弱い神に出来たこと
制限聖女のすべての元凶
その神はとても弱く。いつ消滅してもおかしくないほどだった。
まつられている祠は壊れていて、誰も祈りに来ない。辛うじて自我があるだけのその神に、
「こんなところに祠があったのね」
一人の少女が訪れるまで――。
『レイナ。我はそなたのおかげで神として力を取り戻しつつある。そなたに恩を返したい』
少女――レイナは見えない存在の声を聞くことが出来た。だから弱っている神の声も聞こえたし、祠を直すことに躊躇いもなかった。
「そうですね………」
レイナは少しだけ考え、
「では、怪我人や病人を治癒する力をください」
レイナの脳裏に浮かぶのは、治療が出来ず亡くなっていく村人たちの姿。
「私が治療できれば助かる人も居るはず。それに」
レイナは微笑んだ。
「私が神様の力で多くの人を治癒していけば、神様を信じる人が増えて、力が増えますよね」
レイナの言葉が嬉しかった。
神はもともとレイナのことを大切に思っていたが、その言葉を聞いて愛しい存在として愛するようになった。
レイナは与えられた力を使い多くの人を治していった。その都度神のおかげだと伝えてきたことで、神を信じる人が増え、神はどんどん力を増してきた。
レイナの婚姻が決まった時は、神と人では立ち位置が違うからと胸を痛むのを隠し、その結婚を祝った。
その頃には神の力は増し。国を守れるほどに成った。
国を守りつつもレイナの子孫を気に掛けて、生まれてくる子供にレイナの面影を見付けると治癒の力を恩寵として与えた。
それが正しいことだと思っていたから。
だが、ある時から神の元に祈りによく似た呪いが送られ続けてきた。
「なぜ彼女は殺されたのですか」
「彼女の命を削ってまで治癒する必要などなかったのに!!」
「聖女は権力者の道具ですかっ!!」
血を吐くような呪詛は強くなった神の力を抉るかのような力を宿していた。
慌てて神は聖女の――レイナの子孫の様子を窺った。そこには、聖女の生命力と引き換えに治癒を与えたことで権力者に飼い殺しにされる一族の姿。
わずかな病気や怪我でさえ、聖女に治癒をさせて、聖女の命を抉っていく。そして、使えなくなった道具のように死んでも誰も悲しまない。
そんなつもりはなかったと言っても信じられないほどの状況。
神は悔いた。そして、怒りが沸いた。
八つ当たりだと言われても仕方ないが、神にとってレイナの一族はそれだけ大事だったのだ。
呪いを送りつけてくる神殿の気持ちに消滅させられるほどの恐怖を覚えつつも当然だと受け入れて、神は自分の愚かさを悔やみ、聖女のシステムを作り替えた。
聖女の寿命を縮ませた者たちに同じ恐怖を与えてやろうと彼らの子供が次の聖女に……聖女に治癒をされた回数が多いものほど聖女が生まれる確率を増やし、聖女に回復されればされるほど回復しなくなる呪いを与え、聖女を酷使した者たちの魂を転生させて聖女になるように仕組んだ。
回数が異様に多い聖女ほど聖女を酷使した前世を持っている。だが、聖女の力に頼らざるをえなかった者も居ることも知っていた。そういう者は回数が少なく。そんな仕組みを。
当然、その間にレイナの一族を解放する。
神の行いが、愚かだと言われても仕方ない。
いっそ、聖女システムを無くした方がいいのではないかと一瞬でも神は思った。だけど、神は自分が治癒の聖女を地上に送り出すことで神として存在を維持できている。それを失えない。
「――で何でそんな話をしたんですか?」
神殿に最近勤め始めた女神官が尋ねる。彼女は生まれつき目には見えないが確かに存在している物の気配を感じていた。
そんな彼女が偶然自分たちが崇める神の存在に気付いたのだ。
『――ただの懺悔だ。神官は神に仕えるのだろう』
ならば聞いてほしかっただけだ。
神のいい加減な言葉に呆れるしかない。
「それで、許しを得るつもりですか? 聖女を作ってすみませんって」
『さあ……まだ弱い神だった時は生命力を代わりにするしか治癒の力を与えられなかった。強くなったのにそれを直さなかった失態。黒歴史と言えばいいのか』
「………………」
何でそんなことを言うんだ。そんな裏事情を聞かされても困ると顔を歪める女神官に、
『神ですら失敗をする。だから、失敗を恐れるなと教訓にするとか』
「誰も信じないわよ」
女神官の冷静な突っ込みに神は笑う。
理由は彼女には理解できないだろう。ただ、女神官の魂はレイナのものである。そんな彼女に教えたかったのかもしれない。
小さな弱い神が居たことを。その小さな神の起こした奇跡の結果を。
――願わくば、我と同じような愚かな失態をする者がいないことを。聖女の力を利用する愚かな者がいないように教訓としてほしい。
人は間違えるもの。神も間違えるのだから。ただ過ちを繰り返さないように伝えたかった。
反省はしている。ただし、謝らない