◆十話
まず目に入ったのは、さっきの部屋とは比べ物にならないくらいだだっ広い空間。だから貧乏性は以下略。
次に、こに敷かれた真っ赤な絨毯。ものすごく踏み心地が良い。故に絶対に高級な物と判断。
そして最後に、すごい綺麗な、自分より少し年上くらいの女の人。恐らくこの人が王女様。
雰囲気が、和訳すると「深淵の物語」ってなる某RPGの金髪王女にそっくり。まぁ、あの人と違って髪は漆黒ロングストレートなんですが。王族の気品みたいなのって皆同じなのかね。
それにしても、彼女の顔、どこかで見た気が……。気のせいかなぁ?
すると、王女様(仮)がこう言いました。
「初めまして。私、アブソリュート・コンパスの第一王女、アクリア・フィン・クレシュエンドといいます。貴女が代海日和様ですね?」
この世界に来て初めて私の名前を漢字のアクセントで聞いた!! この世界に漢字無いみたいだもんねー。向こうとは違う文字使ってるみたいで。読めないけど意味は理解できたんだな、その文字。初めて見た時、字自体は読めないのに書かれてる意味が理解出来ちゃう事に少なからず驚いた。
そしてやっぱり貴女が王女様なのね。
……つか。
「アブソリュート・コンパス?」
何この適当に二単語繋げたコトバ。患ってる風な日本語直訳で“絶対音域”ですか。しかし断固として私は患ってる訳ではないと言いたい。たぶん。
「“アブソリュート・コンパス”というのは、この世界の事で、同時に国の名前でもあります」
「世界名と国名がイコールでいいの?」
これは普通の疑問だと思う。
国名が世界名って傲慢などこぞの国が聞いたら理不尽な理由付けて襲撃してきそうものだ。この世界でそういう国が有るかどうかは知らんが。
だが、王女様もといアクリアの返答は意外なもので。
「この世界の国という概念は、とうの昔に無くなっているのです」
「……現在アブソリュート・コンパス以外に国が無いと?」
「そういう事になりますね」
ほうほう。初めてまともにこの世界の事知ったぞ。全てはあの中途半端女神の説明不足の所為だ。きっとそうに違いない。
「それでは、本題に移らせていただきます」
ふざけた事を考えている間にアクリアが話を進めた。
しまった、本題を忘れるとこだった。
たしか「渡したい物が有る」だったか。
それだけ言うとアクリアさん、侍女の一人を呼んで何か命令しました。たぶん雰囲気から侍女長とかの偉い人。
しばらく経ってから彼女が持ってきたのは明らかに高価そうな木の箱。細部にまでこだわった彫刻が刻まれ、銀のカギが付いている代物。
「これを、預かっています」
「拙い質問のようだけど、誰から?」
フレッドさんに言われた時から気になっていた。片や一国の王女様。片やザ・庶民の女子高生。立場が違いすぎる。
最初、渡したい物が有ると聞いて何事かと思った。そして今、それが預かり物だと聞いて驚いた。わざわざ王女に預けてまで私に渡さねばならない物。それが何なのか、少し不安にもなっていた。
「彼女の名前はクレフ。この世界の創世主で、クレシュエンド家の血筋の原初です」
「…………まさか…あの……」
「彼女自身は、“女神”としか名乗っていないようですが」
やっぱり! あの中途半端女神か!!
アクリアの顔をどこかで見たと思っていたら、今朝の夢に出てきたあの女神の顔と同じなのに今更ながらに気が付いた。初めて会った時の私と同じ顔ではなく、彼女――クレフ自身の顔。顔が違うのになぜ彼女だと分かったかというと、こっちに気付くなり「ちゃっおー♪ アタシの事覚えてるよねー?」なんて言ってきたからである。先入観って恐ろしい。
それにしても……
「神の血族?」
私は思わずアクリアさんを指差して言った。
背後からリディアに一発殴られ、慌ててそれを引っ込めた。あまりの話のインパクトの強さにリディアの存在を半分以上忘れていた。すまん、リディア。
アクリアはそれをあまり気にした様子も無く続けた。
「正しくは、“彼女の分身の血族”です。彼女が創世時代当初に、写身を用いてこの地を訪れました。その写身の末裔が、我らクレシュエンド家なのです」
あいつも面倒臭い事したなぁ。
自分ならそんなかったるい事してまで地上に行こうとか思わない。たぶん。
となると、だ。
「アクリアさんが、あいつが言ってた“彼女”な訳ね……」
「貴女と彼女との会話はわかりませんが、恐らくは」
大人しく、お淑やかな物腰。あの横暴女神とは大違いだ。
この短い時間だけで、既に私は彼女に憧れに似た感情を抱いていた。
なんかこの世界来てから濃密な人間付き合いしてんなぁ、私。
「それでは、これを。一応、開けて中身を確認してくださいませ」
私はアクリアに言われるがままに、件の箱を受け取った。