聖女は護衛と駆け落ちし、私はギルドの片隅でタマゴサンドを作り続ける
その朝は、いつもよりも寝覚めがよかった。
寝返りを打つ度にギシッギシッと嫌な音がする安宿のベッドは、スプリングが信じられないくらい固い。一晩寝れば背中も腰もバキバキになるのに、何故か体が軽かった。
「ふわぁ。よく寝たよく寝た……あれ? 掛け声なしで起き上がれたわ」
不思議に思いながら、ベッド脇の建て付けの悪い窓を力任せに開く。途端に人々の喧騒が部屋に飛び込んでくる。
「今日もいい天気だねえ」
軽く腕を上へ伸ばし、朝の空気を吸い込んだ。そのまま備え付けの洗面台に向かう。
顔を洗おうと魔石が嵌め込まれた十字の蛇口をひねる。青いその石が井戸からの水を汲み上げる動力源なんだとか。
昨日宿の女将さんに説明されたけど、『魔石』なんて日本に、というか地球にないモノを理解できなかった。
多分、電力と一緒? みたいな?
勢いよく流れ出る冷たい水を両手に溜めて顔を洗った。壁のタオル掛けのゴワついたタオルで顔を拭い、正面の鏡を何の気なしに見た。
「……は?」
スッキリ目覚めたと思ったのに、まだ寝惚けてるのかしら。
もう一度水で顔を洗い、タオルに水気を吸わせる。そして改めて鏡を――鏡の中の自分の姿を覗き込んだ。
瞬きを繰り返す。顔をつねる。鏡を軽く叩いてみる。
「……若返ってるよね、これ」
鏡の向こう側に困惑顔の私がいた。おそらく二十数年前、二十歳の私が。
最近、筋肉痛が二日後に来るようになったけど……
「若返るのも時差があるわけ?」
いやいやいや、おかしいでしょ!
ただでさえ、訳のわからない世界に来ちゃってるのに、これ以上混乱させないで欲しい。
でもさすが二十歳。ほうれい線がない。シミもひとつない。髪もサラサラのツヤツヤ。
この姿、あの人に見せたかったなあ。
ちなみに若返った私を見た女将さんには、「あら、あんたよっぽど疲れてたんだねえ? 昨日はそりゃ酷い顔だったよ」と笑われた。
昨日はそんなに酷い顔でした?……ちょっとだけ傷ついたよ。女将さん。
現実逃避をしつつ、何故こんなことになったのか記憶の糸を辿ることにした。
∗
始まりは、五日前。パートの帰り道だった。
『あー、異世界召喚とかされないかなあ。よくぞ来てくれた聖女様! みたいな。ね、どう思います? 陽子さん』
私と並んで歩く凛花ちゃんの能天気な呟き。
彼女は私のパート先の最年少バイトだ。土田凛花――『土田』と呼ぶと睨まれ、『ツッチー』と呼ぶとキレられる。取扱説明書が欲しい高校二年生。ちなみに何故か私にまとわり……いや、懐いている。
凛花ちゃんは両手を胸の前で組み、祈りのポーズを取り目を閉じてみせた。
いや、聖女て。異世界召喚なんてファンタジーより時間を巻き戻して欲しいわ。あの頃の肌のハリと徹夜しても次の日も元気な体力が懐かしい。
心の中でだけ突っ込みを入れたその瞬間。
私たちの足元には見たことのない幾何学模様と、白い光。漫画やアニメに出てくるいわゆる魔法陣に包まれたのだ。
『え? 嘘!? ほんとに?』
どこか嬉しそうな凛花ちゃんに、私の腕はしっかり掴まれ逃げられない。
視界がぐにゃりと歪むとそのまま強烈な浮遊感に飲み込まれてしまった。
乗り物酔いしたみたいな気持ち悪さで動けない私の隣で、凛花ちゃんは飛び跳ねて喜んでいる。
この子、ほんと理解不能だわ。この状況ではしゃげるって図太いのかおバカなのか。
薄暗い石畳の空間は、流行りの異世界召喚モノなら召喚の間と呼ばれる場所かしら。
『おお、成功だ!』
『聖女様が来てくださった』
周囲からは喜びの声が次々と聞こえてくる。
気がつけば私たちの周囲には白いフード付のローブを身に纏った人々の姿。その中のひとりが一歩前に出た。
『よくぞ来てくれた。感謝するぞ聖女よ』
フードからチラリと覗く金色の髪と碧眼の二十歳前半と思わしき恐ろしいくらいに整った顔の青年が、凛花ちゃんの前に片膝をついた。
『やった! やっぱり聖女召喚だったんだ。ありがとうございます』
ヒロインモードに切り替えた凛花ちゃんは、青年の手を取って嬉しそうに微笑んだ。
すいません、私、帰りたいんですけど。
凛花ちゃんを中心に盛り上がる集団に声を掛ける勇気は、流石になかった――
∗
あの後、盛り上がり続ける集団にすっかり蚊帳の外だった私は、金髪碧眼君――この国の王子様にこう言い渡された。『聖女様が役目を終えたら、ともに元いた世界に帰してやる。その時が来たら呼んでやるから、それまで街で好きに暮らせ』と。
で、投げるように寄越されたのは、数枚の金貨が入った革袋。そして、城から遠くはなれたこの街にポイっと捨てられたのだ。
絶対その時が来ても呼ぶ気ないでしょ?
呼ばれなくてもこっちから勝手に行ってやる。
それにしても、街の人たちが優しい人ばかりで助かった。おすすめの宿を教えてもらえたし。
「はあ。今思い出しても腹が立ってきた……でも、まさか、こうなるとはねえ」
私は、ほうれい線の消えた肌に触れた。
召喚される瞬間、凛花ちゃんは『聖女になりたい』と願い、その願いが叶った。だとしたら、私の『時間を巻き戻して欲しい』という願望が叶ったのだろうか。何故か時間差で。
何はともあれ、体力があるに越したことはない。
そういえば、言葉は理解できていたけど若返る前は読めなかった記号みたいな異世界の文字は、二十歳になった今は普通に読めるようになっていた。ほんと不思議なことだらけだ。
ぐるりと室内を見渡す。洗面台の横には二層式の洗濯機。反対側にある小さなキッチンには、年代物の二口コンロ。更には冷蔵庫まである。
昭和感溢れる家電はすべて魔石で動くらしい。
それにしても、なんだろうこの懐かしさ。子供の頃に住んでた団地みたいで落ち着くわ。
王都から遠く離れた片田舎の安宿のはずなのに、部屋の作りはワンルームアパートみたいだった。キッチン備え付けの上、バストイレ付き。しかもセパレートタイプ。
お風呂はカチカチとレバーを回して点火させるバランス釜で、細いシャワーが付いている。トイレが水洗だったのを見て心から『よかったあ』と声が出た。
排水は地下の浄化槽で濾過され、川へと流されているそうだ。もちろん濾過にも魔石が活躍している。
この世界、一体どういう世界観なの? 魔石万能過ぎ。いや、なんで昭和の団地風なの? これ、過去にも日本人来てるでしょ?
その人は、無事に日本に帰れたのだろうか?
∗
そして、あっという間に時は流れて一年後。
魔王討伐の旅に出た王子と聖女凛花ちゃん一行が魔王を打ち倒した。そんなニュースが駆け巡る。
へえ、聖女の『役目』って魔王討伐だったんだ。あの凛花ちゃんが駄々をこねずにちゃんとお役目を全うできたのか。パート先の古株が聞いたらびっくりするんじゃないの? やりたくない仕事はやらないあの凛花ちゃんが、だもん。いやあ、人間成長するもんだねえ。
親戚のおばちゃん気分で感心しながら、コッペパンの上部に切り込みを入れていく。そこにスプーンですくったタマゴサラダを盛り付ける。
この街――キラスに放逐されてから一年。冒険者ギルドの片隅の酒場だった場所で、コッペパンにいろんな具材を挟む店を始めた。仕込みもあるし何よりのんびりやりたいから、営業は週に三日だけ。
お陰さまで経営は順調で、長らくお世話になっていたあの安宿から、ギルドの二階にある部屋を借りて越して来たのは先月のこと。家電はもちろん昭和レトロで揃えた。
ちなみにタマゴサラダに使うマヨネーズは私の手作りである。毎朝、新鮮な卵黄に酢っぽいもの、植物油と塩を泡立て器でひたすら混ぜ合わせる。四十路だったら辛い作業だが、若返った二十歳の体力なら余裕だ。
コッペパンは仲良くなったパン屋のロブおじさんと試行錯誤して完成させた。カンパーニュに似た固いパンしかなかったから林檎で酵母を作るところから始めて、配合、加水量、発酵時間……ほんとに大変だった。
最初の頃は酵母にカビが生えてしまった……うん、瓶の煮沸って大事。室温が低すぎて膨らまなかったり、逆に気温が高すぎて発酵しすぎたり。
発酵器を鍛冶屋の親方に製作してもらった。ありがとう親方。ありがとう魔石。
生地を捏ねるのは、ロブおじさんの店にあった年季の入った魔石ミキサーを借りた。速度や捏ねる時間の調整も苦労したっけ。
パート先はパン屋だったけど、まさか異世界で酵母から作ることになるとは思わなかった。ふかふかコッペパンが焼き上がった時にはちょっと泣いちゃった。
この世界、レトロ家電はあるのに食べ物は異世界のものしかなかった。過去にやって来たであろう先人は、食に興味がなかったのか? 洗濯機や冷蔵庫を広めたのに、何故、食は広めなかったのか?
そんなこんなで完成させた、この世界にないマヨネーズを使ったタマゴサンドは、冒険者だけに留まらず街の人たちにも好評だった。
一番人気はもちろんタマゴサンド。
あとは、旨味がぎゅっと詰まったオーク肉ベーコンのBLTサンド。ベーコンは街の肉屋自慢の一品だ。
ちなみにオークがどんな生き物なのかは知らない。というか、知りたくないので聞いていない。知らない方が幸せなことも世の中にはある。
美味しければそれでいいのよ。
季節の果物をじっくり煮詰めたジャムも、私の手作りだ。
あとは、馴染みの冒険者から「これで美味いもん作ってくれ!」と塊肉が差し入れされた時だけ、特別に作るキーマカレーサンド。スパイスは種類が豊富に揃っているお陰で、『キーマの日』はギルド内にスパイスの匂いが充満し、ちょっとしたお祭り騒ぎになる。
今朝差し入れされたから、明後日は『キーマの日』。
朝のピークタイムが終わり、昼に向けてせっせと仕込みをしている私の耳に冒険者たちの会話が聞こえてきた。
「おい聞いたかよ、聖女様の話」
「魔王を倒したんだろ? そんなの皆知ってるぜ」
「その後、の話だよ。なんでも聖女様が護衛と駆け落ちしたんだとさ」
……ああ、やっぱりな。
薄々こうなるだろうと思っていた。
『これって異世界召喚じゃん? 私、聖女様でしょ? ってことは、ヒロインじゃん。イケメン選びたい放題だ……!』
あの召喚の間でぶつぶつ呟いてたもんなあ。
まさか、金髪碧眼君じゃなくて護衛を選ぶとは思わなかったけど。そこは、王子狙いで未来の王妃様を目指すんじゃないの? まさか、『真実の愛』に目覚めちゃったパターン?
まあ、どうでもいいけど。問題はそこじゃなくて――
「よお、ヨーコ。タマゴサンドひとつ。あと、卵白スープも貰うぜ」
常連の冒険者は、慣れた手つきで大鍋からお玉ですくい、持参した水筒に注いでいく。このスープはマヨネーズ作りで余った卵白とベーコンや野菜を煮込んだもの。サンドを注文してくれたお客さんなら持参した容器にセルフサービスで注げるシステムだ。
「はい、どうぞ。美味しく召し上がれ」
梱包用の大きな葉っぱで、タマゴサンドをくるりと包んで冒険者に手渡した。
「このタマゴサンドってやつは、最高だよ!」
「ふふふ。ありがとう。あ、明後日は『キーマの日』だよ。よかったら来てちょうだい」
「おう、また明後日な」
タマゴサンドを美味しいと言われるのは嬉しい。だって夫が好きなタマゴサンドだから。
いつか彼がこの世界に来るかもしれない。だから私は、ここで夫が好きなタマゴサンドを作り続ける。
金髪碧眼君を信じるなら、凛花ちゃんが役目を終えたから、日本に帰れるはずだけど……
言葉にできないもやっとした感情が、私の心を覆っていく感覚がした。これは、予感かもしれない。
実は、この一年こっそり凛花ちゃんと手紙のやり取りをしていた。正確には、一方的に送られてくるに近い。
綴られていたのは遠征の愚痴や、王子との恋模様だった。
伝書魔法という魔法で届けられるそれは、何もない空間に突然筒状の手紙が現れるのだ。居場所はもちろん教えてないし、彼女も知らないはずなのに間違わずに必ず手元に届く。もちろん原理は不明。そして今、私の手には筒状の手紙がある。
夕暮れ時のギルドは、冒険者たちが一日の成果を自慢しあっていた。大物を倒せた者。お宝を発見した者。迷宮を制覇した者。誰も彼もが目を輝かせ生き生きとしている。
私は喧騒に背を向け、ゆっくりと手紙を広げた。
∗
ザクザクザク。
まだ日も昇りきらないうちから厨房に立つ。この時間はギルドの職員も冒険者もまばらだ。
『――まじ最悪なんだけど。魔王を倒したのに『帰還方法はない』とか言われた。サギじゃね?』
今までの手紙と比べて乱れていた文字に、凛花ちゃんもショックを受けたのだろうと同情した。
私だって心のどこかで、もう二度と日本には帰れないんじゃないかって不安だった。それでも、僅かな希望だけを支えに今日までやって来たのに。
鮮やかな緑色をしたピーマンの微塵切りは、青い匂いがする。
トントントントン。
『あのクソ王子、愛人が十人もいるんだって。自分は愛人だらけなのに「おまえは俺だけを愛せ」なんて強制してくるし。偉そうなこと言うクセに剣術も魔法も使えないんだよ!? 戦闘になると私の後ろに隠れて震えるだけの顔だけのクズ。そんな男ムリムリムリ!』
あー。王子だもんねえ。そりゃ後宮に女を侍らせるわ。
しかも、まさかのポンコツだったか。
今日はいつもに増して玉ねぎが目に染みる。
ガンガンガンガンガン。
『凛花だけを好きなグレイと亡命するね。もう会えないかもだけど元気でね、陽子さん』
護衛の名前グレイっていうんだ? 騙されてない? 亡命先、この国と国交のない独裁国家だって冒険者が噂してたけど。
塊肉と格闘する。
ダンダダダダダダン。
何、護衛と亡命してるの! 結局『真実の愛』かよ!
カチカチカチカチ、ボッ。
私なんて、私なんて異世界召喚に巻き込まれた上に捨てられて夫に会えないのに――
コンロのツマミを捻り点火させた。
フライパンに油を敷いてミンチ肉を炒めて、玉ねぎピーマンも加える。
ジューーーーッ。
依頼を受けに集まり始めた冒険者たちの声が聞こえ始める。
自分好みにブレンドしたスパイスを投入すると、ギルド内には食欲を誘う刺激的な匂いが漂う。
やっぱりそうなるよね。そうだと思ってた。
――ああ、帰れないのか。
キーマカレーができ上がる。
もう二度と夫に会えないのね。
考えないようにしていた現実を突きつけられる。
休日に、恋人同士みたいに手を繋いで、『おじさんとおばさんなのに』って笑いあった。そんな当たり前の日常は、もう戻らないのだ。
それから一ヶ月、夜になると昭和レトロな家電に囲まれた部屋で私はワンワンと泣いて暮らした。干からびるくらい泣いた。
それでも週三日の営業はやめなかった。やめたくなかった。
生命力に溢れる冒険者の姿を目に焼きつける。自信に満ちた表情、豪快な笑い声、明日に向かって迷いなく進む彼らの熱気に今は触れていたい。この世界と私を繋いでいるのは彼らだから。
「どうした、ヨーコ。目が腫れてないか?」
「玉ねぎが目に染みちゃったの」
徐々に涙に暮れる時間は減り、現実を受け入れられるようになっていく。
あの人、ひとりでもちゃんと暮らせてるかしら。
私がいなくて悲しんでる?
もう私のこと忘れちゃった?
元気にしてるといいけど。
新しい出会いはあったかなあ?
――たまには私を思い出して欲しい。
「恋人とか作らないのか?」
タマゴサンドを包む手を止め、左手の薬指で光るシンプルな指輪を慈しむように右手で包み込んだ。
「はるか遠い国に夫がいるの……もう二度と会えないけどね」
∗
季節は流れ、夜にひとり泣き濡れることもなくなった頃。
「あの王子、聖女に逃げられたのが悔しかったらしくて、また『召喚術』ってやつをやるらしいぞ」
「またかよ。召喚てのは金がかかるんだろ? 国王は止めないのか?」
「今の国王は親馬鹿だからなあ。王弟の方が王の器に相応しかったのに、病で倒れちまって残念だ」
国がまた聖女を召喚しようとしていると、ギルドで噂になっていた。
……は? また、聖女を召喚? 召喚じゃない拉致だよね。
握りしめていた包丁をまな板にドンと置く。エプロンを外してギルドの受付まで大股で真っ直ぐ向かった。
「どうしました……ヨーコさん?」
受付の女の子は私の顔を見ると、固まってしまった。
「依頼したいのだけど、いいかしら」
「は、はいっ」
「内容は王家失脚。あいつら、この国に必要あると思う? 必要ないよね? ね? あ、報酬はうちのサンド一年分で」
「えっ、お、王家っ……? 報酬がサンド!?」
混乱してあわあわとする女の子は「ギルド長を呼んできます」と何故か涙目で奥へ消えてしまった。
仕方がないから依頼用紙とペンを手に取り、ガリガリと書きなぐった。
【依頼名】政権交代執行代理
【対象】国王 王子
【報酬】好きなメニュー一年分
ただし一日二個まで
転売不可
「これでよろしくね」
慌てて小走りでやって来たギルド長に、満面の笑顔を浮かべて書き上げた依頼書を押し付けて厨房に戻った。
「タマゴサンド一年分……」
「俺はジャムサンドだな」
「よっしゃ、やるか」
冒険者たちが目をギラギラと輝かせて報酬に何を食べるかで盛り上がっていたことを、仕込みに追われていた私は知らなかった。
∗
いやあ、確かに依頼したけど、まさかほんとうにやっちゃうとはねえ。半分冗談だったのに。最近顔を見せない冒険者が多いなと思ってたら王都まで足を伸ばしてたか。
依頼書を出してから半月後、王家はあっさりと討たれた。国民はパニックになるかもと思ったけど、不満が溜まりに溜まっていたみたいで国中お祭り騒ぎだ。
どんだけ嫌われてたんだ、金髪碧眼君親子。
なんでも病気療養中とされていた王弟殿下が城の地下牢で保護されて、新国王に即位したそうだ。
ちなみに地下牢には、入れ替りで背中に罪人の焼印を押された元国王と金髪碧眼君が収監されたらしい。冒険者たちから聞いた話だと、彼らには判決ありきの形だけの裁判が待っているのだとか。
『断頭台行き』
『鎖で巻かれて小舟で海に流される』
『帰らずの森に全裸で放逐』
王家の断罪として想定されるのはその三つ。
ギルドでは冒険者たちがどの刑になるかで賭けはじめて大盛り上がりしていた。
え? 刑の執行は国民が見学に集まるの? へえ、石を投げるのがお決まりなんだ。
うわあ、異世界容赦ない。
みんな『全裸で放逐』に賭けるから、賭けは成立しなかった。
∗
政権交代執行代理の依頼主として、実行に移した冒険者たちと一緒に新国王に招待されてしまった。断れなかったので諦めて冒険者たちの陰に隠れて登城した。
王都までの道中で初めてオークと遭遇した……あれがベーコンになるのか。知りたくなかった。でも美味しいんだよね。
もちろんオークは冒険者たちがあっさり倒した。
ついでに彼らがオークの体内から取り出した血塗れの赤い石が魔石だと知った。
玉座に座る新国王メルキオール・ディド・デクスター――メルと呼べと命令した彼は、金髪碧眼君を越える美しさで、目が潰れるかと思った。
冒険者たちは恩賞で家や武器を与えられる。爵位は皆、全力で首を横に振り辞退していた。貴族になるのはめんどくさいらしい。
そして私は望みを聞かれたので『王家御用達の小麦粉とバター、砂糖の永久提供』をお願いした。
「そんなものでよいのか? ははは、おまえたちはほんとうに欲がないな。よかろう。その代わりに、タマゴサンドとやらを時々城に届けてくれないか?」
わあ。笑顔が眩しすぎる。顔がよすぎると凶器になるのね。
メル様から多額の国家予算を消費する召喚術の封印を宣言され、国に送り返す手段がないことを正式に謝罪された。悪いのは金髪碧眼君親子なのに。
うん、大丈夫。ちょっと胸がギュッとなったけど、大丈夫。
私とメル様との会話を並んで聞いていた冒険者たちがざわざわしだした。
「ヨーコ、もしかして、異世界人だったのか!?」
「まさか、聖女様か?」
「いや、違うから、私は聖女じゃありません!」
大騒ぎし始める彼らに、全力で否定していたら城の偉い人に「静粛に!」と軽く怒られた。
そんな私たちにメル様は声を出して笑っていた。
新国王様は笑い上戸だ。
帰りの道中で巨大ボアと遭遇し、塊肉の正体を知った。帰ったら『キーマの日』がしばらく続きそうだ。
ボアの魔石は緑色。魔石にも種類があるらしい。
結局『キーマの日』は一ヶ月続いた。
∗
「俺たちに一年タダで渡してたら、赤字になっちまうだろ」
「依頼の報酬は守るわよ! 安心してよ、新国王様のお陰で仕入れ代が抑えられてるんだから。さ、好きなサンド持っていって」
依頼の報酬は好きなサンド一日二個なのに、皆代金を置いていこうとする。
国王が変わろうと今日もいつもと同じ一日。騒いで笑って、みんな明日へ向かって真っ直ぐ進んでいく。
王家御用達の小麦粉とバター、砂糖をロブおじさんの店に持ち込んで、クロワッサンとメロンパンのレシピを教えた。
私も、明日へ向かって遠回りしたり、しなかったりしつつ進んでいる。
もう私からは夫に会いに行けない。
夫がこの世界に来る可能性もなくなった。
それでも私は、今日もここで夫が好きなタマゴサンドを作り続ける。
【本日のメニュー】
タマゴサンド
オーク肉のBLTサンド
キーマサンド
季節のジャムとバターサンド
新メニュー
コカトリスのタルタルカツサンド
すべてのメニュー、コッペパンとクロワッサンから選べます
サンドを注文された方のみ卵白スープご自由に
「……ったく。あの魔法使い初歩の風魔法しか使えねえとは」
「ははは。そりゃパーティーから追放だな!」
「そういや、隣街のギルドに若いのにすげえ魔法使いがいたな。なんでも帝国から逃げてきたっていう……名前はリンだったか」
リン? まさか、凛花ちゃん? まさか、ね。
今日も賑やかな喧騒。
「いらっしゃい! ご注文は?」
最後までお読みいただきありがとうございます。
おかげさまで7/15付 日間
異世界転生/転移
(ファンタジー) 短編
3位にランクインしました。
ありがとうございます。
ちょっと重めの連載の構想を書いていて、反動でギャグっぽいのを書いてみたらこんな感じになりました。
評価、ブックマーク、感想、ありがとうございます。




