好きな人(?)にLINEを送った話
連日、真夜中にこんなものを書くなど、やはり私は異常者なのだろう。
高校三年生の春、私は好きな人にLINEを送った。
こう書くとよくある青春の話のように聞こえるが、自分の記憶の中では恋愛そのものよりも、なぜあの行動を取ったのかの方が印象に残っている。
相手とは小学校の頃にそれなりに仲が良かった。もっとも、その認識自体がどこまで正確なのかは分からない。人は過去を都合よく解釈するものだし、当時の記憶も断片的だ。確証バイアスというやつかもしれない。
ただ、少なくとも顔と名前を知っていて、一緒に話した記憶のある相手ではあった。
その後、小学校を卒業してから互いに別の中学へ進学したこともあり、長い間ほとんど接点はなかった。
再び関わりが生まれたのは、高校三年生で同じクラスになってゴールデンウィークを過ぎた頃である。授業のペアワークで話す機会があり、それを境に妙に相手のことを意識するようになった。教室で目が合うことが増えた気がしたし、視線を感じることもあったように思う。
ただし、これについては今でも判断を保留している。当時の私は相手を意識していた。だから視線を感じたという認識自体が確証バイアスの産物だった可能性は十分にある。
恋愛感情というのは厄介なもので、世界の解像度を上げる代わりに客観性を奪っていく。だから本当に相手がこちらを見ていたのか、それとも私が勝手にそう感じていただけなのかは今でもよく分からない。もっとも、だからといって何もなかったとも思えないので、結局のところ判断を保留するしかない。
こういう話をすると、それがLINEを送る決め手になったように思われるかもしれないが、実際にはそう単純でもなかった。むしろ私はかなり長いこと何もできなかった。話しかけたいとは思う。しかし話しかけるのは怖い。その状態が延々と続いていたのである。今になって考えてみても不思議なのだが、人と仲良くなりたいという気持ちと、人と関わることへの恐怖は案外普通に両立するらしい。(なんと厄介な!)
そんな頃に読んだのが、三十代になって婚活を始めた人のエッセイだった。
正直に言うと、内容そのものはあまり覚えていない。印象に残っているのは、「気が付いたらそうなっていた」という感覚の方である。人はある日突然変化するわけではなく、「また今度でいいだろう」「今回はやめておこう」という判断を積み重ねた結果として、後になって人生の輪郭が見えてくる。(らしい)
別に自分がその筆者と同じ状況になると思ったわけではない。ただ、あの文章は妙に怖かった。
もちろん私はまだ高校生だし、恋愛経験の多寡を真面目に心配するような年齢でもない。それでも、あの文章は未来の話としてではなく、現在進行形の話として読めてしまったのである。もし私がこのまま何もしない人間だったらどうなるのだろう。そんなことを考えた。
同じ頃、私はよく音楽を聴いていた。ウルトラマンネクサスの『英雄』や『青い果実』、BUMP OF CHICKENの『新世界』『Answer』『話がしたいよ』などである。
今から考えれば、当時の私はそれらの曲をかなり都合よく解釈していたのだと思う。曲の本来の意味がどうだったのかは知らない。しかし私には、どの曲も未熟なまま前へ進むことや、答えが見つからなくても歩き続けることについて歌っているように聞こえた。
特に『青い果実』は印象に残っている。高校生という年齢そのものがそうなのかもしれないが、私は自分の未熟さを嫌いながらも、それをどうにか抱えて生きていくしかなかった。あの曲を聴いていると、その未完成さを無理に克服しなくてもよいと言われているような気がしたのである。(それが本当によいのかは別問題ではあるが)
もちろん、それで勇気が出たわけではない。
むしろ逆だったのかもしれない。そういう曲ばかりを聴いていたということは、その頃の私はそういう言葉を必要としていたということでもある。
結局、私はLINEを送った。
内容は驚くほど無難なもので、「同じクラスなのに全然話していないこと」「もし話しかけづらくなっていたら申し訳ないと思ったこと」「また普通に話せたら嬉しいこと」を書いただけだった。
しかし送信ボタンを押す前の緊張は、今でもかなり鮮明に覚えている。試験前とも、人前で発表する時とも違う種類の不安だった。何か具体的な失敗を恐れているわけではない。それでも心が落ち着かない。返信が来るまで、自分の感情の主導権をどこかへ預けてしまったような感覚があった。
返信は予想よりずっと穏やかなものだった。少なくとも拒絶ではなかったし、むしろ好意的だったと思う。しかし、それで全て解決したわけでもなかった。
その後しばらく、私は相変わらず話しかけられなかった。学校で顔を合わせても話せない。満員電車で隣に立っていても話せない。そんな状態が1週間、いや1ヶ月ほど続いた。1学期も終わり、夏季強化期間になってしまった。
今思えば、当時の私は脈があるのかないのかばかり考えていたが、本当の問題はそこではなかったのかもしれない。
相手が何を考えているのかは分からない。今後分かるようになるのかどうかも分からないし、この文章を書いている時点では、そもそも何も終わっていない。
ただ、自分がなぜLINEを送ったのかについては、以前より少しだけ分かる気がしている。
あれは相手のことが好きだから送ったのだろうし、もっと話してみたいと思ったから送ったのだろう。しかし同時に、「何もしなかった自分」になりたくなかったから送ったのでもあった。
結局のところ、勇気が出たから送ったわけではない。不安は最後まで消えなかったし、送信ボタンを押した瞬間に何かが解決したわけでもなかった。ただ、それでも送った。その事実だけは確かだ。
今でも覚えているのは返信の内容より、送信ボタンを押す直前の、あの妙な感覚の方だ。
追記
ちなみに、夏休み遊びに行こうと誘いましたがやんわり断られました。どうやら相手に脈はないらしい。と同時に、私の心臓も止まったような気がした。




