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第九章 残された思い

 蓮にに告白された日から、一週間。


 毎日は、何事もなかったかのように過ぎていた。


 朝は学校へ行く。


 授業を受ける。


 友達と話す。


 学校が終われば、配信の準備をする。


 夜になれば、ラウンジへ向かう。


 忙しい。


 いつも通りの生活。


 なのに――。


「……なんで、こんなに苦しいんだろう」


 学校帰りの電車の中。


 窓に映る自分の顔を見ながら、つづみは小さく呟いた。


 告白された日のことが、頭から離れない。


『俺、あなたのことが好きです』


『俺と付き合ってください』


 何度思い返しても、胸が苦しくなる。


 本当は嬉しかった。


 嬉しくないはずがなかった。


 自分のために、何度もラウンジへ来てくれた。


 忙しい自分を責めることもなかった。


 学校がある日も。


 配信がある日も。


 ラウンジで働いている日も。


 蓮はいつも優しかった。


 そんな人から「好き」と言われて、嬉しくないはずがない。


 それなのに。


 私は断った。


「……私、何やってるんだろ」


 スマートフォンを取り出す。


 トーク画面を開く。


 そこに表示されている、最後のメッセージ。


『無理しないでね。夢、応援してる』


 蓮からの言葉。


 その優しさが、今は余計に苦しかった。


「……ごめんなさい」


 小さく呟く。


 でも、自分の決断が間違っていたとも思えない。


 東京に来た理由は、夢を叶えるため。


 美容師になる。


 配信者として有名になる。


 そのために、毎日頑張っている。


 学校だって楽しい。


 友達もできた。


 配信を見てくれる人も増えている。


 ラウンジの仕事もある。


 毎日が忙しくて、時間はいくらあっても足りない。


 そんな今の自分に、恋人なんて作っていいのだろうか。


「……まだ早いよね」


 自分に言い聞かせる。


 彼氏ができたら、きっと会いたくなる。


 連絡もしたくなる。


 会えない日は寂しくなる。


 蓮にも寂しい思いをさせるかもしれない。


 自分だって、蓮に会いたくなればなるほど、今まで以上に時間が欲しくなる。


 そうなったら。


 学校も。


 配信も。


 仕事も。


 全部、中途半端になってしまうかもしれない。


「私は、まだ夢の途中だから」


 そう言い聞かせる。


 恋愛をしている場合じゃない。


 夢を叶えるために、今は頑張らなければいけない。


 それが、自分で選んだ道だった。


     


 数日後。


 学校の友達と昼休みにご飯を食べていた。


「最近、忙しくない?」


「めっちゃ忙しい」


「配信も続けてるし、夜も働いてるもんね」


「うん」


「ちゃんと寝てる?」


「……たぶん」


 友達が笑う。


「絶対寝てないじゃん」


「大丈夫だって」


 笑いながら答える。


 でも。


 本当は、心の中にずっと引っかかっていることがあった。


 蓮のこと。


 誰かに話したい。


 告白されたこと。


 嬉しかったこと。


 自分から断ったこと。


 そして――今でも後悔していること。


 全部話してしまいたかった。


 だけど。


「……こんなこと、友達にも相談できないよ」


 恋愛の話をするのが恥ずかしいわけではない。


 ただ。


 自分でも、まだ気持ちを整理できていない。


「私……蓮さんのこと、好きなのかな」


 考えれば考えるほど、分からなくなる。


 でも。


 蓮から連絡が来なくなって寂しい。


 ラウンジに来なくなったことも寂しい。


 配信をしていても、どこかで気になってしまう。


 それが答えなのかもしれない。


 それでも。


「……今は、恋人なんて作らないほうがいい」


 そう決める。


 それが自分の夢のためにも。


 蓮のためにも。


 一番いい選択だと思っていた。


     


 その日の夜。


 ラウンジへ出勤する。


「こんばんは」


「お疲れさま」


 いつものように仕事を始める。


 笑顔を作る。


 お客さんと話す。


 いつも通りに振る舞う。


 でも――。


 以前と、何かが違う。


 ふと、店内を見渡す。


 いつもなら、無意識に彼の姿を探してしまう。


 今日も――いない。


「……」


 胸の奥が、少しだけ沈む。


 自分から距離を置いたのだから当然だ。


 来ないほうがいい。


 来られたら、また期待してしまう。


 そう思っているはずなのに。


「……来てくれたら嬉しいのに」


 自分でも気づかないくらい、小さな声だった。


「何か言った?」


「え?」


 近くにいた女の子が不思議そうに見る。


「いや、独り言?」


「……なんでもないです」


 笑って誤魔化す。


 けれど、その笑顔はどこか無理をしていた。


     


 仕事の合間。


 ママさんが、つづみの隣に座った。


「あなた、最近元気ないんじゃない?」


「え?」


「前より笑顔が少ない」


「そんなことないですよ」


「そう?」


 ママさんは、つづみの顔をじっと見る。


「仕事もちゃんとしてる。でも、何か考え事してるでしょう?」


「……」


 図星だった。


「別に、大したことじゃないです」


「そうやって隠すときは、大したことあるのよ」


「……ママさんには敵わないですね」


 つづみは苦笑した。


「何かあった?」


 答えようとして、口を閉じる。


 蓮の顔が浮かぶ。


 告白されたこと。


 断ったこと。


 そして――今になって後悔していること。


「……好きな人と、ちょっと色々あって」


 初めて口にした。


 ママさんは驚いた様子もなく、ただ静かに聞いていた。


「そう」


「自分から距離を置いたんです」


「どうして?」


「夢があるから」


 つづみは俯いた。


「美容師になりたいし、配信ももっと頑張りたい。今は学校もあるし、ラウンジの仕事もあるし……」


「だから恋愛する余裕がない?」


「……はい」


「でも、後悔してる」


「……」


 つづみは何も言えなかった。


 その沈黙が、答えだった。


 ママさんは小さく笑った。


「だったら、少しくらい自分の気持ちを大事にしてもいいんじゃない?」


「でも……」


「夢を諦めろなんて言ってないわよ」


 その言葉に、つづみは顔を上げた。


「夢も大事。仕事も大事。友達も大事。恋も大事」


「……全部?」


「全部は欲張りかしらね」


 ママさんが笑う。


「でも、若いうちにしかできないこともあるでしょう」


 つづみは黙ったまま、その言葉を聞いていた。


「あなた、本当にその子のこと嫌いなの?」


「……嫌いじゃないです」


「じゃあ、どうしてそんな顔してるの?」


 胸が痛くなった。


 答えは分かっていた。


 ずっと分かっていたのかもしれない。


「……会いたい」


 小さな声で呟く。


 会いたい。


 もう一度話したい。


 もう一度、蓮の隣に座りたい。


 もう一度、あの優しい笑顔を見たい。


 でも――。


「それでも、今の私には……」


 まだ迷いは消えない。


 夢も捨てられない。


 恋も諦められない。


 その間で、つづみは揺れ続けていた。


 ママさんは、そんな彼女を見て優しく笑った。


「焦って答えを出さなくてもいいのよ」


「……はい」


「ただ、一つだけ覚えておきなさい」


 ママさんは立ち上がりながら言った。


「本当に大切な人って、忙しくなったからって簡単に消えてくれるものじゃないから」


 その言葉が、つづみの胸に残った。


 ラウンジの外は、東京の夜の明かりで輝いている。


 たくさんの人が行き交う街。


 夢を追うために上京した自分。


 その夢も。


 出会った蓮も。


 どちらも手放したくない。


「……どうしたらいいんだろう」


 つづみは、また蓮のことを考えていた。


 そして初めて。


 自分が本当は何を求めているのか。


 少しだけ分かり始めていた。


 ――私は、蓮さんに会いたい。


 その気持ちは、どれだけ忙しい毎日を過ごしても。


 消えてくれなかった。


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