第ニ十四章 夢を選ぶということ
レギュラー企画のオファーが届いてから、つづみはずっと悩んでいた。
嬉しい。
本当に嬉しかった。
ずっと夢見ていたことが、現実になろうとしている。
けれど――。
学校。
配信。
ラウンジ。
そして、蓮。
全部を今まで通り続けるのは難しい。
「……どうしよう」
部屋の中で、つづみは一人呟いた。
スマートフォンには、企画担当者から届いたメールが表示されている。
返事の期限は明日。
受けるなら、今まで以上に忙しくなる。
断れば、次にこんなチャンスが来るとは限らない。
「……私は、何を迷ってるんだろう」
本当は答えなんて分かっていた。
ずっと追いかけてきた夢。
ここで逃げたら、きっと後悔する。
それでも。
蓮との時間を失うのが怖かった。
翌日。
学校が終わったあと。
つづみは蓮に連絡をした。
『今日、少し会えますか?』
すぐに返信が来る。
『もちろん。どうした?』
『話したいことがあります』
『分かった』
待ち合わせ場所へ向かう。
先に着いていた蓮が、つづみを見つけて手を振った。
「お疲れさま」
「お疲れさまです」
「なんか元気ない?」
「……分かります?」
「顔に出てる」
つづみは少し笑った。
「蓮さんには、分かっちゃうんですね」
「最近よく会ってるからね」
二人で歩き始める。
しばらく無言で歩いたあと、つづみが口を開いた。
「この前の企画、覚えてます?」
「うん」
「あれがきっかけで、また声をかけてもらったんです」
「本当に?」
「はい」
蓮の顔が明るくなる。
「すごいじゃん!」
「……レギュラーで出てほしいって」
「え?」
「定期的に出演する企画です」
「それ、めちゃくちゃ大きな話じゃん」
「はい」
つづみは俯いた。
「でも……」
「でも?」
「すごく忙しくなるんです」
蓮は黙って聞いた。
「学校もあるし、配信も続けたい。ラウンジもすぐには辞められないし……」
「うん」
「それに……」
つづみは言葉を止めた。
「蓮さんとも、今みたいに会えなくなると思います」
蓮は少し驚いた顔をした。
けれど、すぐに笑った。
「それだけ?」
「……え?」
「そんなことで悩んでたの?」
「そんなことって……」
つづみが少しむっとする。
「私にとっては大事なことです」
「ごめん」
蓮は笑った。
「でも、つづみが悩む必要ないよ」
「……」
「やりたいんでしょ?」
つづみは黙った。
「はい」
「じゃあ、やればいい」
「でも……」
「俺のことなら気にしなくていい」
その言葉に、つづみは顔を上げた。
「蓮さん……」
「俺はつづみが夢を追ってるところが好きだから」
「……」
「だから、俺のためにチャンスを諦めるのだけはやめて」
つづみの胸が熱くなる。
「でも、会えなくなったら……」
「会える時間に会えばいい」
「連絡も減るかもしれません」
「減ったら、そのとき考えればいい」
「……寂しくないですか?」
蓮は少し考えてから答えた。
「寂しいと思う」
「……」
「でも、それ以上につづみには成功してほしい」
つづみは俯いた。
目に涙が浮かぶ。
「……ずるいです」
「何が?」
「そんなこと言われたら、頑張るしかないじゃないですか」
蓮が笑う。
「じゃあ、頑張って」
「……はい」
その日の夜。
つづみは企画担当者へ返信した。
『ぜひ、出演させてください』
送信。
数秒後。
返信が届く。
『ありがとうございます。これから一緒に頑張りましょう』
つづみはスマートフォンを胸に抱えた。
「……決めた」
夢を追う。
恋を諦めるわけじゃない。
蓮との時間も大切にする。
ただ、これからは今まで以上に忙しくなる。
それでも。
どちらも手放したくなかった。
数日後。
つづみの出演が正式に発表された。
SNSには、つづみの名前が一気に広がっていく。
『この子、前の企画に出てた子だ!』
『レギュラー決まったの?』
『最近よく見る』
『つづみちゃん頑張って!』
フォロワーの数も、今までとは比べものにならない速度で増えていった。
つづみは画面を見ながら、嬉しそうに笑う。
そして、その夜。
蓮からメッセージが届いた。
『見たよ』
『おめでとう』
つづみは返信する。
『ありがとうございます』
『これから忙しくなるね』
『はい』
少し迷ってから、もう一通。
『でも……』
『また時間ができたら会ってください』
蓮からすぐに返事が来る。
『もちろん』
『待ってる』
その言葉を見て、つづみは笑った。
けれど――。
この日を境に、二人の生活は本当に忙しくなっていく。
つづみの名前が広がるほど、仕事は増える。
配信の時間も増える。
学校との両立も難しくなる。
そして。
二人が会える時間は、少しずつ減っていく。
それでも二人は、まだ知らなかった。
**「会いたいのに会えない時間」が、二人の気持ちをさらに強くしていくことを。**




