注いでいる町で、通称は“混沌の町”」
ツァンドの後に、フォルトが続けて言う。
混沌の町。その通称の意味する所は分からないが、“兵器開発”の言葉に、私は思わず震え上がった。
人が人を殺す。やはり、その事はたとえ異なる世界とて変わらないのか。その事がたまらなくショックだった。
「ん。もうオッケ。ありがとう」
「次の質問にするって事でいいんだね?」
「うん」
そして私は次の質問を何にするか考える。
ツァンドさんが何か呟いた気がしたが、きっと気のせいだろう。