いつも通り夜通し
夜になると、記憶だけがはっきりしてくる。
昼間に無理やり押し込めていたものが、電気を消した瞬間に浮かび上がる。
君の声。
笑い方。
どうでもいい会話の途中にあった、意味のない沈黙。
どれも現実より鮮明で、もう触れられないはずなのに、そこにだけは確かに息をしている。
僕は君に話しかける。
声には出さない。
出したところで、返事が返ってこないことくらい、もう何度も思い知らされているからだ。
それでも頭の中では、君はちゃんとこちらを見ている。
記憶の中の君は、いつも少しだけ優しい。
たぶん、あの頃よりも。
もう会えない。
時間は戻らない。
取り戻せるものなんて、何一つ残っていない。
それでも足は前に出ない。
頭では答えが見えているのに、身体だけがそれを拒む。
感情は、理屈よりずっと重たい。
君がいた頃、僕はよく笑っていたらしい。
らしい、というのは、今の自分からは想像できないからだ。
君が特別なことをしていたわけじゃない。
ただくだらない話をして、意味のない冗談を言って、どうでもいい一日を一緒に消費していただけ。
それだけの時間が、今も僕を生かしている。
人は未来のために生きると言う。
でも僕は、過去にしがみついて呼吸をしている。
君の記憶を手放せば、きっと楽になる。
同時に、全部が終わってしまう気もして、指を離せない。
理由のない夜が、定期的にやってくる。
何かあったわけでもない。
忙しいわけでもない。
ただ突然、胸の奥に不安が溜まって、息の仕方を忘れる。
このまま続いたら、いつか壊れるんじゃないかと本気で思う。
もし君がここにいたら、何て言っただろう。
「君のせいじゃない」って、ちゃんと伝えられただろうか。
それとも、そんな言葉すら必要なかったのかもしれない。
君はきっと、何もなかったみたいに笑って、僕の心配を軽く流した。
それが一番つらい。
君はもう何も言わないのに、僕の中の君だけが勝手に優しくなっていく。
確かめようがないから、否定もできない。
愛していると言ってしまうのも、
許してしまうのも、
全部、僕の一方通行だ。
本当は、進むしかないことくらい分かっている。
思い出を抱えたままでも、新しい時間を生きなきゃいけない。
そんなこと、何度も自分に言い聞かせてきた。
それでも今夜も、僕はここにいる。
君に向けた言葉を書き続けている。
どうせ明日になっても、君を忘れられないと分かっていながら。
答えなんて、出なくていい。
ただ、君が確かに僕の中にいたことだけは、消したくなかった。
今は、それだけで十分だと思っている。




