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第三十三章 疑惑

 朝。


 蓮は、スマートフォンの画面を何度も見つめていた。


 昨夜の記事。


 そこには、深夜の街を歩くつづみと、隣にいる男性の姿が写っている。


 顔ははっきりと映っていない。


 けれど、蓮には分かる。


 そこにいるのは、自分だった。


「……」


 記事を閉じる。


 それでも、また開いてしまう。


 コメント欄には、すでに多くの書き込みが増えていた。


『この人誰?』


『彼氏なのかな』


『最近、配信の雰囲気変わったよね』


『海外から帰ってきてから、さらに有名になったし』


『仕事関係の人じゃない?』


 様々な憶測が飛び交っている。


 まだ、二人が付き合っていると断定されているわけではない。


 それでも。


 蓮にとっては十分すぎるほど怖かった。


「俺が……」


 もし自分との関係が原因で、つづみの仕事に影響が出たら。


 もし企業から仕事を断られたら。


 もしファンが離れてしまったら。


 そして。


 もし、つづみが夢を諦めることになったら。


「……駄目だ」


 蓮はスマートフォンを机の上に置いた。


 自分が彼女の足を引っ張るわけにはいかない。


 それだけは、絶対に嫌だった。


     


 一方。


 つづみもまた、自宅でスマートフォンを握りしめていた。


 記事を見た瞬間から、胸の奥が落ち着かない。


 コメントを開いては閉じる。


 SNSを開いては閉じる。


 通知は止まらない。


 仕事関係者からも連絡が来ている。


『確認しました』


『事務所から連絡があると思います』


『今日は一旦、SNSでの発言を控えてください』


 そんなメッセージが並んでいる。


「……どうしよう」


 つづみはベッドに座った。


 記事に書かれていることは、事実ではない。


 少なくとも。


 二人の関係について、世間が勝手に想像しているだけだ。


 けれど。


 写真だけを見れば、確かに親しい男女に見える。


 つづみは蓮とのトーク画面を開いた。


『蓮さん』


 そこまで打って、手が止まる。


 何を言えばいいのか分からない。


 やがて。


『大丈夫ですか?』


 送信した。


 すぐに既読がつく。


『俺は大丈夫』


 その返信を見て、少し安心する。


 けれど。


 続いて届いたメッセージに、つづみは胸が痛くなった。


『つづみは大丈夫?』


『私は……大丈夫じゃないです』


 素直に送った。


『怖いです』


 しばらくして。


『俺も怖い』


 その言葉を見た瞬間。


 つづみの目に涙が浮かんだ。


 蓮も怖い。


 それを知っただけで、少しだけ気持ちが軽くなった。


 自分だけが怖いわけじゃない。


 でも。


 だからこそ。


 この先のことを二人で考えなければならない。


     


 昼過ぎ。


 つづみの事務所では、緊急の打ち合わせが行われていた。


「昨日の記事についてですが」


 担当スタッフが資料を机に置く。


「現時点では、大きな問題にはなっていません」


「……はい」


「写真も、相手の顔は分からない状態です」


 つづみは黙って聞いている。


「ただ、今後さらに写真が出てくる可能性があります」


「……」


「最近のつづみさんは知名度が急激に上がっています。注目される分、プライベートを追われる可能性も高くなっています」


「分かりました」


「しばらく男性との二人きりでの外出は控えてください」


 その言葉に。


 つづみの表情が少し曇った。


「……はい」


「SNSで余計なことを言わないこと。それと、今回の記事については、こちらからコメントは出さない方向で考えています」


「分かりました」


「何か質問は?」


 つづみは少し迷ってから。


「……もし、本当に付き合っている人がいたら?」


 スタッフが一瞬黙った。


「その場合は、また別の話になります」


「……そうですか」


「今は仕事を最優先に考えましょう」


「はい」


 打ち合わせが終わる。


 部屋を出たつづみは、廊下で立ち止まった。


「仕事を最優先……」


 その言葉が胸に残った。


 もちろん分かっている。


 自分は夢を追っている。


 今は大事な時期だ。


 だからこそ。


 蓮との関係をどうすればいいのか。


 答えが見つからなかった。


     


 その日の夜。


 蓮から電話が来た。


「もしもし」


『つづみ』


「はい」


『今日、大丈夫だった?』


「……はい」


『事務所から何か言われた?』


「少しだけ」


『そっか』


「しばらく、男性と二人で出かけるのは控えてくださいって」


 電話の向こうで蓮が黙る。


「……蓮さん?」


『うん』


「大丈夫ですか?」


『大丈夫』


 けれど。


 その声は、いつもの蓮とは少し違った。


「本当に?」


『……』


「蓮さん」


『俺さ』


「はい」


『もう、つづみに会わないほうがいいのかなって思ってる』


「……え?」


 つづみの表情が固まる。


『今回の記事も、俺と一緒にいたからだろ』


「違います」


『でも』


「違います!」


 思わず声が大きくなる。


 自分でも驚くほどだった。


『つづみ……』


「私が蓮さんと会いたかったんです」


『……』


「私が誘ったんです」


『分かってる』


「じゃあ、どうしてそんなこと言うんですか?」


 声が震える。


『つづみの夢を邪魔したくないから』


「……」


『俺といることで、つづみが仕事を失ったら嫌なんだ』


「そんなの……」


『俺は普通の会社員だし』


「関係ないです」


『でも、つづみは違う』


「関係ないです!」


 つづみの目から涙が落ちた。


「私は……」


 声が詰まる。


「蓮さんと会うことが、邪魔だなんて思ったこと一度もありません」


『……』


「むしろ……」


 涙を拭う。


「蓮さんがいるから頑張れたんです」


『つづみ』


「海外に行ったときも」


「仕事が怖かったときも」


「大きな配信に出るときも」


「全部、蓮さんが応援してくれたから頑張れました」


 電話の向こうは静かだった。


「なのに……」


 つづみの声が震える。


「蓮さんまでいなくなったら、私……何のために頑張ればいいのか分からなくなります」


『……』


「夢は大事です」


「はい」


「絶対に叶えたいです」


「でも……」


 つづみは唇を噛んだ。


「蓮さんも大事なんです」


 その言葉を言った瞬間。


 涙が止まらなくなった。


「私……離れたくないです」


 初めてだった。


 つづみが、こんなにもはっきりと気持ちを口にしたのは。


『……ごめん』


「謝らないでください」


『うん』


「私、蓮さんに離れたいって言われるのが一番怖いです」


『言わないよ』


「……本当に?」


『うん』


「夢を邪魔したくないからって、勝手に離れようとしないでください」


『分かった』


「私たち、二人で決めましょう」


『うん』


「私だけで決めない」


『俺も勝手に決めない』


 二人の間に、静かな沈黙が流れる。


 やがて。


『つづみ』


「はい」


『俺も、離れたくない』


 その言葉に。


 つづみは目を閉じた。


「……よかった」


 涙を流しながら、小さく笑った。


     


 翌日。


 つづみは、いつもより少し早く起きた。


 鏡を見る。


 目元が少し赤い。


 それでも。


「……大丈夫」


 自分に言い聞かせる。


 夢を諦めるつもりはない。


 蓮と離れるつもりもない。


 どちらかを選ぶのではなく。


 両方を守る方法を探す。


 それが今の自分にできることだった。


     


 一方。


 蓮も仕事へ向かっていた。


 昨日の電話を思い出す。


 つづみの泣き声。


 「離れたくない」という言葉。


 胸が痛かった。


 同時に。


 自分も逃げようとしていたことに気づいた。


 つづみのためだと思っていた。


 けれど。


 本当は。


 傷つくのが怖かっただけなのかもしれない。


「……俺も、ちゃんと向き合わないとな」


 つづみだけに頑張らせるわけにはいかない。


 自分にもできることがある。


 それを考えなければならない。


     


 数日後。


 SNSでは、つづみの熱愛疑惑が少しずつ落ち着き始めていた。


 新しい話題が出たことで、注目が別のところへ移ったのだ。


 事務所からも、特に追加の対応は必要ないと言われた。


 つづみは胸を撫で下ろした。


「よかった……」


 それでも。


 以前のように気軽に街を歩くことはできなくなった。


 人の視線が気になる。


 カメラを向けられていないか気になる。


 そんな生活に、少し疲れていた。


 その日の夜。


 蓮からメッセージが届いた。


『今週の日曜、少し空いてる』


『私も空いてます』


『会わない?』


 つづみは少し笑った。


『会いたいです』


 そして。


 今回は二人で場所を決めた。


 人の少ない場所。


 目立たない場所。


 二人が安心して話せる場所。


     


 日曜日。


 二人が向かったのは、少し離れた海沿いの公園だった。


 観光地というほど人が多い場所ではない。


 静かで。


 ゆっくり歩ける。


「久しぶりですね」


「そうだな」


 二人は並んで歩く。


「なんか、こういう場所もいいですね」


「うん」


「最近、街だと少し緊張します」


「俺も」


「写真撮られてないかなって」


「分かる」


 つづみが少し笑う。


「私たち、悪いことしてるわけじゃないのに」


「確かに」


「変なの」


「でも」


 蓮は少し考えてから言った。


「今は仕方ないのかもしれない」


「……はい」


「つづみが有名になったってことだから」


 つづみは海を見る。


「そうですね」


 嬉しい。


 でも。


 自由だった頃を思い出すこともある。


「蓮さん」


「ん?」


「私、昔は有名になりたいってずっと思ってました」


「うん」


「有名になれば、もっとたくさんの人に知ってもらえると思ってた」


「今は?」


「今も嬉しいです」


 つづみは笑う。


「でも、知られたくないことまで知られることもあるんだなって」


「そうだな」


「ちょっとだけ怖いです」


 蓮は何も言わず、隣を歩いた。


 そして。


「それでも、やめないんだろ?」


「……はい」


「じゃあ、大丈夫」


「どうして?」


「怖くても進める人だから」


 つづみは蓮を見る。


「蓮さんって、そういうところずるいです」


「何が?」


「私が弱ってると、すぐ元気にさせる」


「そんなつもりないけど」


「あります」


 二人で笑う。


 しばらく歩く。


 そして。


 つづみが突然、足を止めた。


「蓮さん」


「ん?」


「手……」


 つづみが自分の手を見る。


「繋いでもいいですか?」


 蓮は少し驚いた。


「ここで?」


「はい」


「誰かに見られるかもよ」


「……」


 つづみは少し考えて。


「それでも、今だけは繋ぎたいです」


 蓮は何も言わず、手を差し出した。


 つづみがその手を握る。


 温かかった。


「……久しぶり」


「何が?」


「こうやって手を繋ぐの」


「そうだな」


 以前は当たり前だったこと。


 今は、それだけでも特別だった。


 つづみは蓮の手を握ったまま歩く。


「私、頑張ります」


「うん」


「もっと有名になります」


「うん」


「もっと大きな舞台にも行きます」


「うん」


「でも」


 つづみは蓮の手を少し強く握った。


「帰ってくる場所は、ちゃんと残しておきたいです」


 蓮はつづみを見る。


「俺も」


     


 夕方。


 二人は海を眺めながらベンチに座った。


 つづみがスマートフォンを取り出す。


「これ」


「何?」


 画面には、これからの仕事の予定が並んでいる。


「見てください」


「すごいな……」


「来月、また大きなイベントがあります」


「海外?」


「今回は国内です」


「そっか」


「それが終わったら、また海外の仕事の話もあります」


「忙しいな」


「はい」


 つづみは苦笑する。


「でも」


「ん?」


「一つだけ決めたことがあります」


「何?」


「どんなに忙しくても、月に一回は蓮さんとちゃんと会う」


「月一回?」


「最低でも」


「大丈夫?」


「頑張ります」


「仕事で無理になったら?」


「そのときは別の日を探します」


「……つづみらしいな」


「蓮さんもですよ」


「俺?」


「仕事を理由に逃げないでください」


「分かった」


「約束」


「約束」


 二人は笑った。


     


 その夜。


 帰宅したつづみは、部屋の机に座った。


 今日撮った写真を見返す。


 海。


 夕日。


 買った飲み物。


 そして。


 誰にも見せられない、二人の思い出。


 つづみはその写真を見ながら笑った。


「……幸せだな」


 夢は大きくなった。


 忙しくなった。


 自由も少しずつなくなった。


 それでも。


 大切な人と過ごせる時間がある。


 それだけで頑張れる。


     


 一方。


 蓮も自宅で今日のことを思い返していた。


 つづみと手を繋いだ感触。


 笑った顔。


 そして。


「帰ってくる場所は、ちゃんと残しておきたい」


 その言葉。


「……俺も頑張らないとな」


 蓮はスマートフォンを置いた。


 仕事だけではない。


 自分の人生も。


 つづみとの未来も。


 どちらも大切にしたい。


 そのためには。


 ただ待っているだけではいけない。


     


 それから数日。


 つづみの活動はさらに広がっていった。


 配信の視聴者は増え。


 イベント出演も増える。


 企業からの依頼も続々と届く。


 そしてある日。


 事務所に新しい話が持ち込まれた。


「つづみさん」


「はい」


「今度、テレビ番組への出演依頼が来ています」


「テレビ……?」


「はい」


 つづみは目を見開く。


 これまで配信やイベントが中心だった。


 それが。


 テレビ。


 全国の人が見る場所。


「……私が?」


「はい」


 スタッフが資料を渡す。


「かなり大きな番組です」


 つづみは資料を見つめる。


 夢が。


 また一つ。


 思っていたより早く、大きな場所へ繋がろうとしている。


「……やります」


 つづみは顔を上げた。


「挑戦したいです」


「分かりました」


 スタッフが頷く。


 そして。


「ただ、一つだけ」


「はい?」


「この番組では、プライベートについても少し聞かれる可能性があります」


 つづみの表情が止まる。


「……プライベート?」


「人気が出てきたので」


 その言葉を聞いた瞬間。


 頭に浮かんだのは、蓮だった。


 もし。


 番組で恋愛について聞かれたら。


 もし。


 「好きな人はいますか」と聞かれたら。


 もし。


 そこで嘘をつかなければならなくなったら。


「……分かりました」


 つづみは資料を受け取った。


 事務所を出る。


 スマートフォンを取り出す。


 蓮に連絡しようとする。


 けれど。


 今度は、簡単には送れなかった。


 これまでとは違う。


 これからは。


 自分の言葉一つで、蓮の存在が世間に知られる可能性がある。


 つづみは画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。

     


 その夜。


 蓮のもとに、つづみから電話が来た。


「もしもし」


『蓮さん』


「どうした?」


『また、大きな仕事が決まりました』


「本当?」


『はい』


「おめでとう」


『ありがとうございます』


 つづみの声は、どこか複雑だった。


「どうした?」


『……今度、テレビに出ます』


「テレビ?」


『はい』


「すごいじゃん」


『でも……』


「うん」


『恋愛について聞かれるかもしれません』


 蓮は黙った。


『もし聞かれたら……どうしたらいいですか?』


 すぐには答えが出なかった。


 けれど。


 今度は逃げたくなかった。


「つづみ」


『はい』


「嘘をつく必要はないと思う」


『……』


「でも、全部話す必要もない」


『どういうことですか?』


「俺たち二人のことは、俺たち二人で決めればいい」


『……』


「世間に何を言われても」


「仕事の人に何を聞かれても」


「つづみが自分で決めたことなら、俺は応援する」


 電話の向こうで、つづみが黙る。


「でも」


 蓮は続けた。


「一人で抱え込まないで」


『……はい』


「怖かったら、俺に言って」


『はい』


「迷ったら、一緒に考えよう」


『……ありがとうございます』


「どういたしまして」


 少し間があって。


『蓮さん』


「ん?」


『私、蓮さんと出会えてよかったです』


 蓮は少し照れながら笑った。


「俺も」


『これからも、隣にいてください』


「うん」


『絶対ですよ』


「絶対」


     


 電話を切ったあと。


 つづみは窓の外を見た。


 東京の夜。


 たくさんの光が輝いている。


 その一つ一つの光の向こうに。


 たくさんの人がいる。


 自分を見てくれる人。


 応援してくれる人。


 そして。


 自分が大切にしたい人。


「……全部、大切にしたい」


 つづみは小さく呟いた。


 夢も。


 仕事も。


 そして。


 蓮との恋も。


 どれか一つを捨てるのではなく。


 全部抱えたまま、前へ進む。


 それが簡単じゃないことは分かっている。


 きっとこれからも。


 会えない日がある。


 寂しい夜もある。


 世間の目が怖くなることもある。


 それでも。


 もう逃げない。


     


 翌朝。


 蓮もまた仕事へ向かっていた。


 駅へ向かう途中。


 スマートフォンを見る。


 つづみからメッセージが届いていた。


『おはようございます』


『今日も頑張りましょう』


 蓮は笑って返信する。


『おはよう』


『うん。頑張ろう』


 それから少し考えて。


『今度、テレビ出演のお祝いしような』


 すぐに返事が来た。


『約束です!』


『何が食べたい?』


『考えておきます』


『また秘密?』


『秘密です』


 蓮は笑った。


 いつものやり取り。


 けれど。


 昨日までとは少し違う。


 二人はもう。


 ただ好きという気持ちだけで繋がっているわけではない。


 お互いの夢を理解して。


 不安も共有して。


 それでも一緒にいたいと決めた。


 だから。


 これからどれだけ遠くへ行っても。


 何度すれ違っても。


 二人なら、また歩き出せる。


     


 そして数週間後。


 つづみはテレビ局の楽屋にいた。


 鏡の前に座っている。


 衣装を整え。


 髪を整え。


 メイクを確認する。


 スタッフが声をかける。


「つづみさん、そろそろ本番です」


「はい」


 つづみは深呼吸した。


 テレビという、新しい舞台。


 ここからさらに多くの人に知られることになる。


 怖い。


 でも。


 楽しみでもある。


 そのとき。


 スマートフォンが震えた。


 蓮からだった。


『頑張って』


 たった四文字。


 つづみは笑った。


『はい』


『行ってきます』


 スマートフォンをしまう。


「……よし」


 つづみは立ち上がった。


 そして。


 新しい舞台へ向かって歩き出す。


 その先には。


 さらに大きな夢が待っている。


 同時に。


 これまで以上に厳しい現実も待っている。


 恋を隠し続けること。


 夢を追い続けること。


 大切な人を守ること。


 そのすべてを抱えて。


 つづみは前へ進んでいく。


 そして蓮もまた。


 自分自身の人生を歩きながら、彼女の帰る場所であり続けようとしていた。


 まだ二人の関係を知る人はいない。


 それでも。


 二人だけは知っている。


 あの日。


 つづみが涙を流しながら言った。


 ――離れたくない。


 その言葉が。


 二人の未来を変え始めていることを。


 そして。


 このテレビ出演をきっかけに。


 つづみの人気は、これまでとは比べものにならないほど大きくなっていく。


 その一方で。


 蓮のもとにも、自分の人生を大きく変える新しい話が舞い込むことになる。


 それは。


 二人がいつまでも「秘密の関係」でいることを難しくするほど、大きな出来事だった。


 ――次章。


### 「名前を呼べない距離」


 つづみがテレビ出演をきっかけに一気に注目を集める中、蓮にも新しい仕事のチャンスが訪れる。


 二人はそれぞれの場所で成長していく。


 しかし、以前なら当たり前だった「会いたい」という一言さえ、簡単には言えなくなっていく。


 そしてある夜。


 つづみが蓮に電話をかける。


 けれど、最初に出た言葉は――。


 「……蓮さんじゃなくて、蓮って呼んでもいいですか?」


 だった。


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